『商人』ねじめ正一

●今回の書評担当者●ダイハン書房本店 山ノ上純

 小学4年生の時から、学校が終って帰る場所は本屋でした。そこに両親がいたからですが、夏休みや冬休みには店の手伝いもよくしました。雑誌に付録を挟み込み、紐でくくる...途中で違う仕事についたものの、初めて手伝いをしてからそろそろ30年。いまや、付録組み作業は誰にも負ける気がしません。もちろん、カバー折りも。
 そんな中で自然と身に付いた商売人的感覚が、私の中には確かにあると思います。本は生ものではありませんが、初めて手に取ったときに「これは売れる!」と思ったり、お客さんの問い合わせがあった本が「これからこれが来る!」とピンと来ることがあります。これは、なかなか人に説明して教えられるものではありません。きっと、自然と身に付いた感覚なのでしょう。(必ず当たる保障はありませんが。。)

私が子供の頃は、友達にも○○屋さんの子というのが沢山いましたが、今はそうじゃないんでしょうね。大型店増え、商売人といえども会社員。その子供達にはなかなか"商売人的感覚"は受け継げ無いでしょう。親の仕事を見ることも手伝うことも無いでしょうし。その点、昔の日本は当然のごとく世襲制。呉服屋の子は呉服屋、油屋の子は油屋で...もちろん、次ぐのは長男。次男三男は独立するか婿に入る。家=店なのも当然で、子供の頃から親の働く環境の中で育っていく。向き不向き、勉強熱心か不勉強かと個人差はあるでしょうが、商売人として自然と育つ環境だったのでしょう。

 今も続く東京は日本橋の鰹節屋の老舗・にんべん。その三代目を主人公に、自らが乾物屋の息子であった作家・ねじめ正一氏が書いた物語が『商人(あきんど)』です。初代・伊兵衛は勢州・四日市の商人の末っ子。奉公先で認められて出世するも、それが朋輩の妬みを買ったために、独立して小魚や鰹節を商う露天商になり、そこから日本橋の大店の旦那にまでなったすごい人。
 その初代が病気で倒れ、二代目となる長男が家督を継ぐも、初代が亡くなると家は右肩下がり。若い二代目とその家族に次々と不幸が訪れます。それをなんとかしたのが次男の伊之助で、この伊之助がこの物語の主人公。遊び好きのぼんが、立派な頭首に育っていく姿が描かれています。
 
 この物語には商売人としての教えが沢山詰まっていて、背筋が伸びる思いがすることもしばしば。そして、もう少しこの江戸商人の物語を読んでいたい、と思った方にはもう1冊『男にうまれて・江戸鰹節商い始末』(荒俣宏著)がおすすめ。こちらはにんべんの八代目が主人公。江戸末期の大変な時代をなんとか乗り越えるにんべんの姿が描かれています。もちろん、先の主人公三代目の話も出てきたり。続けて読むと一層楽しめます。実はこの『男にうまれて』の方が先に書かれた作品で、あとがきはねじめ正一氏が書かれています。

 このご時勢で、小さなお店の商売人はどんどん減っていきますが、この"商人"の心を強く持って、精進していかなければと思う次第です。

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ダイハン書房本店 山ノ上純
ダイハン書房本店 山ノ上純
1971年京都生まれ。物心が付いた時には本屋の娘で、学校から帰るのも家ではなく本屋。小学校の頃はあまり本を読まなかったのですが、中学生になり電車通学を始めた頃から読書の道へ。親にコレを読めと強制されることが無かったせいか、名作や純文学・古典というものを殆ど読まずにココまで来てしまったことが唯一の無念。とにかく、何かに興味を持ったらまず、本を探して読むという習慣が身に付きました。高校.大学と実家でバイト、4年間広告屋で働き、結婚を機に本屋に戻ってまいりました。文芸書及び書籍全般担当。本を読むペースより買うペースの方が断然上回っているのが悩みです。