『面白南極料理人』西村淳

●今回の書評担当者●豊川堂カルミア店 林毅

 新刊は毎日でるけれど、本屋は新刊だけを売っているわけではなくって(むしろ既刊本のほうが量的には多いのですが)、もちろん読んで面白かった本は突如積んでみたりするけれど、どんな本なら売れるだろうかと日々あれこれ悩んでいたりします。何か賞を獲ったとかTVで採りあげられるとか、そういう話題性のあるネタは、だから大歓迎。ニュースに目を凝らすのは、そんなネタ探しが目的だったりします。

 先日もスポーツ紙で『面白南極料理人』の映画化の記事を見かけたので、これはなかなか面白いエッセイだったし(と記憶はしている)、冬の時期に寒い話も悪くないと思って(でもあまり内容を詳しく憶えていないのに)、さっそく注文。
 とりあえず10冊を、「マジメに面白い! ホントで面白い!」とだけ書いて平積みしたところ、ナント3日で完売。自分でもびっくり!(してどうする)
 売れて気をよくしたので、今度は20冊を注文。映画は9月公開なので全然話題じゃないし、当然帯だってない。このまま売れ続けるのか? と思わなくもないけれど、ま、売れなきゃ映画公開まで粘れば何とかなる(たぶん)。ただ今絶賛発売中であります。

 というわけで再読。いやいややっぱりさすがになるほど、面白かった。
 タイトル通りに南極観測隊の調理担当として参加した、筆者は現役の海上保安官。極寒の地で、飲んで食べた暮らしぶりを綴ったエッセイである。舞台は、南極大陸沿岸の昭和基地から内陸に千キロも入ったドーム基地(ほぼ極点!)。97年から98年にかけての一年間の記録である。標高は3800メートルを越え(富士山より高い!)、平均気温はマイナス57℃(一番寒いのはマイナス80度だそうで、そこまで寒いとその差はどれほどか分かりませんね)。ウイルスだってどこにもいないというから(でも人は住んでる)、むちゃくちゃ寒いとこだということだけは間違いない。
 越冬隊員は、たった9人のオヤジたち。周りはもちろん真っ白な大地だけで、もちろん娯楽施設など何処にもない(一番近い人のいる場所・昭和基地まで雪上車で19日)。
 観測活動の合間にソフトボール大会やらラグビー大会など各種イベントもあるものの、話の中心は、もっぱら「食べる」ことになる。その食材の、量がまず半端じゃないわけで、1年分で約11トン。予め全部用意していくのだけれど、(冷凍庫の中に暮らすようなものなので)食材は凍っても大丈夫なものに限られる。生野菜や卵はもって行けない。65度のウイスキーは150リットル(それも途中で足りなくなったけど)、や高級食材もたくさん。
 
 パーティーだ!誕生会だ!慰める会だ!といっては、何かと宴会だらけ(メニューを控えるのが日課だったりする)。(なぜか屋外)のジンギスカン大会では、肉が焼けたら速攻で口に運ばないとすぐさま冷凍肉に逆戻りとか、ビールは1分以内に飲まないとシャーベットになってしまうというエピソードが素晴らしい。ムチャな催しも何だか楽しそうである。
 料理の豆知識も盛り沢山でしかもかなりユニーク。《カレーライスには大田胃酸が美味》とか、《冷凍マグロは塩湯で一気に解凍すべし》とか《サッポロ一番は一旦冷凍されてもイケる》とか。その辺は本職のシェフでないのと、限られた食材と環境での、なせるワザだろうか。でもって極寒の地で一番肝心なのは実は食材ではなくって、(意外な感じがするけれど)大切なのは「水」、そしてドラム缶の燃料。その辺の苦労も書かれています。
 南極観測隊は、年末の紅白で「白がんばれ!」とか言う人たちではない(言ってたけど)。ホントはけっこうキツイのではないか。筆者の陽気でアバウトな性格もあって、南極暮らしも何だか悪いものではない気もしてくる。

 その後は8冊売れて、はやくも計18冊突破(お買い上げありがとうございました)。今度はおススメPOP書いて、さらに売れるよう祈りましょう。がんばれ!

 

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豊川堂カルミア店 林毅
豊川堂カルミア店 林毅
江戸川乱歩を読んだ小学生。アガサ・クリスティに夢中になった中学生。松本清張にふけった高校生。文字があれば何でも来いだった大学生。(東京の空は夜も明るいからと)二宮金次郎さながらに、歩きつつ本を捲った(背中には何も背負ってなかったけれども)。大学を卒業するも就職はままならず、なぜだか編集プロダクションにお世話になり、編集見習い生活。某男性誌では「あなたのパンツを見せてください」に突進し、某ゴルフ雑誌では(ルールも知らないのに)ゴルフ場にも通う。26歳ではたと気づき、珍本奇本がこれでもかと並ぶので有名な阿佐ヶ谷の本屋に転職。程なく帰郷し、創業明治7年のレトロな本屋に勤めるようになって、はや16年。日々本を眺め、頁をめくりながら、いつか本を読むだけで生活できないものかと、密かに思っていたりする。本とお酒と阪神タイガース、ネコに競馬をこよなく愛する。 1963年愛知県赤羽根町生まれ。