『テンペスト』池上永一

●今回の書評担当者●中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士

  • テンペスト  上 若夏の巻
  • 『テンペスト 上 若夏の巻』
    池上 永一
    角川グループパブリッシング
    2,980円(税込)
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 この作家の作品はもういいかな、って思っちゃうことってありませんか?
 これまで読んできた作品は割と面白かったし、これと言って不満があるわけでもないけど、でも新刊が出ても触手は伸びない。何でかわからないけど、僕にはそういうことって結構あります。読みたい本が山のようにあるというのも理由の一つにあるかもしれませんが、そういえばあの作家の作品読まなくなったなぁとふと気づくことがあります。
 正直なところ、池上永一も僕の中ではそういう作家の一人でした。それまで、「シャングリ・ラ」と「レキオス」を読んだことがあって、もちろんどちらも面白かったんだけど、でも何故か池上永一はもういいかなというスイッチが入ってしまいました。それから読まなくなったんだけど、本作は本屋大賞の候補作の一冊だったので読まないわけにはいかず、久しぶりに池上永一の作品を手に取ることになりました。
 しかしこれが素晴らしいのなんの! 面白すぎました。これまで読んできた本の中でもかなりトップクラスにランクインされる作品で、久々に読書にのめり込むという感覚がありました。本をたくさん読みすぎてきたせいか、最近読書に没頭するという感覚が薄れてきていたんです。それを吹き飛ばす傑作に久しぶりに出会ったなぁという感じです。
 舞台は昔の沖縄である琉球王国。当時の琉球王国は、清国と薩摩藩の二重支配を巧みに利用して独立を保っており、その特殊な政治形態を維持するために、評定所筆者と呼ばれる、科試という最難関の試験に受かった男にしかなれない役職がありました。
 女として生まれながら、男を凌ぐ知識を身につけていた真鶴は、父が科試突破のために猛特訓していた兄が出奔したことをきっかけに、父に科試を受けさせてくれるよう直訴する。真鶴は、宦官であると偽って試験を受けることにした。
 こうして真鶴は男に扮し、名前も寧温と改めた。寧温は紆余曲折を経ながらも、最年少で評定所筆者となる。
 寧温は、それまでの慣習さえも無視して王国のためにその並ぶ者のない能力をフルに活用するも、周囲の人間に足を掬われる形で王宮を追い出されることになってしまうのだが...。
 基本的には、寧温が女であることを隠して王宮に入り込んだことによって起こるドタバタコメディという感じの作品です。
 寧温が困難な状況に立たされた時、それに知恵で立ち向かっていくところが結構好きなんです。絶体絶命のピンチでも、寧温は失敗も恐れず保身も考えずただ正しいと思う方向に突き進んでいきます。
 また本作で描かれる恋愛も非常に面白いです。寧温が性別を偽っているために、叶うはずなのに叶わない恋があっちこっちで持ち上がります。女を捨てた寧温が、いろんな恋愛の火種をまくことになるというのが面白いと思いました。
 また、男の世界である王宮とは別に、女の世界である大奥も描かれます。こっちの、密度の濃い女の戦いもなかなか読み応えがあって面白いと思います。
 とにかくドタバタを楽しんでください。僕の中では久々にずば抜けて面白い本でした。

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中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士
中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士
1983年静岡県生まれ。 冬眠している間にフルスウィングで学生の身分を手放し、フリーターに。コンビニとファミレスのアルバイトを共に三ヶ月で辞めたという輝かしい実績があったので、これは好きなところで働くしかないと思い、書店員に。ご飯を食べるのも家から出るのも面倒臭いという超無気力人間ですが、書店の仕事は肌に合ったようで、しぶとく続けております。 文庫・新書担当。読んでいない本が部屋に山積みになっているのに、日々本を買い足してしまう自分を憎めきれません。