小学生のときは熱心に本を読む子どもではなかった。読書感想文の宿題では、表紙や装丁の雰囲気でなんとなく借りては、一頁も読まずにタイトルから内容を適当に推測して「おもしろかった」などと、まったく面白くもない感想をでっちあげた。当時は「ハリーポッターと賢者の石」がクラスの一番人気で、同級生たちはこぞって読んでいた。その分厚い本を読んでいる姿に憧れ、親に買ってもらったものの、最初の数行で挫折した。書いていることを理解するしない以前に、集中力が続かなった。（今も長編小説は苦手だったりする）

　それでも実家には、大量の本があった。祖母の部屋に残された、亡き祖父の黒っぽい本や大判の百科事典、福山市史や地元の史跡についてまとめあげた資料集。母親の本棚には村上春樹と村上龍など現代作家の文庫本と「エースをねらえ」が同居した。さらに父親の本は圧倒的な量で家を侵食し、本棚は部屋からはみ出して、階段までも本棚になってしまった。僕は読みもしないのに、そんな本棚を物色するのが好きだった。本棚の中になにか秘密が隠されている。ちょっとした宝探しだった。

　小学五年生になると学校の委員を決めなくてはいけない。学校で飼っているウサギやインコの世話をする飼育委員、サッカーボールや一輪車の整理やらをする体育委員など。僕は根っからの怠け者体質で、汗水垂らす雰囲気は避けたかった。そんな僕に六歳上の兄は図書委員を勧めた。「カウンターに座って本を読むだけじゃけぇ、楽よ」と。僕は言われるがまま図書委員に希望を出した。

　実際には表紙がはがれてしまった本の修繕などをしなければならず、手先が不器用な僕には不向きな作業も多かった。ぼろぼろな本をさらに痛めてしまいそうな僕を見かねてか、担当の先生は僕にカウンターでの本の貸し借りの受付を任せた。お昼休憩に放課後、カウンターにぼんやりと座り、下級生や同級生が借りにきた本のバーコードをピッと読み取る。あるいは返しにきた本のバーコードをピッ。他には特にすることもなくぼんやりしている。

　それまで僕は自分が大好きだと思える本がなかった。「かいけつゾロリ」やいかにも子供向けのとんちの本など、なんとなく棚にあるからちょっと読む。その程度だった。同じ図書委員の女の子がミヒャエル・エンデの「モモ」を図書紹介に書いていて、羨ましかった。僕も他のみんなとは違う、自分だけの好きな本が欲しかった。カウンターにいるからには、何か本を読まなくてはいけないと、図書室にある本をぼんやりと物色する。あまり長い話は読めないし、伝記マンガは子供ぽい。僕でも読めそうで、ちょっと変わったのはないかと探していると目にとまった本があった。星新一のショートショートセレクション。その表紙は今もよく覚えている。和田誠の可愛らしくも、どこか奇妙さや怖さが滲みでたイラスト。ショートショートという聞きなれないジャンル。でも短い話なら、僕も読めそうだとページを開いた。その時の感想は、ただもう面白い。そうして、なんて短いんだ。

　作品によっては、見開き２ページで話が完結する。どれも不思議で不気味で、短さの中に世界が完結している。最後、しっかりとサゲがある。かつ読んだあと、ざわざわした気持ちで、また同じ話を読み返してしまう。ショーショートの名手、阿刀田高さんは「短編小説は礼儀正しい文学」とも書いていた。物語は短くも、圧倒的な速さで僕を刺す。その「礼儀正しさ」に僕は見事にやられたのだった。これは、僕だけが知っている特別な本だ。図書室で自分が選び取った、自分だけの本。それからというもの、好きな本はと聞かれれば「星新一のショートショートだよ」と答えるようになった。少し、自慢げに。