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10月31日(木)

 京王線を営業するが、担当者さんの公休日を勘違いしていたり、休憩中だったりしてなかなかうまくいかず、溜息の多い一日。相手のある仕事はこの辺が難しい。

 不思議だったのは、相変わらず力強く売れている『ハリーポッター 炎のゴブレット』の在庫量の違い。かなりくっきりある書店とない書店が分かれているのだ。普通の売れ行き良好書だとお店の規模や実績によって、「ある」か「ない」か分かれるものなのだけれど、今回はどうもその傾向が当てはまらない。大きいのになかったり、小さいのにあったりと。

 うーんと唸りつつ、カバンの中から営業書店リストを取り出し眺めていると、ある違いに気づく。

 それは書店さんが取引している取次店(問屋さん)の違い。多くの書店さんがいわゆる二大取次店、T社さんかN社さんと取引しているのだが、この日『ハリーポッター 炎のゴブレット』の在庫があった書店さんは、ことごとくN社さんと取引のある書店さんだった。ほぼ半々の力関係のなので、こんなに差が出るのは珍しい。

 この事実に気づいて、さらに謎が深まってしまった。実は今まで『ハリーポッター』の供給力において、発行元と連携力の強いと噂されるT社さんの方が上をいっているといわれていたのだ。それが、どうも今のところ逆になってしまった感がある。

 まあ、たまたまのタイミングなのかもしれないが…。

 いやはや、それにしても230万部の行き先を個別に覗いてみたいもの。1店にどれくらい納品するとその信じられない数になるのか? でも、それを見たら営業する気力がなくなるだろうなぁ。

10月30日(水)

 神田のS書店を訪問し、ベスト10をチェックしていたらいきなり肩を叩かれる。てっきり担当者さんだと思ってふり返ると、相棒とおるが仁王立ちしているではないか。現実か幻か一瞬判断に迷ってしまうが、とおる自身もいきなり僕がお店に入ってきたのでビックリしたらしい。いやはや、何でこんなところで? 店頭での立ち話ほど書店さんの邪魔になることもないので、とりあえず外に連れ出した。

「大阪どうだった? やった? 『まいどっ!』って」
「やるわけねぇだろ、アホ」
「杉江はダメだなあ…、まだどっかでカッコつけてんだよ。営業マンはそれくらい出来なきゃダメだよ。」

 決してカッコつけているわけではないけれど、さすがに長いつき合いをしているだけある。僕の弱点である気の弱さを完全に見抜かれていた。

「で、とおる、何してたの? また得意のサボり?」

 相棒とおるのサボりは仲間達の間で有名だ。たいてい営業マンのサボりなんか、マンガ喫茶や映画館やパチンコなんていうのが相場だけど、このとおるは、そんなもんではとても満足できないらしい。

 夏場になれば、営業カバンのなかに海パンが常備されていて、事前に営業ルート上でチェックしていた公営プールにボチャンと飛び込む。なぜ公営プールなのかといえばもちろん安いから。それ以外でも話題のスポットには必ず足を運んでいるし、四国担当のときはさぬきうどんの完全制覇もしている強者。「恐るべきさぬきうどん」同様「恐るべき営業マン」なのだ。

 いやいや、恐るべきなのはそのサボりでなく、実は、これだけサボっているにも関わらず営業成績が抜群で、社内一のトップセールスを記録していることだ。いったいどうしたらそんなことが可能なのか思わず頭を下げて話を伺いたいほどある意味有能な営業マンだ。

「今日はサボりじゃなくて、仕事なんだよ」
「仕事って機械メーカのお前が本屋に営業に来るわけないだろ」
「違うの、オレ急に異動になっちゃってさ。今度は海外事業本部ってところにいくの。仕事は全部英語が基本になっちゃうんだよ」

 そういってとおるは幾つかの書名が書かれたメモを広げた。そこにはNHKの基本英会話講座から海外商取引のルールみたいな本がズラリと書かれていた。

「ヤバイよ、英語なんて高校以来やってないから、話すのも読むのもできねえよ。関西弁は転勤3年で修行したけど、英語はもっと時間がかかるだろ。おまけに上司が練習だといか言って一日中英会話で話しかけてくるんだぜ。中学校の先生みたいな顔して『今日の昼飯は何を食べましたか?』だってさ。それにもう完全な内勤だからサボりもできなんだよなぁ。」

 とおるはそんな愚痴をこぼしつつも、カバンのなかには大量に英会話学校のパンフレットを詰め込んでいた。

 ふと気になって、別れ際とおるに確認をした。
「あのさ、異動の辞令っていつ出たの?」
「先週だよ」

 その答えを聞いて、何となくトップセールスになる秘訣がひとつわかった気がした。
 とおるよ、お前ほど前向きなヤツはいないぜ。そしてお前は「恐るべき営業マン」から「恐るべき海外事業マン」に間違いなくなるよ。

 何だか負けていられない気分になって、遅くまで営業に励んだ。

10月29日(火)

 出張の影響が良い方に出て、営業にやたら気合いが入る。1日10件がナンボのもんじゃ。とにかく駆け足で書店さんを廻り、休憩も不要。何かひとつ吹っ切れた気分で仕事に取り組めるようになった。

 渋谷のH書店さんへ行って、Hさんとお話。先週から書店員さんとの話題はほとんどハリーポッター一色だ。○○書店は初日に××部売ったとか、△△系列は全店で、□万部販売したとか。実はかなり多くの書店員さんが売れ行きに対して懐疑的な想いをもっていたので、初日からのこのフィーバーと爆発的な売れ行きに驚き、満足している様子。まだまだ映画化で話題は集まるは、これから読む人も増えるだろうと、年末まで在庫を切らさないよう勝負が続いている。

 Hさんはそんなハリーポッターの売れ行きを前にこんなことを話した。
「CDとかゲームとかはもっと昔からこうやって煽って売ってきたんですよね。出版業界も遅れてそこに到達したのかな…」

 僕は何だかそれはそれでちょっと嫌な方向になるんじゃないかと思いつつ、話を聞いていた。するとHさんも同じような想いだったようで
「なんかこればっかりになったらイヤですね」

 本が本の力で売れる。テレビや広告やマスコミの影響ではなく、しっかりと長く売れる。そういう時代はもう来ないのだろうか。

10月28日(月)

 出張明け。土日を入れて5日ぶりの出社。見知らぬ土地で営業と移動を繰り返し、たまの休憩も駅のベンチやコーヒショップだった身には、机と椅子と屋根があることに素直に喜びを感じてしまう。会社って、こんなに良いところだったんだ…。

 しかしそう思ったのも束の間、机の上にはFAXやら封書やらメモが山のようにあって、呆然としてしまう。おまけに首都圏を3日離れたおかげで、営業予定は滅茶苦茶になり、元々ギリギリだったものが限界を超えてしまった。いくらカレンダーとルートを指折り数えても完全に日数が足りない。どうしたらいいんだ…とブツブツ社内で呟いてみたけれど、誰も変わりに営業してくれるわけでもなく、こうなったら土、日を返上して書店さんを廻るしかないと腹をくくる。

 出張は予想以上に楽しかったけれど、やはりひとり営業では無理がある。

 31歳、入社5年。そろそろ出世するか、まあ降格するか、あるいは異動があってもいい頃だと思うけど、そのポストがこの会社にはない。ああ、誰か下とは言わず、上でもいいから人を入れてくれぇ~。

10月25日(金) 炎の出張日誌 大阪篇

 冗談だと思っていた人もいるかと思うが、本当に2泊目は宿泊費が出なかった。昨夜、Yさんのアパートに向かい、用意周到な僕は持参した寝袋にくるまりごろ寝。こんな出張したことありますか?

 そのYさんのアパート、完全なる一人暮らしのオトコ部屋。何だか学生時代の友達の家に来ているような懐かしさを感じてしまい、ホテル以上にくつろいでしまった。一宿一飯の恩義、忘れずに東京で返すことを約束し、反対方向のホームでお別れ。

 ここまで訪れた都市は、エネルギーが籠もっている名古屋。土地にエネルギーが宿る京都。そしてこれから向かうは人がエネルギーを放出する大阪。シティーボーイの僕に営業が出来るのか不安になり、昨年までこの地で敏腕営業マンとして活躍していた相棒とーるに相談を入れる。

「あのさ、今大阪でこれから営業に向かうんだけど、どうしたらいい?」
「とりあえず、この電話でやってみ?」
「初めまして、本の雑誌社の営業の杉江です……。」
「アカン!アカン! そんなよそよそしい言葉しゃべったらみんな心閉ざすでぇ。いきなりこれだよ『まいど!』。な! 大阪は勢いと親しみ易さが大事なんだよ」
「お前さぁ、『まいど!』って一度も会ってないんだよ」
「そんなもん関西の人は気にしないって。とにかく元気に『まいど!』 じゃ、忙しいから。」

 ただでさえ人見知りで、気が弱く、都内の営業だっていつまで経ってもよそよそしいのに、いきなり初対面の人に『まいど!』なんて言えるもんか。余計な相談をしなければ良かったと深い後悔。

 出勤ラッシュの梅田駅に辿り着き、地下街か地上かわからないところをウロウロしてK書店さんへ辿り着く。こちら日本でナンバー3に入る売上を誇る最強書店さん。予想通り。開店間もなくから激しい人の入りで、相変わらずハリーポッターの特設販売会場には人の山が出来ていた。『躊躇しない』をモットーにしていたが、さすがにこの混みようではとても声をかけられない。棚を確認し、次なるお店へ向かう。ああ、情けない。

 関西を歩いて気づいたことがひとつ。京都にしても大阪にしてもやたらに会話に方位が出てくる不思議さ。例えばこの後、訪れたH書店さんで中場さんの『話はわっしょれ~』の案内をしていると「南の方が売れるんですよね」と言われ、「南って?」と呆然としてしまった。いやもちろん、キタとミナミは知っているんだけど、そのミナミじゃなくて、南下した方を指したらしいのだ。

 それ以外でも道を聞けば、どこどこ交差点を北に行ってとか、東に入ってとかとにかく位置関係を示すのに東西南北の方位が出てくる。東京で道を聞いたとき「西へ行って…」なんて教えてくる人はほとんどいない。関西の人はいつも太陽の位置で自分の歩いている方向を確認しているのか何だか謎だ。

 あともうひとつ感じたのは距離感の違い。関西で道を聞いて「とおい」と言われた道を歩くとそれが割と普通というか近い距離でビックリしてしまった。いやいや別に比較論なんて僕が書いても意味がないのだが、素朴な疑問は他にもいくつかあった。

 余計な話は出張のスピード感とまったく違って、営業の方はとにかく先を急ぎ、駆け足で進む。

 堂島のJ書店さんでは昨日の京都店以上にぶったまげ、店内をどこまで歩いてもJ書店らしい高い棚が続く。おぉ、池袋店が平たくなったようなお店じゃないかと興奮して彷徨い続け、もちろん「まいどっ!」なんて言えないから、ボソボソ「初めまして、本の雑誌社…」と担当のAさんやMさんに挨拶する。もちろん優しく対応して頂き一安心。相棒とーるのウソはあっけなく暴かれる。

 その後、天満橋の同じくJ書店さんを訪問し、こちらではかつて別冊に登場願ったNさんとお話しし、なんと『本の雑誌』の読み方のポップまであって感動を覚える。

1、まずこの雑誌を読んでみる。
2、中で書かれている面白そうな本を読む。
3、この会社の単行本を読む。

 なるほどなるほどその通りの読み方が、一番本の雑誌にとって嬉しい読み方だ。それ以外にも興味深いフェアが開催されていて、噂通りパワーあふれた店舗だった。
 
 まだまだ、移動は続き、グググッと難波へ。フェアでお世話になったA書店Kさんを訪問し、一度当欄に書いた恥ずかしDMの店頭掲示に「洒落がキツイです」とツッコミをいれ、高島屋の地下H書店さんを覗き(担当者に会えず残念)、観光客がごった返す吉本の劇場前J書店さんに飛び込む。

 正直に書くと、この辺りで僕のエネルギーは完全に切れていた。精神的にもフル営業を3日続けているので意識は飛んでいるし、ふくらはぎはパンパンを通り越してカチカチの状態だった。そしてついに、今までおやじ化を避けるため飲まずにいた『ユンケル』に手を出してしまった。一息で飲み干し、しばらく難波界隈を歩いて効き目を待つ。

 ちなみに今日も昼飯は、どこにでもあるチェーンのうどん屋。せめて、食い道楽の街では何かうまいものを食おうと考えていたのに、相棒とーるのお薦めの店は、先日の火災により焼失してしまったとかで断念せざるえない。

 最後の最後に本町のK書店さんを訪問したときには、すでに夕暮れどきで、多くのビジネスマンが家路を急ぎ、地下鉄の出入り口へ飲み込まれていった。

 梅田でお土産として551蓬莱のブタマンを買って、新幹線の指定席の予約を取った。文字通り「怒濤」の出張が終わろうとしていた。

★   ★   ★

 僕、今回の出張でいろいろなことを考えた。
 もちろん営業マンとして、出版人として。
 それから人として。
 
 そして多くの人に優しく迎え入れられたことに何度も涙しそうになった。
 実は9年前と何ら進歩もなく、ものすごく不安を抱えて書店さんを訪問していた。

 今回はあまりに駆け足過ぎて、ゆっくり棚を拝見することもできず、客層の把握や情報のやりとりも難しかった。でも、これから首都圏の枠を越えて、書店を訪問しないといけないと決意した。それは自社の売れ行きはもちろん、読者の不便さ、そして自分の成長のために。

 お世話になった皆さんありがとうございました。

10月24日(木) 炎の出張日誌 京都篇

 慣れぬ出張のせいか、それとも深酒のせいか胃腸がボロボロに。トイレから抜け出せぬほどヒドイ下痢に襲われる。そこへプラスしてベットでの睡眠による腰痛。おまけに気が張っているため早朝5時過ぎに目を覚まて、睡眠不足も加わってのトリプルダウン。いや、久しぶりにレッドゾーンを振り切ったフル営業をしているため、パンパンに張った足も痛く地獄の4連打。とにかくオレンジジュースをやたらに飲んで出発までベットに寝ころんでテレビを眺める。

 ワイドショーやニュース番組のなかで『ハリーポッター 炎のゴブレット』の話題が何度も出る。昨朝ホームから眺めたY書店の早朝発売風景が映り、そして静山社の社長であり、翻訳者の松岡氏がコメント。
「とにかくこの本を届けたい一心で、利益も原価も計算していません」

 こちらはいつも利益と原価を計算し、頭を抱えて本を売り歩く営業マン。ボロボロの身体に染みる夢の一言、ヨダレを垂らしつつ思わず耳を塞いでしまった。チクショー。

 京都への移動はちょうど来た「こだま」に乗り込む。アッという間に京都。こんなに近かったのかと驚きつつ、あまりに早く到着してしまったため、お店はどこも開いていない。

 駅前の街路図を眺め、仕方なく(本当に仕方なく)東本願寺を見物。いわゆる寺社仏閣に興味のなかった人間も時代小説を読み出すと、歴史の町・京都に俄然興味が湧く。寺田屋も池田屋も各藩邸跡も、それから特に竜馬が死んだ近江屋も覗きたい。おお、今まで3回京都を旅したことがあるはずなのに、そのときは早く帰りたい一心だったのが信じられない。

 しかししかし今回は出張なのだ。し・ご・と。今日も訪問したい書店さんがガッチリあって、それ以外どうすることもできそうにない。ああ、駅前の観光客や修学旅行生が羨ましい。おい! いきなりGAPで買い物してどうすんの? ちゃんと観光しないと後でおじさんみたいに後悔するよ、なんて女子高生に説教をしてしまいそうになる。

 そうこうしているうちに時間は過ぎ、お店の開店時間がやってくる。まずは京都駅の書店さんを2件訪問。どちらでも非常に優しい対応を受け、最後は「また来てくださいね」なんて言葉を頂く。思わず「絶対来ます」と答えそうになるが、座右の銘が『質素倹約』の発行人浜本の顔がポカリと浮かぶ。とりあえず「頑張ります」と答えるのが精一杯の返事だった。

 昼時になると事務の浜田からしつこいくらい「今日は何を食べましたか?」というメールが携帯に入る。しかし僕は好き嫌いが多く、食事にはまったく関心がない。どこに行こうが別に食べたい物もなく、いや名物に限って食べられない物が入っているので、昨日は駅の立ち食いうどんで済ませ、今日も駅地下のどこでもあるトンカツ屋でロースカツ定食を食す。

 さあ、移動開始と京都の地下鉄に乗って、北大路O書店、烏丸御池のK書店と訪問。しかしO書店さんは担当者がお休みで、K書店さんは事務の浜田が「ぴあMAP文庫 大阪・神戸・京都」に出張前大量なフセンを貼り、マーカーまでして営業ルートを製作してくれたのだが、その場所がまったく間違っていて訪問できずに終わってしまう。残念無念、2泊3日の駆け足営業では後戻りが出来ない。

 さてさて、京都の中心街、四条河原町にやっと辿り着く。たぶん今まで3度の訪問で3度とも来ているはずの繁華街。しかし、まったく記憶にないのが恐ろしい。

 M書店さんを覗き(担当者さんお休み)、次はH書店さんへ移動。こちらは『本の雑誌』10月号「自在眼鏡」コーナーで紹介した「夏の文庫 裏百選」を開催したお店。是非とも担当のIさんやAさんにお会いしたいと考えていた。

 お店に入って「ム、ム、ム」と唸る。いきなり店頭の一番良い棚に大崎善生の『パイロットフィッシュ』と『アジアンタムブルー』がドーンと並べられているではないか。これはこれは、僕がいつも東京で見ている青山ブックセンター系か同系列の渋谷店と同じ趣向、完全なるセレクトショップで書店員さんの売りたい本(読んで欲しい本)が伝わってくる展開だ。

 運良くIさんやAさんにお会いでき、話を伺ってみると立地のマイナス要因をプラスに転化させる発想らしいとわかる。

「やっぱりS書店さん跡地で、廻りは老舗のM書店さんやJ書店さんに囲まれているんで普通にやっていたらダメなんですよ。だからちょっとアピールする形で、ここに来たら面白い本が見つかるて感じにしたいんで、いろいろとやってます」

 いやはやそれにしてもその意気込みが棚や平台から間違いなく伝わってくるし、店員さん達が作っている『ROLL OVER&DIE!』という小冊子もカッコイイし内容もすこぶる充実。何だかここに来るまでの他の書店さんも含め、全国の書店員さんが1冊の本を売るために、たゆまぬ努力をされている。思わず深い感動を覚えてしまった。

 その後は、J書店さんへ。こちらも入って「アヤヤ」と驚く。このJ書店、池袋のJ書店さんと同じ系列で、もちろん古さで行ったら関西が本拠地だから、こちらが古い。それにしてもJ書店さんはどこまで行ってもJ書店。高い棚にしっかり本が並べなられ、平台なんてほとんどない。その徹底的な姿勢にまたまた感動を覚え(実は翌日の大阪でもっと感動する)担当のFさんと話し込んでしまった。そしてFさんが本誌の愛読者だと知る。

 この出張で感じたこと。僕がいつも廻っている首都圏の書店さんは、『本の雑誌』や単行本が並んでいるのがある程度当たり前だった。しかし手の回らなかった地域では、注文制の単行本を見つけるのが難しい。特に既刊本なんて瀕死の状態だ。

 まったく自社の本がささっていない棚を前に何度もガックリし、たまに品揃えをしっかりしてくれているお店を発見すると、なんだか家に帰ってきたような安堵感を覚えてしまう。そしてFさんのように読んでくれている書店員さんがいると思わず抱きつきたくなるほど嬉しい。

 僕は京都の町で深く反省した。ゴメンね、編集部。君たちが一生懸命作っている雑誌や本に対して、僕はいつも偉そうに文句ばっかり言っていたけど、君たちが作ってくれた本によって、今僕は見知らぬ土地で、見知らぬ人に優しく応対されているんだ。これは決して僕の力じゃなくて編集部の人達の力だよ。そう本の力。今回のことを肝に銘じて、これからもうひとつ違った見方で意見していくよ。ほんと今までゴメン。

 最後にD書店さんを訪問し、本日の泊まらせて頂くことになっている化学同人のYさんの会社に向かった。ちょっとした偶然が起こり(またしても本誌が絡む)僕はどんどん京都を好きになっていく。パープルサンガを応援できるかわからないが、この地に住むのも悪くない、いや一生に一度は住んでみたいとまで考えていた。

 ところがところが、雑談を交わしていた化学同人社長Sさんが最後に一言。
「そうそう、今日来たら絶対言わなきゃと思っていて忘れていました。浦和レッズ、負けて、首位から落ちちゃったね、ハハハハ」

 さすが傷口に塩を塗りこむ関西人。京都に住むのは絶対に辞めた…。

10月23日(水) 炎の出張日誌 名古屋篇

 東京駅8時3分発、ひかり115号広島行き自由席に乗り込む。ホームからは東京駅Y書店が見え、その店頭に数台のテレビカメラがうろついていた。『ハリーポッター 炎のゴブレット』の早朝発売であった。

 ★   ★   ★

 名古屋駅に降り立つと、もう一人の自分が歩いているような気がした。それは生まれて初めて一人で出張に出たときの姿で、今より9歳も若い僕だ。そう、僕は前の会社で東海・中部担当だったから、年に3回はこの地を訪れていた。

 僕の目の前にいる想像の僕は、キョロキョロと周りを見渡し、心細そうな足取りで改札を出る。今にも泣き出してしまいそうな顔で、案内板を覗き込んでいる。ホテルの予約はちゃんと取れているのか? いやそれよりもノルマを越える契約を取れるか…そんなことで頭がいっぱいだった。

 あれから9年。場数はそれなりに踏んで、進歩している、はずだろう。そう何度も自分に思い込ませる。今回の出張にひとつのモットーを立てた。

「躊躇しない」

 ついつい、都内の営業では書店員さんが忙しそうなとき、躊躇して声をかけずに帰ってくることがある。それはある意味正解であり、また不正解でもある。ただし、出張の場合、特に本の雑誌社のようなチビ会社だと、次の出張がいつになるかわからない。だから少しくらい押しを強くして、書店さんに飛び込むしかないと考えた。とにかく飛び込む。そしてせめて顔合わせとして名刺だけは渡してきたい。それが例えハリーポッターの発売日だとしても…。

 駅前に取ったホテルに荷物をおき、まずはH書店さんへ。そのビルのテナントを見る限り、若い女性が主のように見える。担当のKさんに挨拶し、売れ方を確認。やはり今は嶽元のばらや吉田修一が強いという。店長さんに挨拶しようと思ったが、ハリーポッターの販売に出ているとか。まあ、仕方ないと次なるお店S書店さんへ向かう。

 ここでいきなり懐かしい人と会う。地下街で出店ハリー販売をしている書店員さん、なんと千葉店や神保町店で散々お世話になったYさんなのだ。なんだか5年も営業をやっているとこういうことも起こるんだ、と思わず「継続は力なり」なんて呟いてしまった。

 思わぬ土地で、思わぬ人と会え、ホッと胸をなで下ろし、名古屋の情報を伺う。なるほどなるほどと頷きつつ、同じチェーンの入っている高島屋へ向かう。

 そして腰が抜ける。噂には聞いていたが、すごいお客さんの量。午前11時、いわゆるまだ人の動き出す前のはずなのに、多くの棚にお客さんが付いている。何もこれはハリーポッターの影響ではなく、それぞれ本を探している様子。多くの同業営業マンから「あそこはスゴイ」と聞いていたが、確かに補充が間に合わないのか、本の倒れかかった棚が多数。いやはやこれほどの売れ行きを示す書店さんが今この不況の時代にあろうとは。

 とにかく驚きつつ、そして躊躇せず、忙しそうな担当者さんに名刺だけ渡してくる。どうもすみません。

 その後、名古屋駅を離れ、名鉄名古屋本線に乗り込む。この機会にどうしてもお伺いしておきたかったお店がこの路線にあった。それは知立八ツ田のS書店さんで、担当者のNさんには電話やFAXでいつもお世話になっていたからだ。

 S書店さんのホームページからプリントアウトした地図を確認すると、「知立駅」と「牛田駅」が最寄りの駅ということがわかる。切符売り場で路線図を確認すると「知立駅」には特急が止まり、新名古屋駅から約30分程度。おお、これなら昼飯を簡単に済ませば、その後の営業予定にも問題がない。あわてて特急に乗り込む。

 どこか僕が住んでいる埼玉に似た風景が車窓から見えてくると、そこが「知立駅」であった。思ったよりも楽な移動で済み一安心。しかし何となく手に持っている地図が簡略なことに不安を覚え、駅員さんを捕まえ確認する。

「あの~、この本屋さんに行きたいんですけど、この駅で降りて歩いていけますか?」
 善良そうな駅員さんは、じっと地図を覗き込む。S書店の場所は知らないようだが、一緒に書かれていたホームセンターは記憶にあるらしい。そして恐ろしい言葉を吐いた。

「ああ、これは次の牛田駅に行かないととても歩いていけません。牛田駅は普通電車しか停まらないから、えーっと5分後に来ます。でも1時間に2本しかないから気をつけて下さい」

 躊躇しない…をモットーにしてもさすがにここは躊躇した。1時間に2本の普通電車。行きは5分後に乗れるから良いけれど、帰りはどうなる? よほどタイミングを合わせて移動しない限り、この後の営業コースは大沈没間違いなし。いやはや、悩む。知立駅のベンチに座って悩み続ける。結論が出る前に普通電車がやって来てしまった。思わず乗り込む僕。あややや。

 その駅牛田駅、東京で働いている身にはビックリするぐらい、のどかな駅だった。下りのホームには駅員がいなくて、電車に乗っていた車掌さんが切符を回収していた。生まれて初めての経験だ。

 しかししかし、そこから30分歩いて着いたS書店さん、訪問してほんとに良かった。担当のNさんと帰りの電車を気にしながら短い時間しか話せなかったけれど、こちらの想像を超える本が売れている。『本の雑誌』も二桁売れているし、外文が強いという。それも白水社や国書刊行会の本が売れるという。本は、いろんなところで売れている…ということが実感できた。ああ、嬉しい。

 何だか起こったことをそのまま書いていたら異様に長くなってしまった。このホームページは3000字が限度だし、そもそもこんな出張報告、社員以外に誰が読むというのだ。出張帰りの疲れた身体でそれもレッズが負けた夜(10月27日)なぜにメモを見ながらこんなものを書いているんだ…。

 とにかくその後、栄に移動し、未読王氏御用達のM書店さんでF店長さんとIさんから思わぬ歓待を受け、目の前にあるM書店を眺め、K書店へ行き、P書店へ向かい、セントラルパークのM書店さんへ。トドメは、『本の雑誌』20周年イベントでお世話になった千種駅のS書店Fさんを訪問。このお店、名古屋で初めて『本の雑誌』を扱ってくれたお店だ。

「初めまして、本の雑誌の営業の杉江と申します」
 信じられないくらいしっかりとした本が並べられているS書店さんに驚きつつ、今日何度目かの自己紹介。

 Fさん、うん?という顔の後、思わず腰砕けになって、
「よよよ。本の雑誌社の人間にまた会えるとは…」と絶句する。それほど来ていないということだ。ああ。その後は、本を売るということについてしっかり勉強させて頂く。

 まだまだ名古屋の夜は更けない。遅くまでとある飲み会に参加した。しかし、もうとても書ききれないし、出張営業は始まったばかり。

10月22日(火)

 本日廻った書店さんの声。
「売りてぇ~!!!」

 さすがにこれだけ注目を集め、大量部数の新刊となった『ハリーポッター 炎のゴブレット』。取次店さんもかなりしっかりとした計画搬入しているようで、昨夜あるいは今日という流れで、都内の書店さんに入荷しているようだ。本日訪問した書店さんのバックヤードには、山積みというか、ダンボールの壁。その輸送ダンボール1箱8セット。思わず指折り数えてしまうアホな営業がここに一名。

 しかし、もちろん発売日の協定が強く結ばれているので、明日23日午前5時まで売ることは出来ない。爆発的に売れる本を前に、冒頭の声が書店員さんから漏れている。いやはや、気持ちはわかりますが今回だけは辞めておいた方が身のためですよ、と思わず多く出回るであろう調査員を頭に浮かべ、はやる書店さんを押しとどめる。

 それにしてもスゴイ。
 僕、思わず営業マンとして計算してしまいました。静山社の売上を…。
 僕の電卓の限界値に限りなく近づき、想像を超えるあまりの凄さに呆然とし、そして思考停止。こういう無駄なことはやめた方がいいということに気づくが、指は勝手に動いていて、正味(取引の掛け率)や印刷経費や宣伝費などを計算してしまう。ああ、トンデモナイ利益じゃないか。

 昔とある出版社の営業マンに言われたことを思い出す。
「本がヒットしたときはね、出版社というのはお金を刷っているのと一緒なんですよ。右から左に流れていって、左からお金が入ってくる。もうスゴイことになるんですよ」

 そんな幸せを経験したことがない僕には想像がつかない。でもまさに僕の机上の計算のハリーポッターがスゴイことになっているのはわかる。ナハハハ……。

10月21日(月)

 初の出張に向かう話を先週書いた。

 発行人浜本は、この機とばかりにたくさんの書店を訪問させようとし、しかしそれと反比例して金をケチる話をする。同調して松村は姉の家に泊まれと無茶をいい、金子は実家の両親を見てきてくれと。

 あの記述以来、多くの人の優しさにふれた。もちろん本の雑誌以外の人々に。

 今夏異動によって今では編集者になったミステリー版元T社の元営業マンIさんから、まるで自分の部下に教えるかのような、名古屋の書店営業のルートと担当者の詳しいメールを頂いた。そうなのだ、僕は名古屋の書店さんの場所も人もまったく知らず、どこをどう廻っていいのか見当も付かずにいたのだ。これがなければ、名古屋の駅で呆然と立ちつくしていただろう。ありがとうございます。

 そしてビジネス版元D社のKさんは、同じ日同じ飲み会に参加するとのことで、面倒をみてくれると電話してきてくれた。僕はその飲み会の誘いを受けていながら、出張したことがない身であり、その書店さんと直接の面識がない。このKさんの言葉に正直胸をなで下ろした。

 トドメは京都の専門出版社、化学同人の営業Yさんである。この連載を読んでその感想のメールを頂き、それ以来Yさんが東京に出張してきたときは酒を酌み交わしていた。今回、出張の話を書いたらすぐに連絡をくれ、なんと「うちに泊まれば」と信じられない優しい言葉を頂いたのである。

 そもそも、名古屋に行くことが決まり、その後、どうせだったら翌日大阪に行ってこようと考えていた。チビ会社の宿泊費も1泊が限度のようだ。ところが、浜本にそのルートの話したら「京都がない!」と反論されてしまった。いや、僕だって京都に顔を出せないのは……と考えていたが、時間的に限界なのだ。

 そこへYさんのお言葉である。これに甘えさえて頂ければ、大阪を廻った夜、京都へ向かい、翌日その京都を廻って東京に戻れるのだ。有り難い、有り難いとすっかりYさんに甘えることにして浜本と二人、深く感謝。もちろんIさんやKさんにも感謝。

 いろんな人にお世話になり、迷惑をかけまくっている出張は、今週水曜日23日水曜日の出発である。
 そこで気づいてしまった。なんと『ハリーポッター』4巻目の発売日ではないか。都内の書店さんでもその近くは訪問しないでね!と忠告されている日である。ああ、初の出張が……。

 いや、挫けてはいけない。出張当日、我が浦和レッズはアウェーで鹿島と優勝を争う天王山を闘うのだ。僕もアウェーで頑張るしかない。いざ!出陣だぁ。

10月19日(土) 炎のサッカー日誌 2002.10

 朝、埼玉スタジアムの列並びに向かおうとしたら、1歳半を過ぎた娘がゴホゴホ咳き込んでいた。先週一度病院に連れて行き、薬をもらって鼻水は止まったものの、まだ完全ではないのである。薬はすでに無くなっていて、かかりつけの小児科は、土曜日午前中だけ診療がある。

 僕は首位に立ったレッズの試合を前に気もそぞろであるが、さすがに親である。それほど悪いわけではないが、ちょっとつらそうな子供を前に、埼スタへの出発を躊躇していた。するとその様子を眺めていた妻が聞いてくる。

「早く行けば」
「でもさ、咳しているじゃん」

 僕は娘を抱いてあやしながら、歯切れ悪くそう答えた。すると妻の表情が変わった。

「アンタさ、レッズ大好きなんでしょ、いつもレッズがなかったらオレは死ぬって言っているんでしょ。今更子供のために行かないとか言わないでよ。今までどんなときだってレッズを優先して生きてきたんだから…。これくらいの風邪は子供はしょっちゅうひくの。アンタがオロオロしても意味がないの。アンタの一番好きな福田が、子供が風邪だからって試合で手抜きするの? しないでしょ。だったらアンタだって命がけで応援してきなさいよ。優勝がかかっているんでしょ! 早く行きなよ」

 飛び出すように家を出て、自転車に乗り、埼スタに向かった。
 僕は泣いていた。レッズが好きなだけで、きっと今まで家族や周りの人にいっぱい迷惑をかけてきた。それはわかっているけど辞められない。レッズを愛するから僕であり、僕であるためにはレッズとともに闘うしかないのだ。

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 その気持ち、今、間違いなく選手に伝わっている。

 延長に突入して間もなく、鈴木啓太の右足アウトサイドからこすり上げられるように蹴られたボールが、絶妙な回転でトゥットに伝わった。その瞬間、浦和の勝利が60%約束された。ゴールが決まるためには、シュートだけでなく、またアシストだけでなく、その前のパスが重要だ。

 ボールを受けたトゥットはすぐさま逆サイドに飛び込んできたエメルソンにボールを流す。勝利確率が85%に上がる。
 
エメは…。ワンタッチめでDFを抜き去り(勝利確率95%)、力強く、楢崎の脇を抜けるシュートを放つ。(勝利確率120%)

 スタジアムは爆裂し、選手達も、喜びながら駆け回るエメを追いかけ、飛びつき、抱擁しあう。こんなに勝つことを素直に喜ぶ、レッズの選手達を見たことがない。それを見ていたら、先ほど流した涙の延長が僕の目を潤ませる。

 涙はサポーターだけのものではなかった。オーロラビジョンに映った福田の目元も真っ赤だった。福田はきっと、今までのレッズを思い出しながら闘っていたのだろう。いつもこういう大事な試合に<負けていた>レッズを。そして今レッズが変わりつつあることを確信したのだ。

「負けないよ」福田はヒーローインタビューにそう答えた。

 勝ち続けることでチームは着実に自信を深めている。そしていつか「負けないよ」から「勝つよ」に変わるだろう。

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 興奮のまま帰宅すると、娘が寄り添ってくる。病院には妻が連れて行ったようだ。福田のコールを大きく歌い上げると、娘も両手を上げて真似をした。

 妻が一言漏らす。
「アンタ、出張に行ったフリをして鹿島戦に行くとか言うんじゃないでしょうね? さすがにそれは本気で家族が路頭に迷うことになるからやめてね」

10月18日(金)

 今日は届くべき物が届かず、午後まで会社に居残る。僕は待つのが苦手だから、こういうのが一番ツライ。特に今回のようにいつ来るのか確かめようがないときだ。

 そう考えると、待ちが仕事の編集者には向いていないのがよくわかる。電話やメールを前に途方に暮れている松村の仕事はとても出来ない。

 営業はとにかく相手先の飛び込めばいいから、どちらかというと待ちではなく攻めの仕事か。もちろんその場で、休憩や会議のため待つことはあるけれど、目の前で状況がわかるから気が楽だ。松村よ、君は潰瘍になったりしないのか?

 2時過ぎにその物が届きやっと営業へ。

 下北沢のS書店Tさんを訪問しようと電車に乗ったところで、ふと思い出す。確か、金・土休みだったよな…。あわてて携帯のメールで確認するが返事なし。返事がないということは働いているのか?と思いつつ、お店に顔を出すと、私服にエプロンをかけで、棚差ししているではないか。

「休みの日なんですけど、浅草橋に行ってハリーポッターの展示用の飾り付けを買ってきたんです。で、それをお店に持ってきたんで、そのまま仕事しています」

 昨日の学生との噛み合わない議論を思い出す。
 君たちと同じ、22歳で、すでにこれだけ<本気>で仕事をしている人がいるんだぜぇ! 

10月17日(木)

 7月に入った助っ人学生の歓迎会が遅れに遅れ今日新宿の海森で行われた。こういう時だけやたらに出席率が良いというのもどうかと思うが、元・助っ人数名も駆けつけてくれ、総勢23名の大所帯。小さな海森から人があふれそうな状態だった。

 僕はどうも風邪と顎の調子が悪く、とても騒げるような状況でなかったので、静かに酒を飲もうと考えていた。ところが助っ人達が集まるテーブルで、出版について大きな声で論じられているのを耳にし、我慢が出来ずにじり寄ってしまった。

 助っ人学生のなかには来春から出版社や書店への就職が決まっている者もいて、またこれから出版業界へ就職活動をする学生もいる。それぞれがそれぞれの想いで出版について語りあっていた。

「○○書店は本に愛がない」
「出版業界はなぜ変わろうとしないのか」

 そのどれもこれもが一面的で、これでも10年近くに渡ってこの業界内で生きている僕にとって、わかっていないと思えることだった。話を聞いているうちに、つい声を荒らげて「いや、違う。それはこうで、これはこうだからこうなるんだ」と説明しても、学生達はそれを踏まえた上での理想であり、それを言えるのが僕ら若者の特権なんですと鋭い反論をされてしまう。

 これはもうどれだけ時間があっても噛み合うことのない議論でしかなく、ただただその考えを就職して5年後にまた聞かせてくれ、あるいは仕事で結果を見せてくれとしか言えなくなってしまった。

 それにしても学生に対して諭し、ある意味、説教のようなことを垂れている自分は何者なんだ? 昔はこういうわかったようなことを話す大人が大嫌いだったんじゃないのか? 

 でも、今の僕にはこれしかできない。学生達と同調して、ただただアレが悪い、これがダメなんて言って自分の力を過信した理想郷はもう話せないし、その言葉を笑って受け入れるのも苦しいところ。他の社員のように、まったく違うテーブルに座っていれば良かったのだ…。

 非常に情けなさとやるせなさを感じた夜だった。

10月16日(水)

 予定よりも二日早く『だからどうしたというわけではないが。』の見本が出来上がる。目黒本らしい非常に地味で素朴な装丁でカッコイイと思うのだが、急に届けられてもこちらにはこちらの予定があって、すぐさま取次店さんに持っていくこともできず、得したのか損したのかよくわからない。

 ただ、昨日で締め切ったHP事前予約分のサイン本作成がいち早く出来るので、そちらは楽。またもや大量の申し込みを頂き、誠にありがとうございました。早速、昼寝をしている目黒を叩きお越し、サインをさせました。乞うご期待を。

10月15日(火)

 夜、編集長椎名の呼びかけで、浮き球△ベースの新宿ガブリ団(というチーム)の集まりが池林房であった。僕はここ1年くらいほとんど浮き球に顔を出しておらず、完全に幽霊部員化していたのだが、そろそろ身の危険を感じたので飲み会に参加することに…。ところが時既に遅く監督の太田トクヤ氏に怒られる、怒鳴られる、ああ。

 とりあえず、ペコペコ頭を下げて、どうにか輪に入れてもらい、乾杯。しかし、いきなり久米島の泡盛がカメで支給され、それが飲みやすいからといってガブガブ飲んでしまったのが2度目の不幸の始まり。

 途中から自分が何を言っているのかよくわからなくなってしまうし、参加もしていないくせにチームの主将に立候補してしまうし、トドメは突然の豪雨のなか何を考えたのか家まで自転車で帰ってしまう。もちろんずぶ濡れ。

 そういえば、薄ぼんやりとした飲み会の記憶を辿ると、調子の良いことだけは覚えているようで、初対面のTさんが当欄を読んでいることを話され、そして「日記を読んでいるととても弱々しい人を想像していたんですけど、なんか本物はしっかりした人なんです」と感想を漏らされた。

 いつも言われるのは「日記だといい人なのに…」。たまにはこういうこともあるもんだ。ナハハハ。

10月11日(金)

 とあるお世話になっている書店さんからお誘いを受け、初の出張に向かうことになった。名古屋への旅路。ついに念願叶っての出張だ。

 そのことを浜本に報告すると
「その週、名古屋グランパスと試合はないのか?」
と聞いてくる。これはなんて優しい社長なのだろうか。もしサッカーがあったら見てきても良いよというのだろう。しかし、残念ながらその間レッズの試合はない。そう浜本に話すと、なぜか悔しそうな顔をしてポツリと漏らす。
「ああ、じゃあ全部経費は会社で出さないといけないんだ。」
 単なるケチな社長であった。

 いやケチどころか、その後、信じられない恐ろしい発言が続くのだ。
「あのさ、どうせ名古屋に行くなら、京都も1時間でいけるでしょ。そんで大阪も京都から30分だし、神戸も20分くらいだよ。神戸まで行けば岡山も広島も結構近いから、この際全部行ってくれば?」
「あの、それどれくらいの期間出張に行って良いんですか? あまり長く行くと首都圏の仕事が滞ちゃうんですけど」
「えっ、1泊2日だけど」
「……」

 どうにかその死のロードは浜本の胸の中だけに納めてもらい、もっと細かい出張経費の打ち合わせをすることにした。本の雑誌社は今までほとんど出張というものがなかったのでそれらの会社的な取り決めがないのである。

「1泊8000円くらいはくれませんか?」
 かつての会社の基準を言葉に出すと、浜本は即座にダメだし。
「安いところを探せば5000円くらいのところがあるでしょ? カプセルホテルだったらもっと安いし、温泉ランドみたいなところなら2000円くらいで仮眠できるよ。まだ若いから大丈夫」

 そんな押し問答を続けていると突然編集の松村が声を上げる。
「あの~、名古屋だったら私の姉の家がありますんで、そこでどうですか? まだ小さい子供がいますけど、話せば泊めてくれると思いますよ」

 おいおい、オレは出張に行くんだ。なんで松村のお姉ちゃん家に泊まらなきゃならないの?

 ところが今度は単行本編集の金子が声を上げる。
「みんなさぁ、忘れているみたいだけど、オレ名古屋出身なの。だから名古屋に実家があるんだよ。もう10年くらい帰ってないから、変わりに父親と母親の顔を見てきてくれない? うちの母親『炎の営業日誌』を読んでるからスギエッチのこと知ってると思うんだよね」

 相談するのがバカらしくなり、僕は席に戻った。いったい再来週の出張を僕は無事に迎えられるのだろうか。せめて新幹線に乗り、ホテルに泊まりたい。 

10月10日(木)

 ワールドカップ不況が一段落ついたかと思ったら、今度はどうも出版業界にハリーポッター不況が吹き荒れそうな雰囲気になってきた。ここ数日どこの書店さんを訪問しても、間もなく納品になるハリーポッター4巻のストック場所確保に大わらわなのだ。ドカドカ返品を作っている現場を前に思わず呆然と立ちつくしてしまうほど。

 それは返品だけでなく、同時期に発売になる本の注文数にも影響が出ているようで、通常なら100冊取るような新刊も在庫の置き場がないため50冊に控えてしまったり、ワゴンや平台の多くがハリーポッターに占領されるなど、出版社にとっては悲鳴を上げたくなるような苦しい展開が続きそう。書店さんは多分10月の売上がハリーポッターによって上がるだろうが、静山社以外の出版社は大きくマイナスになるのではないかと不安を感じている今日このごろ。

 そんななか我が本の雑誌社はあまりに暢気ですっかりハリーポッターの発売日を忘れていて、顧問目黒の新刊『だからどうしたというわけではないが。』を、まったく同時期に発売するという過ちを犯してしまう。頭を抱えて単行本編集の金子にスケジュールの変更を願い出たが「ハリーの読者と目黒さんの読者が重なると思っているの?」としごく真っ当なことを言われあっけなく却下されてしまった。そういうことを僕が言っているんじゃないんだけど…。

 それにしてもハリー旋風は尋常じゃない。ある書店さんでは正真正銘の客注だけで、1000部を越えているというし、本日訪問した菊名のP書店さんで店長のHさんと話していると、たった20分間で3人ものお客さんが「まだだっけ?」と問い合わせにやって来るではないか。出版流通としても限界を越えているようで、製本所だかシュリンク工場だかから直接配本に向かわせるという噂を聞いている。

 ウロウロ書店さんを廻っている僕はそんなハリー旋風のなかであることに気づいた。それは客注の予約数にかなりお店ごとに差があるということで、それがどうも通常の状況と違うのだ。通常予約というものは、売上やお店の規模というものに比例してあがるものなのだが、今回は郊外の住宅地ほど予約数が上がっている。

 完全なドーナツ化現象が起きていて、これはきっとあの厚さで上下巻というボリュームから来ているのではないか。そうなると都心部の大型店は意外と苦戦するのではないか。うーん、果たして結末はいかに…である。

 このようなハリー旋風を前にすると、思わず野次馬根性的にいろんなことが頭の中を駆け回ってしまう。

 ひとつは、これだけの売れ筋本を一方的な取り決めで「買い切り」「完全シュリンク」という前代未聞の方法を採ったのであるなら、いっそ「再販」も外して「正味」もいじり、勝負して欲しかったということ。そこまですれば、ある意味書店さんとイーブンな取引になり、それでどうなるかが、瀕死の出版業界にとって新たなモデルを指し示せす良い材料になったのではないかと思うのだ。

 もうひとつ。僕の廻り(本の雑誌社社員や助っ人)は誰もハリーポッターを読んでいない。しかし毎月本を10冊以上は買っていて、10月末も同様に本を買うだろう。となるとここでの品揃えがしっかりしていないと通常の売上をダウンさせる可能性が書店さんにあるということ。本日訪問した横浜のM書店Yさんの素晴らしい一言が蘇る。

「『ハリーポッター』の売上はボーナスと考えて、いつも通りしっかり売らないとこの売上はまるで意味がない」

10月9日(水)

 僕がゴホゴホ咳き込んでいたせいか、目の前に座っている事務の浜田もつられたようにゴホゴホしだす。彼女、明日からすっかり遅れて取る「夏休み」。松山の実家に帰省し、両親と温泉旅行を企てているとか。思わず心配になって「大丈夫?」と声をかけたら、思いきり睨み返されてしまった。オレがうつしたというのか? いやうつしたんだよね、きっと。ごめん、ごめん。

 うつしたといえば、子供が産まれて約1年半。その間僕は3回風邪をひいてしまったのだが、その都度仲良く子供も風邪をひく。今回も昨日あたりから咳と鼻水が激しくなり、あわてて病院に連れて行った。

 こうなると僕は完全に悪者で、妻やら義母やら実の両親やらから「あんたが悪い!」と攻められる。僕の言い分は、子供が先に風邪のウィルスに冒され、その潜伏期間中に僕にうつり先に症状が出ているだけ…なのだが、誰もそんなことは聞いてくれない。いや、聞いてくれないどころか子供に近づくなと完全に隔離されてしまったほど。看病して欲しいとは思わないが、これでは弱り目に祟り目。くそ、父親はつらい…。

 書店員さんの職場は売場という不特定多数の人が集まる場所なので、流行の病気がいち早く伝播される。だから常にウィルスと格闘しているわけで身体の強い人でないとなかなか仕事が勤まらない。風邪やインフルエンザなんていうのはある種職業病だし、埃の多い職場なので鼻炎や花粉症の人も多い。またかなり肉体労働を強いられるので、腰痛や腱鞘炎に悩まされている人はもっと多い。ぎっくり腰をやって一人前なんていう恐ろしい逸話もある。

 ちなみに営業マンの職業病は、足のタコと夜な夜な酒場のハシゴによる肝臓系が多いように思われる。また編集者はデスクワークが多いのと、あまりに不規則な食生活のため肥満が多い。これは本の雑誌社だけのことかもしれないが…。

10月8日(火)

 相変わらずノドが痛い。会社の台所に放置されていたカンロノンシュガーのど飴(半分溶けかけ)をふくろごとカバンに詰め、営業に出かける。ちょっと熱もあるようで、こちらも放置されていた「ルルA錠」を飲んで誤魔化す。

 ここ数日一般の人にまで我が浦和レッズの強さが浸透しているようで、レッズバカの僕が書店さんを訪問するといきなり「幸せですね」と話を振られたりする。昨日訪問した立川の駅ビルS書店Hさんしかり、本日訪問した水道橋A書店Hさんしかり。

 そういえば先週訪問したサッカー好きの同志、田町のT書店Kさんには「そろそろ自慢しに来るだろうと思っていたよ」と見透かされていた。多分日本中のレッズサポサラリーマンが同様の会話のなかで仕事をしているのだろう。

 さて、今月の新刊は久しぶりの顧問・目黒本なのだが、この書名が異様に長い。『だからどうしたというわけではないが。』前代未聞の全18文字。

 このタイトル、まず金子が案を出し、著者である目黒に相談に行ったらしい。目黒は自分の口癖でもあるこの書名が気に入ったが、さすがにこれほど長く、また意味不明な書名に不安も感じたようで、営業の僕の「了解が取れたら」という判断を下した。多分了解しないと思っての発言だろう。

 もちろん「書名はわかりやすく」を第一に考えている僕は反対した。何のことかわからないし、とにかく長すぎる。売れ行きはもちろん、事務的なことも含めて長い書名は面倒が多いのだ。いろいろと反論をし、とにかく一晩考えさせてくれと金子に伝えた。

 ところがところがそこに現れたのが社長である発行人の浜本。「目黒さんに聞いたけど、あの書名面白いよ」 その一言で全体未聞の全18文字にも渡る長いタイトルに決まってしまった。

 それ以来僕は営業先で「だからどうしたというわけではないが」と声に出し、書店員さんから不思議そうな顔で見られる毎日。そりゃいきなりこんな言葉を言われたら、ビックリするだろう。いやはや、困った書名だ。

10月7日(月)

 風邪をひいてしまったようでノドが真っ赤に腫れ、痛いのなんの。子供が出来て以来、うがいやら手洗いやら病原菌の感染に気をつけているのだが、その隙をついてたまにウィルスにやられてしまった。今回、風邪をひいてしまった原因は次の5つ。

1 雨が降るなか濡れながらレッズ戦を観戦していたこと(9月28日)
2 レッズがナビスコカップ決勝に進み、その前祝いとして冷たいビールを被ったこと。
3 9月中旬から週2、3のペースで飲み会が入っており、終電での帰宅が続き、疲労が溜まっていること
4 そんな弱り目のなかノドに不調を感じていたにも関わらず、先週のレッズ戦で興奮して大声を出してしまったこと
5 僕はバカじゃないという証明のひとつ

 ああ、こんなことを書いている間も、ノドがイガイガし、咳き込むと涙が出るほど痛いのだ。まあ、そんな痛みくらいは自業自得のレッズ魂ゆえだから我慢するが、声が出ないと営業にならないので、そちらはどうにかして欲しい。

 本日も立川のO書店Sさんを訪問し「こんにちは」と声をかけようとしたら、声がかすれて音にならない。こうなったら森進一の物真似も出来るんじゃないかと、思わず「おふくろさんよ~」と歌い出してみたくなったが、これ以上アホな営業マンだと思われると恐怖の「出入り禁止」宣告がされそうなので、素直に「風邪をひいておりまして、お聞き苦しいかと思います」と謝る。

 このO書店さんは大規模なワンフロアー書店であり、そのオープン当初から専門書や既刊書の品揃えに力を入れていた。それは棚を見れば一目瞭然で、こんな本があるのかと訪問する度に発見させられることが多い。

 その効果がジワジワ出ているようで、Sさん曰く、既刊と新刊の売上対比が約7対3くらいになっているとのこと。これは現在、他の書店さんが新刊依存度の高くなるなかで驚異的な数字だろうし、おまけに医学書などは前年二桁伸びだとかで、医学書版元にいた僕の感覚だとそこにお客さんが就けば、大型店も一安心ということになるのではないか。

 そういう堅い話をした後、Sさんが話題を変え「最近面白い本ありましたか?」と聞いてきた。咄嗟に『椿山課長の七日間』浅田次郎著(朝日新聞社)が頭に浮かんだが、ここは建築書を読み出したことを自慢しようと、立て続けに読んでいる安藤忠雄の著作を挙げる。ほとんど胸が上に向くほど自信を持って…。

 ところがところがその書名を聞いたSさんは何の飾りもなく「ああ、アレ、面白かったですよね、こっちは読みましたか?」なんてル・コルビュジエの名前を挙げてくるではないか。おまけに本当はもっと古い建築について話したそうな感じだったが、まだ僕がそこまで辿り着いていないのをしっかり見抜いてくれ、入門的建築書の話題に留めてくれた。武士の情け、かたじけない…。

 Sさんは僕と同じ31歳。何だかもう自分のあまりの知識のなさに悲しくうなだれつつ、無思慮に過ごした10代、20代の日々を省みる。ああ、もうあの時間は戻らないのだ。

10月5日(土) 炎のサッカー日誌 2002.09

 考え方を変えることにした。そう、前回当欄で「優勝」とか口に出すと途端に負ける…なんてことを書いて慎み深く浦和レッズを見守ろうとしたが、よく考えてみるとこういう威張れるチャンスがそうそうあるわけではないことに気づき、これからハッキリ気持ちを白状しようと思う。どうも負け犬根性が僕にも染み付いてしまっていたようだ。

 そう、浦和レッズは強いのだ。例え2位だとしても、1位のジュビロ磐田に直接勝利を収めているのだから現在Jリーグ最強のチームと言えるのではないか。そして、今後はナビスコカップで優勝し、そのままの勢いで2NDステージも優勝。チャンピオンシップでジュビロ磐田を撃破し、天皇杯もかっさらう予定である。それくらい強い…のだ。いや…強いと思う。……本当に強いのか?

 いやいや、弱気はいけない。本当に強いのだ。この日も聖地・駒場にヴィッセル神戸を迎え、いつもだったらそろそろ負けそうなところを、前半一気に3点をゲットし、そのまましっかり後半も押さえ込み、無失点での完全勝利を納めてしまったのだ。

 長い間レッズを見ているけれど、これほど選手達が自信を持ってプレーしている姿を見たことがなかった。無駄がないというか、無理がないというか、とにかく自分たちが今何をやれば勝てるのかということを選手それぞれ理解し、その形に乗っ取ってプレーしているのが印象的だ。

 スピードは失ったとはいえ、老獪で経験則からしっかりポジショニングを取る井原。マークした相手に一切仕事をさせない新人・坪井。福田はその職務を「点取り」から「バランス取り」に変え、かなり深い位置に戻って守りのフォローをしている。

 そんな分厚い守備からサイドの山田や平川を経由して前線にボールが繋がれば、我ら浦和レッズが誇るFW陣の個人技が爆発するのだ。エメルソン・トゥット・永井の自由自在のドリブルと未完成ながらのパスワークはJ最強のオフェンスといって間違いない。

 いやはや、幸せという言葉の意味を、いま初めて僕らは噛みしめつつある。それはチームが勝つだけではなく、そのチームがカッコイイサッカーをすることで、結果だけでなく過程が楽しめること。それを見つめる観客席からは感嘆と歓喜の叫びが繰り返され、今まで感じたことのないまとまりのなかから強烈なコールが起こっている。

 良い方向での『We are REDS』が今生まれようとしているのだ。

 レッズは絶対優勝する。
 そして僕たちは「日本一のサポーター」から「日本一のチームのサポーター」になるのだ。

10月4日(金)

 昨夜、帰宅途中、子分ダボから連絡があり、急きょ昔の仲間で集まることになった。小学校・中学校の同窓生、いわば僕の部屋にたむろしていた連中で、指折り数えてみると、どいつもこいつも20年近いつき合いになっているのには驚いてしまった。一人なんて小学校1年からのつき合いだからすでに24年、四半世紀も遊んでいる。腐れ縁とは恐ろしいものだ。

 集まった本来の目的は、連絡してきたそのダボの結婚式と二次会の打ち合わせだったのだが、集まってしまえば誰もがそんなお題目を忘れ、昔話とばか話に花を咲かせるだけ。結局何も決まらず大騒ぎをしているうちに夜が更ける。

 それにしても昔の仲間と会うのは何て気楽なことなんだろう。顔を合わせ、「オウ!元気かぁ?」なんて話をしていると、社会人になってから強硬に作り上げた心の中の壁がガタガタと崩れ落ちていく。ここでは誰もが僕のことを「杉江さん」や「杉江君」などと呼ばず、名前から取った愛称「ツグ」と呼ぶ。そう呼ばれることの喜びをしんみり感じつつ、僕も逆に「みっちゃん」「しゅうちゃん」「うーまん」などと昔のまま呼び返す。

 30歳過ぎの男が集まって「ちゃんづけ」もないだろうが、これ以外呼び方を知らないのだからどうしようもないし、今更他の呼び方も無理がある。ふっと気になって仕事の話を聞いてみると、みんなそれぞれちょっとづつ偉くなっているようで、会社ではしっかりした呼び名があるようだ。まあ、そんなものをかなぐり捨てられるのが、こういう仲間達と集まる良さなのだから関係ない。

 もっと酔いがまわると、名前を呼ぶのも煩わしくなり、「バカ」とか「デブ」とか「チビ」なんてそのままずばりの呼び方になっていくが、誰もそんなことで怒りはしない。

 いい気分で酔っぱらい、そろそろ2件目の飲み屋に向かおうかとした矢先、仲間のひとりが思い出したように声を上げた。

「あのさ、塾へ行こうぜ! オレ達が行っていた塾へさ」

 その言葉を聞くまですっかり忘れていたが、今日集まった仲間達は学校だけのつき合いでは物足りなかったのか、みんな同じ塾に通っていたのだ。もちろん勉強なんてどうでもよくて、塾を口実に夜遊びするのが目的だった。

「少子化で潰れてるよ、絶対ないね」
「そうそう、あるわけないよ、あんなちっこい塾が」

 僕を含め地元を離れた仲間達は、それぞれ勝手なことを口走ったが、そのまま残って酒屋を継いでいるダボがつい最近、その塾の塾長と車ですれ違ったと反論する。

 酒の勢いと、郊外の小さな町では大した飲み屋があるわけでもなく、行き場をなくしていた僕たちは、とにかく塾へ向かうことにした。そしてその塾はそのままそこに存在し、10数年ぶりに塾長と再会することになった。

 しかしその後のことは完全にナチュラルハイ化してしまっていたため、僕はほとんど覚えていない。昔から一番モテていたみっちゃんが、授業の終わった女子中学生とメールアドレスを交換していたのと、信用金庫に勤めているしゅうちゃんが塾長にバランスシートを出せと騒いでいるのが、薄ぼんやりとした記憶の中に漂っているだけだ。

10月3日(木)

 今日訪問したとある書店のとある書店員さんは、先頃出た辞令によって、長年所属していた売場勤務を外れることになってしまった。今後は内部で本とはまったく違う事業に携わるとのことで、本が好きでこの業界に入った人間にとって、これほど悲しい宣告もないだろう。

 それも決して現在の売場の売上が上がらないためによる異動ではなく、この不況下のなか様々な試みを積み重ね、これからという時だっただけに、本人の悔しさが言葉の端々に窺える。こちらから見ても不可解の人事でしかないのだが、それがきっと組織というものなのだろう。

 人事異動というものが、いまいちわからない。もちろん本の雑誌社のようなチビ会社には、その異動すらないので体験したことがないのがわからない一番の原因なのだろうが、営業マンとして書店さんの異動を観察している限り、それはどうも適材適所とはまったく違う方向に向かっているように思えることが少なくない。涙を流しながら売場を離れていった人を僕は何人も知っているし、異動後のその売場から活気や熱意が消えていく様も体感している。良い人事と感じることは意外と少ないものだ。

 書店さんとはいえ、それなりの組織になれば、きっと僕がテレビや小説でしか見たことのない派閥争いや出世競争もあるのだろう。そんななかで駒のように人が動かされ、本人の熱意や希望はかき消されていくのだ。納得できない人事を前に、部外者である僕も非常にやるせない気持ちになってしまうが、このやるせなさはぶつけるところがないから始末に悪い。

 その書店員さんは「もう売場に戻ることはないかもしれないですね」と自分が手がけた棚や1日1冊書き続けたポップを見つめながら呟いていた。

 あと数日で、売場を愛し、お客さんに本を届けることを何よりも幸せに感じていたひとりの書店員さんが姿を消す。

10月2日(水)

 いやはや大変なことになってしまった。

 なんと我が浦和レッズがナビスコカップの決勝戦に駒を進めてしまったのだ。万博競技場で行われたガンバ大阪との準決勝戦、さすがに30歳を過ぎて「省みる」という言葉の意味を知ってしまった僕は、家庭や仕事を「省みて」決戦の地に駆けつけることは出来なかった。悔しさと淋しさを抱えつつ、遠く離れた埼玉で、とにかく勝つことを願い信じていた。

 まさか、いや、よもや、いやいや、当然の大逆転勝利。その報を携帯から鳴り響く着メロ「Pride of Urawa」で知り、思わず小躍り、絶叫、冷蔵庫あったありたっけのビールを抱え、ひとり風呂場でビールかけ。

 まだまだ喜んじゃいけないなんて理性的な言葉は当然僕の耳に届くわけもなく、風呂場はビールの匂いと泡と歓喜で充満していく。うー、ビールが目に入って痛い。とにかく我が浦和レッズが決勝に進むのは初めてで、もし優勝なんてしてしまったら、それこそ酒を飲むどころか、誰かと騒ぐなんてこともきっと出来ないだろう。今までの苦労を思い出し、ひとりでじっと涙するに決まっているのだ。だから今日は唯一こんなに騒げる前祝い。

 さて、その決勝の相手は、いつもこういう時に立ちはだかる厚き壁、憎き鹿島アントラーズ。これはレッズバカ以外あまり知られていないと思うけれど、レッズの前にはいつもこの鹿島が立ちはだかるのである。

 初めてレッズが首位に立った96年も鹿島にやられ優勝の二文字は新宿の副都心の闇に消え去り、去年は同じナビスコカップでインチキな延長ルールもあって撃破され、それ以外でも思い出せばキリがないほど僕らは鹿島にやられ、涙を流してきたのである。今回こそは絶対にあの小豆色のユニフォームの一団を跪かせてやろうじゃないか。鹿島よ、首を洗って待っておれ! いや頼むから一度くらい僕たちに優勝させてくれぇ。

 何だか11月4日の決勝の日までとても仕事になりそうにない予感…。まぁ、仕事はいつでもあるけど、レッズが優勝するチャンスなんてそうそうないんだから仕方ない。うーん、期待とこの期待が大きく裏切られる可能性を考える不安。恐ろしく長い1ヶ月が、ビールかけと同時に始まったのである。

10月1日(火)

 本好きの皆さんもそうかもしれないが、特にこちら出版業界にいる人間は、テレビや雑誌で書店さんが映っていると、ついその微妙なワンシーンがどこのお店なのか考えてしまうもの。この制服は紀伊國屋書店、この什器はジュンク堂書店など、小さなヒントを頼りにお店の名前を当てるのが楽しみなのだ。

 今日、椎名編集長宛に送られてきた『編集会議』11月号(宣伝会議)の表紙を目にした瞬間も思わず見入ってしまった。それは恩田陸さんがどこかの書店さんに佇んでいる表紙だったからだ。

 郵便物の仕分けもそこそこに、じっとその背景になっている部分を見つめる。外文が非常に充実しているようだし、このモクモク雲型のポップと手書きの字。絶対どこかで見たことのある平台であると確信を持つ。しかし書店名がなかなか出てこない。うーん、こうなったら年がら年中書店さんを廻り歩いている営業の意地だ。「オレは絶対この書店さんを当てる。100万円賭ける!!」 高々と社内に宣言し、しばし黙考。

 頭のなかにある各書店さんの棚構成がグルグル駆け回る。表紙に写っている棚構成は、手前が外文で、その奥が早川文庫、そしてそのまた奥に文庫の棚が縦に並んでいて、レジカウンター。その配置を頭のなかに書き上がった瞬間、一休さんなみに閃く。ポク、ポク、ポク、チーン。

 何のことはない、ほんや横丁で連載をお願いしている阪急ブックファースト渋谷店の林さんの売場ではないか。そうだこれは間違いない。おお、それだったら、もう少し撮影の角度が変わっていれば、林さんがずーっと平積みしてくれている新元良一氏著『One author, One book. 』が写っていたはずだ。あー、くくく。

 まあ、それでも営業マンとしての意地は通せ、賭けには勝ったのだから「100万円くれ」と金に一番身近な経理の小林をせっつく。しかし至って冷静な小林は一言。「早く営業に出かけてください」 おい、戦後史上最強の台風が近づく中、営業に出ろっていうのか?と焦りつつ、台風以上に小林のカミナリの方が怖いので、あわてて外に飛び出してしまった。

 ★  ★  ★

 電車に乗っている間はわりと小振りだった雨が、なぜか僕が新橋駅の降り立った瞬間、突然ドシャビシャの雨に変わってしまった。まあ、もう濡れるのは覚悟の上だとS書店さんへ向かう。
「こんにちは」と店長のNさんに声をかけると
「ひゃひゃひゃ、何しに来たの?」と笑われる。しかし、僕がNさんと話している間、他の出版社の営業が2人も訪れているではないか。おお、みんな闘っているんだ。

 N店長さんと話を終え、今度は担当のSさんとお話。

「大沢在昌の新刊『砂の狩人(上・下)』(幻冬舎)。あれが入荷して数日まったく売れなかったんですよ。ここは新橋だから大沢さんの人気があるはずなのにおかしいなって考えていたんです。それがね、ある日、動き出したの。あれ?何か大きい広告が出たのかなと思ったら、そうじゃなくてその日は25日のいわゆる給料日。うちはほとんど男性客なんですけど、男性のその我慢強さというか、いじらしさというか、そういうのが可愛いなあって。あと、給料日にきっとこの本を買うのを楽しみにしていたんですよね、なんか嬉しいですよね」

 同じ男性の僕も、実は昨日の給料日に本をまとめ買いしていた。ただただ、それまでお小遣いが支給されず金がないだけで、可愛いわけではないだろうが、欲しい本をじっと我慢し、この日にどっと買うのは僕の大きな楽しみ。

 ああ、そんなことより、僕は出版社の人間なんだから待たれるような本を作らなきゃいけないんだと考えつつ、台風から逃れるように直帰。もちろん自転車に乗って帰宅。

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