WEB本の雑誌

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12月27日(金)

 本の雑誌社は、一足早く本日から冬休み。

 であるけれど、1月発売予定の『新・これもおとこのじんせいだ!』の注文取りが一向に進んでいないので、とても休んでいられない。もし28日、29日が土、日でなければ、あと二日は出社したいところ。とりあえず効率を良くするため、書店さんへ直行する。

 それにしても何もかもが終わらず中途半端のまま休みを迎えるのはあまりに気分が悪い。営業も目鼻がつく以前の状況だし、DMの製作も一向に進まず、年末の大掃除をする時間がないし、おまけに年賀状はまだ1枚も書いていない。これから200枚以上書くことが本当に可能なんだろうか?

 サラリーマンになった頃、持ち慣れていない手帳の年間カレンダーばかり開いて、祝日や3連休を頭に叩き込んで、それを目標に働いていた。親友のシモもまったく同じことをしていて、電話をする度に「あと何回出社すると3連休だ!」なんて話合っていたのだ。

 それが今では祝日を恨み、長期休暇を邪魔に考え、休みの日でも出社し、一日でも多く営業日を稼ごうとしている。いったい僕はどうしてしまったんだろうか?

 街中には仕事を納めの用意で、寿司やつまみなどを手にした人が多い。ちなみに本の雑誌社は忘年会も納会も何もない。なんだか淋しくなって2時過ぎに会社に戻る。

 驚いたことに誰もいないはずの会社には、浜田をのぞいた全員が出社しているではないか。その浜田も午前中は出社していたらしい。いったいこの冬休みの日程は誰が決めたのか? どう考えてもこれでは意味がないではないか。

 とにもかくにも、今年一年、『本の雑誌』及び『帰ってきた営業日誌』共々お世話になりました。たぶん来年も続きます。よろしくお願い致します。

12月26日(木)

 直行で横浜へ向かう京浜東北線のなか、目の前に座ったサラリーマンが文庫本を開いていた。電車のなかで他人が読んでいる本を思わずチェックしてしまうのは、出版業界人の宿命だろう。どんなに混雑していようと、ついつい擦り寄り何を読んでいるのか確認してしまう。

 そういう観察のなかで一番うれしいのは、単行本の既刊書を読んでいる人を見つけたときだ。思わず頬ずりして、あなたのような方が出版社を支えているんですと力強く握手したくなるほど。しかししかし最近そう思って近づいていくと、その単行本にビニールコーティングがなされ図書館の蔵書印がされていることがあまりに多い。その場合は、10冊に1冊は買ってね!なんて耳元で呟きたくなってしまう。

 さてさて、本日京浜東北線で文庫本を読んでいたサラリーマンには別の意味で話かけそうになってしまった。なんとそのサラリーマンが読んでいたのは、僕が『おすすめ文庫王国2002年度版』で声を大にしてプッシュし1位に輝いた『火怨』高橋克彦著(講談社文庫)だったのだ。

 読んでいるページを確認するとまだ上巻の30ページあたり。僕はその辺で既に涙を流していたので、目の前のサラリーマンが突然泣き出すんじゃないかと気が気でなくなり、もしそうなったら「あなたの気持ちはよくわかりません」と声をかけ、ハンカチを差し出そうと考えていた。

 サラリーマンが涙を流す前に、京浜東北線は横浜駅にたどり着き、僕はあえなく電車を降りた。おじさん、幸せですよ。その後まだ『炎立つ』もあるし、『天を衝く』もありますから、きっと家族に相手にされない正月休みも楽しめますよと呟きつつ、電車を見送るのであった。

12月25日(水)

 クリスマス当日に公開対談(新元良一氏と鴻巣友希子氏)を企画したことに非常に不安を抱えていたのだが、いざフタを開けたら立ち見がでるほどの大盛況。いやはや有り難いかぎり。これでどうにか開催場所のジュンク堂池袋店さんにもどうにか面目が立ったというものだ。

 それにしてもこの『翻訳文学ブックカフェ』も今回で4回目を数えるのだが、それに立ち会う度に、僕は自分の馬鹿さに嫌気がさす。対談で取り上げらる本もほとんど読んだことがない本ばかりだし、話に出てくる著者やタイトルも全然わからない。いったいこんなことを理解できる人がいるのだろうか?と自分を浅はかさを棚にあげ客席を眺めると、皆さんふむふむと深く頷きつつ、熱心にメモを取っているではないか。わかっていないのは、僕ひとりなのだ。

 ガキの頃は毎日ザリガニ釣りに勤しみ、漁師になるのが夢だった。中学校にあがってからは、文学どころか教科書も読まず、サッカーボールと女子生徒のケツばかり追いかけていた。たまに他の中学の不良から追いかけらたりしつつ。高校生になってからは中国語と銀玉遊びに熱中し、とても海外文学の入る余地なんてなかったのだ。

 それらの怠惰な生活が30歳を過ぎた我が身に知識のなさとして覆い被さってきている。会社のなかでもちょっと難しい話になると「杉江君に話してもわらないだろうから」と煙に巻かれることが多い。

 いやはや既に遅いのはわかっているけれど、『翻訳文学ブックカフェ』に立ち会って、目の前の人たちがこれだけ楽しそうに話を聞いているのを見ると諦めきれずに悲しみがわく。

 二次会の会場で見知らぬ人から「今日の対談どうでしたか?」と質問され、思わず答えに窮して「どうして前回の岸本佐知子さんといい、今回の鴻巣友希子さんといい、女性翻訳家はこんなに美しい人ばかりなんでしょうかね?」なんて答えたら、その人は別のテーブルに消えていってしまった。あーあ。

12月24日(火)

 クリスマスイブ。

 僕には何ら関係のない行事なのでいつもと変わらず営業に出かける。こういう日は渋谷や新宿といった都心部からできるだけ離れないと仕事にならない。本日は直行で立川。

 駅ビルルミネのO書店Hさんと本の話をしていたら、なんとジョージ・P・ペレケーノスの名前が挙がりビックリ。この著者、とてもシンプルなハードボイルドに友情や血族、あるいは市井の人間が生きていく誇りを描くのがうまく、今、僕が一番ひいきにしている作家のひとり。

 しかし哀しいことにその面白さがうまく行き渡っていないようで、あまり同好の士に会えず、また翻訳が打ち切られる可能性がある…という噂も耳にしていた。いやはやHさんが読んでいるなんて嬉しいかぎり。こういう出会いがあるから出版営業は辞められない。

 さてさて、立川から新宿に向かって各駅停車の営業をしていたが、都心部が近づくに従ってカップルが多くなっていく。身を寄せながら電車の中で囁き合う男女を見つめつつ、この人達全員がプレゼントに本を買ってくれたら出版不況なんてぶっ飛ぶのに…なんてまったくクリスマスらしくない現実的なことを考えてしまう。

 ちなみに僕、出版不況を嘆いていても仕方がないので、数年前からプレゼントは本と決め、片っ端から何かあると本を贈るようにしている。本が贈り物に向かないというのは、文芸書を考えるから難しいのであって、実用書は意外と喜ばれるものだ。

 例えば子どもが出来た友達には出産や育児の本を、マンション購入を呟いていた友人にはその手の購入本をと。こういう本は自分で買おうとすると何だか損した気分になるもんで、人からもらうと有り難い。僕だってサッカーの教則本をもらったらうれしい。

 というわけで、今回のクリスマスでは、5歳の甥っ子に動物と昆虫の図鑑を贈り、自分の娘には「おかあさんといっしょ」の歌本を贈り、妻にはパン作り本とカリスマ近藤則子の収納本をプレゼント。

 かなり喜んでもらえたような気がするが、このプレゼント本の難しさは、同じ本を2度贈ってしまう可能性が高いということ。妻にあげた近藤則子の1冊は、すでに妻の本棚にささっていた。自分の本棚の本も覚えられないのに人にあげた本なんて覚えていられるわけがない。

12月20日(金)

 とある書店さんで、売れ行きの良い『本の雑誌』1月号の在庫を確認する。そのとき雑誌担当者さんが不在だったので、文芸書担当者さんと棚をチェック。平台にも面陳にもなく、また棚にもない。いわゆる売り切れの状態だった。

 まだまだ次号が出るまでには時間があるし、売れ行きももう少し止まらないだろうと追加のお願いをする。しかし古くからつき合いのある文芸担当者さんが妙なことを話し出す。

「あのね、杉江君。『本の雑誌』ってコードが入ってないでしょう。でね、今はPOSでレジ打ちしていくじゃない。そうすると『本の雑誌』は手打ちになっちゃって、分類もその他なのよ。そうすると売上は雑誌売上に計上されないから、担当としては自分の売上にならないわけ。わたしなんか古い書店員だからそういうの関係なくお店全体のことを考えちゃうけど、今は会社も担当ごとの前年比やら予算やらがうるさくなっているから、そういう本を売ろうとする意識がなくなるのよ」

 目からウロコが落ちる意見に思わず脱帽。

 確かに「ハリーポッターが売れていて一安心ですね」と文芸書担当者さんに話を伺うと「あれは児童書コードだからこっちでいくら売ってもね…」なんて困惑顔をされたことが何度もあった。それが自社の本で起こっているなんて何とも情けない話だ。20年以上前のやり方とほとんど変わらず本を作り続けている本の雑誌社。発展していく売場のシステムから取り残されてしまったのだろう。まさにアナログからデジタルへの過程で立ち後れてしまっていたのだ。

 しかしそれにしても、人までそんなデジタルになっちゃって良いのか?なんてちょっと反論を試みようかと思ったら、話をしていた文芸担当者さんが気持ちを察してくれて、追加注文をくれる。
「これはこっちで売るからさ、わたしの方に持ってきてね」

 ああ、いつまでもこのような書店員さんに甘えていてはいけない。会社に戻って浜本と少し話し合う。

12月19日(木)

 朝イチで銀河通信(http://www2s.biglobe.ne.jp/~yasumama/)でお馴染みの安田ママさんから電話を頂く。「日記に書いてあるとおり、『本の雑誌』1月号が売れている! 追加で20冊お願いします」と。

 いやはやうれしい悲鳴をあげつつ、「直納します」と即答。ちょうど柏に営業に行く予定だったから、なんともタイミングの良い注文だった。

 僕は妙にこの直納というのが好きだ。それは日頃お世話になっている書店さんに恩返しができる数少ない機会であるのはもちろんなのだが、それ以上に自社で出した本が平台でガクンと減っている様を見るのが何とも楽しくて仕方ない。

 ひとり営業で直納が入るということは、今回のように予定していた営業コースが重なれば問題ないが、まったく違う方向だったりすると、半日は無駄になる。でもでも、そんなものは臨機応変に対応すればいいし、出版営業なんて本屋さんがあるところならどこで仕事場なのだ。とにかく僕は売れている痕跡を自分の眼で確かめたい。

 そんなことを考えていると、今度は地方小出版流通センターのKさんから電話。昨日搬入した『おすすめ文庫王国』の在庫がなくなちゃったから持ってこられるだけ持ってきて欲しいとのこと。いやはやまた大興奮で、とにかく出来るだけ持っていきますと何も考えずに答えたが、電話を切った後、助っ人アルバイトの出勤予定表を確認すると、男がひとり。これは困った。

 頭を抱えて、呆然としていると奥からのっそりと発行人も浜本が出てくるではないか? おぉちょうど今日は下版日だから徹夜で原稿を書いていたのね。おい、ちょっと待て…。ということはもしかして浜本は車で出社しているということではないか。それにこれから大日本印刷に詰めるわけだから、地方小出版流通センターがある市ヶ谷に行くのだ。

 徹夜でハイテンションの浜本から無理矢理、車の鍵を奪い取り、『おすすめ文庫王国』100冊と『本の雑誌』1月号20+30冊を載せ、助手席に座った。もちろん売れていれば自然とみんな嬉しいわけで、浜本も不平不満を漏らさず車を走らせてくれた。

 それにしても、売れていると忙しい。師走の忙しさに上乗せだから大変だ。僕は休みを取れるのか…。

12月17日(火)&18日(水)

 この原稿を書いているのは12月24日なのだが、一切、思い出せない。手帳のメモ欄には疲れた…としか書かれていなくて、いったい僕はどこで何をしていたのか恐ろしいほど記憶がない。

 たぶん渋谷あたりを営業していたような気がする……。

 年末が近づいて例年であれば売上がグンと上がってくるはずなのに、今年はダメだなんて話を伺っていた。問い合わせや図書券の購入は多く忙しさは毎年の師走と変わりがないのに、何だかこれじゃ困るなんて話をしたような。

 ああ、こんなに記憶力が弱まっているなんてショックだ。

12月16日(月)

 あまりにあっけないレッズの敗戦ショックを引きずり、まったく冴えないアタマで出社。気力ゼロ。おまけに先週は火曜日から土曜日まで忘年会が続き、その土曜日は朝7時起きで「浮き球△ベース」に参加させられ、日曜日はレッズ戦のため9時過ぎから外で並んでいた。体力もゼロ。

 フラフラの状態で、少しはのんびりしたいところだが、『おすすめ文庫王国2002年度版』の見本が出来上がって来たので、取次店さんへ届けなくてはならない。

 エンプティマークが点滅の気力体力を振り絞り、御茶ノ水のN社さんへ。予想外に空いていてあっけなく終わってしまう。毎年恒例年末の大量新刊はどうしたんだ?と考えていたところ、飯田橋のT社さんはものスゴイ行列ではないか! 窓口の椅子が満員でホールまで人があふれているほど。そうか、みんな僕と逆のコースを辿っているのか…。

 いやはや関心している場合ではなく、僕もその行列に加わり、約30分間の瞑想。瞑想に浮かぶのはこの大量の新刊を前にした書店員さんの呆然とした姿であり、その先にある即返コースだ。そうなりたくないからこそ『おすすめ文庫王国』は12月初旬に出してくれ!と叫んでいるのに編集部は毎年一日ずつ遅らせる。ああ、かなし…。

 その後、TA社、O社と走り、どうにかギリギリで午前中の見本出しを終える。その瞬間、完全にエネルギーゼロ。もうダメ…とへたばりそうになり、思わず頭に浮かんだのは山手線爆睡1周コースだった。

 しかししかし。何かが臭う。先週の金曜日、搬入を終えたばかりの『本の雑誌』1月特大号の追加注文が数件舞い込んできたのだ。そのとき注文してきた書店員さんが「何だか例年以上に素早く売れていて…」なんてことを漏らしていた。そのとき営業の勘がビクンと振れた。

 昼飯をレッズ仲間のK社のOさんにご馳走になり、急遽、山手線爆睡コースを取りやめ、池袋に向かう。そして僕の勘が当たっていたことを知る。

 いややや、どうしたことか。本当に1月号が売れているではないか。いや毎年この特大号は通常号より部数を伸ばすのだが、それにしても売れ方が早すぎる。書店さんに顔を出して「本の雑誌の追加は…」とボソリと話した瞬間、「ちょうど連絡しようと思っていたところなの!!」と注文が飛び込んでくる。すぐさまそれを会社に伝え、直納の手配を繰り返す。月刊誌は基本的に1ヶ月の命。その期間に売り逃しだけはしたくない。

 幸せだ、幸せだ。結局、営業マンは自社商品が売れていれば、追加注文というガソリンが手に入り、やる気も体力も満点に戻る。

 それにしてもどうしたんだ、この勢い。やっていることは例年と同じなのに、読者が急に振り向いてくれたのか? いやはや、よくわからないけれど、売れているのはとにかくうれしい。

12月15日(日) 炎のサッカー日誌 2002年 最終回

 いったい何度、僕らはこの薄暗い駒場スタジアムの通路をうなだれて帰ればいいんだろうか?10年間、ほとんど同じことの繰り返しで、進歩や成長あるいは上積みなんてものはどこにも存在していないように思える。あるとしたらそれは負け試合の選手の逃げ足の早さくらいだろう。

 この日は天皇杯3回戦で、アビスパ福岡に逆転負けを期す。何もJ2チームに負けたことが腹立たしいのではない。J2とJ1で差があるのは事実だが、浦和レッズがJ1に居続けられるチームにはなっていないことを僕らは知っている。だからこそ、気を引き締めないと危ないよな…と試合前に仲間うちで話し合っていたのだ。

 ところがところが浦和レッズにはまるで意思統一がなく、目的もなく、ただバラバラに11人がサッカーをやっているだけだということがキックオフ直後にわかる。サッカーと呼べる代物でなく、単なる玉遊び。何のためにこの寒さの中、待っていたんだと怒りを覚えつつ、久しぶりに苦行という言葉を思い出す。

 何も負けるのがいけないんじゃない。サッカーは勝負事だからそのときその瞬間で何かが起こり、黒星を期すことがある。運不運はかならずどちらかのチームに微笑むわけで、それは仕方ないということを僕らは知っている。だからこそ選手に求めているのは、常勝ではなく、勝とうとする姿勢である。8連勝に時に喜んでいたのは、その結果もあるけれど、選手がまとまり勝利に対してどん欲に向かっていたからだ。

 ライン際でボールを出さないように飛び込む。届かないと思われるセンターリングに必死で反応する。ここぞというときにはリスクを犯してでもDFが前線に上がる。相手ボールのときに思いきりアタックする。そういうことの繰り返しで、ゲームの主導権が移っていくんじゃないか。頼むから11人全員が、勝つために必死になってくれ…。

 今年もサポーターの夢である、元旦を国立競技場で迎えることが出来ず、サッカーシーズンがいち早く終わってしまった。後半の成績は8連勝8連敗。エンターテナー本領発揮というところなのだろうか…。

 10年間、何も進歩もないチームは今後変わる可能性があるのだろうか? そんなチームを応援し続ける意味があるのだろうか? 仲間と会話もせずに家路に就く。淋しい年末だ。

12月13日(金)

 会社側に都合良く働いてもらっている助っ人アルバイトは、その不安定さから大学生しか採用しないようにしているのだが、今夏、入社したO君は大学生ではない。これは異例中の異例なのだが、O君の礼儀正しい対応に浜田が惚れ込み、僕は自分と似た経歴にちょっと興味を持ち、採用したというのがその理由である。まあ、ある程度キッチリ継続的に来られる人間を求めていたという都合の良い事情もあるのだが…。

 本日そのO君に仕事を頼み、すぐさま同方向にもうひとつ仕事があることが判明。あわてて追いかけたが彼は、すでに10号通りの彼方に消えていて、その足の速さに驚く。事務の浜田に聞いたところ、彼はお届けや納品の時、走って向かっているというではないか! 通常、大日本印刷へのお届けを頼むと1時間以上かかるのに、40分くらいで帰ってくるらしい。信じられないほど真面目な仕事への姿勢に、僕は驚嘆とともに賛辞を送った。

 ところが、そのとき一緒に働いていた他の学生達からこぼれた一言は
「変わった人だよね…」だった。

 確かに変わっているかもしれない…。
 同じ時給で働くならゆっくり働いた方が楽だし、なかには調べものの最中に自分の本を買ってくる助っ人や寄り道をして帰ってくる助っ人がいるのは知っている。それは安い時給だから見て見ないフリをしている部分もある。

 でもでも、彼はとにかく一生懸命なんじゃないのか? 仕事を覚え、それを一分でも早く済ませるために工夫しているんじゃないか。走ることが大事なんじゃなくて、その姿勢が大事だと思う。

 自分と違うことをする人を「変わっている」で済ませるのは楽だけど、意外とそのなかに自分にないものが存在している場合は多い。

 僕は、O君は決して変わっていないし、間違っていないとも思う。それどころか見習おうと考えてさえいる。

12月12日(木)

 新越谷にあるA書店Sさんは、このお店が出来たときに新卒採用されたまだ若い書店員さんだ。入社4年目くらいになるんだろうか? ちょっと正確な年数がわからないが、これから中堅になっていくまさに成長過程の書店員さんである。

 そのSさんを訪問して営業話が一段落ついたとき、
「杉江さん、今、私、お店に来て頂いた営業さんみんなに聞いているんですけど、他の書店さんで売れている本教えてくれませんか?」
とSさんから質問された。

 もちろん書店さんによって売れ筋は違う。だからこの質問に対して営業マンが答えた本を揃えれば、すぐに売れるというわけではないだろう。でも、ヒントはたくさん転がっているだろうし、その中からSさんがお店に合いそうなものをセレクトすればいいのだ。何よりもその真剣さが伝わって来て、思わず涙がこぼれ落ちそうになってしまった。

 そして僕は思いつくまま日頃、他の書店さんで話題になっている本を紹介した。そのほとんどが既にお店に並んでいるもので、何もヒントにならなかったのがすごく残念だったが…。(しかしそれにしてもあまりに本が売れていないので、売れている本というのが存在しないことに気づいた)

 Sさん、これからも辞めたりしないで、長く長く書店員さんでいてください。そして僕も成長し続けるSさんに愛想を尽かされないよう、立派な営業マンになりたいと思ってます。

12月11日(水)

 忘年会ラウンド4。
 ボブ・サップに捕まえられて思いきり殴られたアーネスト・ホースト状態。

 今週は火曜日から金曜日まで4連チャン。そういえば土曜日は編集長の椎名がやっている浮き球△ベースの忘年会があるから5連チャン。これが帰りがけにやるパチンコであればいいものの、そちらはまったく連チャンせず沈没ばかり。まあ、営業マンとしてはお呼ばれされるうちが華だから、体力の続く限り飛び込んでいくしかない。

 本日の忘年会は、「小さな書店もたくさん集まれば大きな書店!」的発想で、新たな取り組みをしているネット21会の主催だ。僕自身、この趣旨にものすごく共感し、取り組みや発展に注目しているので、毎年楽しみな忘年会のひとつになっている。同様の感じ方をしている営業マンが多いのか、何と出席者50名を越えるとても盛況な会だった。

 立て続けに忘年会に参加していて感じたことのひとつ。

 女性営業マンというのは本当に大変な仕事だということ。いや女性であれば営業だろうが、編集だろうが、他の職種でも共通して大変なんじゃないか。セクハラとまではいかないけれど(これは当事者の感覚で判断することだからわからない)、結構世の中いまだに女性をマスコット的に扱う男性が多い。チヤホヤしているその心、仕事なのか、個人の趣味なのかよくわからない。

 それでも女性営業マンは笑って受け答え。気になって「大変ですね?」と聞いたら、「でもこれで仕事がうまくいけば楽ですよ」なんて平然と答えられてしまった。そこで僕の考えの方が女性蔑視なのかもしれないと気づく。

 ふと浜田の顔が浮かぶ。もしかしてオレ、結構手のひらの上で踊ってる?

12月10日(火)

『おすすめ文庫王国2002年度版』の短冊を持って取次店を廻る。

 年内の新刊受付がそろそろギリギリのため妙に混んでいた。本の雑誌社も1月特大号の搬入を終え、あとはこの『文庫王国』が出来上がれば02年も終わりだ。

 御茶ノ水のN社、飯田橋のT社、TA社、O社と廻って午前が終わる。ちなみに取次店窓口の受付時間というのは、前日の午後から当日の午前までが一日の扱いになる。だからもし遅れて午後の受付になってしまうと、搬入日は一日ずれる。各社営業マンは搬入日をあわすため、午前中いっぱいに全ての取次店を廻らなければならない。本日O社とT社間をかなり本気で走っている出版営業マンを発見。いやはや大変だ。

 ★   ★   ★

 何だか最近この日記を書くのがキツイ。それはいつも原稿を書く時間にあてている夜に、忘年会が続いていて書く時間がないという問題もあるのだが、精神的な問題の方が大きいような気がする。スランプというほどの書き手ではないけれど、子どもを寝かしつけた後、自宅のMACを立ち上げテキストソフトを開いて「さて」と考えたまま、何も浮かばず、時計は回って深夜2時なんてことに陥っている。

 2年半、毎日毎日、日記を書き続け、元々書きたいことも書くことにも興味のなかった僕の引き出しは、スッカラカンになってしまったようだ。どこを探しても何もない。そもそも平凡に生活している僕のような人間が何か書くということに無理があるのではないかと感じている。

 それと最近ほとんど心が揺れ動かない。しかし揺れ動かないと日記が書けない。それを無理矢理、揺れ動かし、書き続ける。その原稿が面白くない。より一層、書く気がなくなる。でも日記だから書かなきゃならない。悪循環はこうして続く。

 そもそもの問題は一日の原稿に起承転結を付けようとしてしまったことだと思う。顧問目黒の『笹塚日記』のような行動記にすれば良かったものの、気持ちを書き込み過ぎたので、きつくなってしまった。

 もうひとつ。キャラクターとして「炎の営業・杉江」というのが出来上がってしまっていて、それに合わせた原稿を書かなければいけないという状況。無理に演じているわけではないけれど、ジレンマを感じることがある。おまけにその「炎の営業・杉江」という虚名だけは一人歩きしていて、妙なところで声をかけられたり有り難がられたりする。何だかそういうものは想像以上にツライものだし、実力が伴わないだけに恐ろしい。

 それでもとにかく書き続けるしかないと腹はくくっているものの、本日も只今深夜の1時35分。ああ。

12月9日(月)

 ただいま会社に到着。午前11時52分。すぐ止まる武蔵野線がまたまたやってくれて、今日は雪によるポイント故障で完全に不通となってしまった。駅前にあふれた人が、バスとタクシーに長蛇の列を作り、僕、家から35分もかけて歩いて駅に向かったのにまったくその労力が無意味となる。

 どうすることも出来ず、しかし本日は『本の雑誌1月特大号』の搬入のため、絶対どうにかして会社に出社しなくてはならず、でもやっぱりどうすることも出来ず、今来た道を逆戻りして家に帰る。

 その途上、ほとんど家に辿り着く寸前に反対車線に目をやると、なんと「浦和駅西口行き」の文字。あわてて走り、転び、立ち上がり、またまた走ってバスを無理矢理停めて、乗車する。とにかくどれだけ渋滞していようと、これで着実に会社に近づくというものだ。

 結局、家の玄関を開けて、4時間以上かかって会社にたどり着いたということか。
 これから定期購読者のために『本の雑誌』数千冊を社内に運び込み、助っ人はツメツメし、僕は4件の書店さんに直納だ!

12月6日(金)

「ウエちゃんのタクシー日記」第101話で僕がネタにされているのだが、ウエちゃん根本的に何か誤解している。ここは、いくつか整理し、解答しましょう。

1)自動名刺印刷機で僕が「本の雑誌 副編集長」という名刺を勝手に作っているのではないか? という疑惑。

答)まず第一にそんな名刺を作っても威張れるところはない! 夜の街では、そもそも肩書きよりも組織が大事なわけで、「本の雑誌」なんていう地味で超零細な企業の名刺を差し出したところで箸受けになるのがやっとです。まったく意味がありません。そんなものをわざわざ作るなら、大手企業の名刺を勝手に作りますね、ハイ。

 そもそも出版社の名前なんて一般の人は知らない…というのが僕の経験上の答え。例え講談社だろうが、小学館だろうが、新潮社だろうが、出版社の名前を知っている人‥というのはハッキリ言ってほとんどおりません。雑誌名は知っていてもそれがどこから出版されているか?なんてことは知らないようです。

 ちなみに僕の父と母は、いまだに出版社というのが何なのかわかっておりません。「本を作っているんだよ」と説明すると、じゃあ、「インクとか紙を扱っているの?」と完全に印刷会社と勘違いしております。

 まあ、出版社の力(認知度)なんて、そんなもんなんじゃないでしょうか? 

 僕の名刺は「本の雑誌社 営業部 課長」と入っております。この肩書き、課もないのに勝手に作りました。来年になったら入社5年を記念して「部長」になる予定です。そもそも本の雑誌社には発行人と編集長以外肩書きがないんで、自己申告で勝手に付けて良いらしいです。


2)直帰の連絡をたぶん自宅近くかサッカー場の近くから入れている!という疑惑

答)えーっと、水曜のサッカーに関しては、サッカー場のある駅からでなく、既にスタジアムに入ってから連絡してます。早く行かないと落ち着かないもんですから。だからたまに「うら~わ、レッズ!」なんてコールが、連絡の電話の後ろから聞こえいるようで、浜田は笑っております。まあ、完全なる開き直りって奴ですか…。

 それと通常の直帰に関しては、血も涙もないひとり営業のため、家の近くまで到着するなんてことは滅多にありません。そもそも会社の場所が良くないんです。笹塚っていうところはどこに行くにも新宿に出なきゃいけないわけで、営業マンとしては非常に不便。だから自然と直帰や直行が増えます。あと会社に行くのがイヤなんですけど…。

 まあ、こんなところです。ウエちゃん、余計なツッコミしないように!

12月5日(木)

 我ながらなんというルートで営業をしているんだと、アホさ加減にあきれてしまった。朝イチで大宮に向かい、そこから横浜方面に注文の取れていない書店さんを訪問。結局、降りた駅は、大宮、川口、秋葉原、関内、横浜、目黒、代々木。しかししかし、駆け足過ぎて、書店さんとまともに話す時間もなく、やっぱりドタバタは良くないと反省。

 それでも山のような注文短冊を浜田に渡すと「杉江さん今回燃えてますね」とお褒めの言葉を頂き、何だか満足感が沸いてくる。どうしてこの調子で毎日出来ないんだろうか…。

12月4日(水)

 金子の忙しさを笑っている場合でなく、僕も大変な状況なのだ。『おすすめ文庫王国』の営業がギリギリとなり、また1月発売の『これもおとこのじんせいだ! 第2集』の営業も年末年始休みのため急がなくてはならない。カレンダーを見つめつつ、営業日数を指折り数えると、顔面蒼白。こうなったら無茶な営業をするしかないと朝イチで会社を飛び出し、京王線&中央線の営業に向かった。

 下高井戸のK書店Aさんを訪問。「最近面白い本ないですか?」と何気なく聞くといきなり「よこしま」と言われ驚く。どうしてまだ数回した会ったことがないのに、僕がよこしまな人間だとばれたのか? えっ…と焦りつつ、後方に2歩ほど引いてしまった。

 ところがAさん、そんな僕の慌てぶりとは関係なく、とある棚へ向かうではないか。その棚、1段にグリーンの本がドーンと面陳されていて、手書きのポップが添えられていた。

『よこしまくん』 大森裕子 (偕成社)

 ヤングアダルトというのか大人向け絵本というのかよくわからないが、いわゆる「かわいらしい」本である。よこしまのシャツを着た不思議な動物(フェレット)がちょっと怒ったような顔して左手を挙げている表紙。その主人公よこしまくんの、よこしまな考え(行動)がイラストになっている。

 Aさんはペラペラページをめくりながら、
「どこか自分に思い当たるところがあるんですよ、ほらこれ私」と言って、朝なかなか布団から出られない「よこしまくん」を見せる。

 確かに言われてみれば自分に似た「よこしまくん」がいて、僕の場合、それはほとんどのページの「よこしまな行動」が当てはまる。重度のよこしまがばれそうなので、結構面白いですね…と誤魔化しつつ購入。

 Aさんの話によるとK書店チェーンの何軒かのお店で同じように担当者が気に入り、ただいまドーンと展開しているとか。『よこしまくん』は出版物としては幸せだ。でもきっとこいつ素直にありがとうなんて言わないだろうなと考えつつ、何度も何度もページをめくってしまった。

12月3日(火)

 12月の声を聞いた瞬間、忘年会ラッシュが始まった。昨日もとある書店さんと夜遅くまで酒を飲み、フラフラになって家路についた。これから確変パチンコなみに忘年会の連チャンが続く。

 僕が就職して一番驚いたのは、サラリーマンのタフさである。前の会社は、連日連夜接待ばかりの会社で、月曜日から金曜日までエンドレスで酒宴が続いた。もちろんその接待も、一次会だけでなく、二次会、三次会と流れ、御茶ノ水で始まった接待が、なぜか最後は歌舞伎町まで動いているお決まりのコースがあった。

 それを毎晩続けていると20代前半だった僕でも週の半ばにはボロボロになるのに、40代50代の上司達はなぜか遅くなるほど目に輝きが増していた。逃れるようにして終電で帰ろうとする僕を捕まえ「明日は明日だからな! きっちり来いよ!」と脅すのであった。

 そして翌朝、意地と吐き気を胸にフラフラで出社すると、上司はみんな先に出社しているではないか。昨夜別れてからも飲み続けていたはずなのに、結構スッキリした顔で、こちらを見てニヤリと笑うのだ。信じられないタフさであった。

 高校時代。朝の通学電車で見るサラリーマン達はみんな疲れた目をして、やる気のなさそうな、それこそ生きる気力もないようなそぶりで満員電車の隣人に身体を預けていた。それを見て、若かった僕は「こいつらはアホだ」と考えていた。

 しかし、しかし。就職してみると、その疲れきったサラリーマンの代表みたいな上司が、ガンガン営業をかけ、売上を上げていく。若造の僕なんかにはとても出来ない仕事をし、大きな取引を決め、そして夜は夜で飲み続け、接待という仕事をこなしていく。あの朝の、死んだような顔をして電車に乗っているのは、唯一休息できる時間なのだ…と気づくまで時間はかからなかった。

 今朝、電車に乗って窓ガラスに映った自分の顔を見つめた。死んだように疲れ切った顔をしていた。多分廻りの高校生は、僕を見て「アホ!」と思っているだろう。まあ、いいさ、君も社会に出てみればわかるよと思いつつ、静かに目を閉じた。

12月2日(月)

 会社に出社すると、編集の金子がすでに席について仕事をしているではないか。思わずいれたばかりのコーヒーカップを手から落としそうになってしまった。いつもは昼過ぎにそれも寝ぼけた顔で出社する男なのにどうしたことか。仰天しつつ問いただすと、僕が仰天していることが気に入らないようで、いつも以上に不機嫌な顔で答えられた。

「今日来たんじゃないの。一昨日からずーっといるの」
「えっ、昨日は日曜日で、一昨日は土曜日ですよ」
 と反射的に呟いてしまった僕はまさに営業失格の人間である。金子はこちらの顔を見ず、投げやりに言葉を吐き捨てた。

「日曜だろうが、祝日だろうが、それは世間様のこと。〆切が目の前にあったら関係なく会社に来て仕事をしなきゃならないの。忙しいからあっちに行ってくれ!」

 あっちに行ってくれと言われるともっと構いたくなるのだが、顔に浮き出た血管を見るとどうも本気のようだ。とりあえずここは素直に立ち去った方がいいと静かに席へ戻る。

 カレンダーを眺めて金子の必死さの理由がわかる。今月発売の『増刊 おすすめ文庫王国2002年度版』の編集作業が佳境を迎えているのだ。今年から完全に金子の好きなように作って良いとお達しが出、秋口から金子は一生懸命企画を考え、取材を繰り返していたのだ。確かに今日あたりが下版なのだろう。なるほど、なるほど、頑張ってくれ。

 金子の頑張りが誌面に伝わり、それが売上に反映するというもの。そして営業マンはそういう編集者のやる気とプライドを売りに本屋さんを廻っているのだ。

 声に出していうとまた「うるさい!」と怒られそうなので、静かに声援を送った。

 しばらく机に向かって自分の仕事をしていると、「あっちに行け!」と怒鳴った金子がこちらに擦り寄って来るではないか。その眼を見た瞬間、金子が何を言い出すか、僕にはわかった。あわてて逃げようとすると、金子が僕の肩をガシリとつかむ。

「お願いだぁ~。発売日を一日送らせてくれ~。」

 ほとんど狂人と化した編集者にこのように詰め寄られ、断れる営業マンはいるのだろうか?

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