WEB本の雑誌

7月3日(火)

 コーヒーをいれようと思ったら給湯室にうなぎパイがあった。新幹線に乗れば車内販売でその名を聞くが、目の前にうなぎパイがあるという状況は、私が子供時代、父親が出張や社員旅行から帰ってきたとき以来ではなかろうか。特別うまいと思ったこともなければ、食べたいと思ったこともない、意識するような食べものではないと思うのだが、ならばなぜここにうなぎパイがあるのだろうか。

 コーヒーがドリップから落ちるのを眺めつつ、しばしそんなことを考えていると「杉江さん、それ私のおみやげ。食べてくださいね」と事務の浜田がいう。おみやげ? 君は週末に名古屋に行っていたのではないのか? と聞くと「わたし、うなぎパイ、大好きなんです。自分用にはVSOPっていうスペシャルな奴を買ってきて、今、家で食べてるんです。夜のお菓子うなぎパイ、ぐへへへへ」

 通常34歳未婚の女性に「わたしうなぎパイ大好きなんです」なんて言われたとしたら、それが例え午前9時47分の告白だったとしても、妄想が脹らみ、ある種興奮状態に陥るのではなかろうか。しかし私はそんな状況にはまったくならず、コーヒーを見つめたまま、田中達也復帰後の浦和レッズについて考えていた。それが浜田に問題があることなのか、私自身に問題があるのかはわからない。

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今まで「どんなジャンルが好きですか?」と聞かれるのが結構ツライ質問であった。エンタメ小説や時代小説を好んで読むけれど、それはジャンルが好きというよりは、その作家が好きだったりするし、SFもミステリーも読みはするけれど、こちらもジャンルとしては読んでいない。

いや根本的にいうと実はそんな小説が好きではない。小説がなくてもおそらく生きていける。だから本屋大賞に関しても運営には真剣に夢中になって取り組んでいるが、何が選ばれるかとかそういうことはそんな興味がなかったりする。対岸の出来事って感じか。

ならば好んで読むのはノンフィクションなのだが、そういうと人は社会派ノンフィクションを思い浮かべるようなのだ。いやそうではなく僕が好きなのは笑いつつ本質に迫るようなノンフィクションなのだが、なかなかそれが伝わらない。

例として著者を挙げるならば『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)の高野秀行さんや『晴れた日は巨大仏を見に』(白水社)の宮田珠己さん、その路線を深く辿れば我らが編集長・椎名誠がいるのだが、じゃあ果たしてこれらの人達の作品をどう呼べばいいのかわからない。書店にもそんな棚はないし、それどころか著者で集めてもらえもせず、著作が方々の棚に所在なさげに押し込まれているのである。

そんなところに本の雑誌7月号で、高野秀行さんがノンフィクションの世界にも「面白い読み物であることを第一義にした『直木賞的ノンフ』ー私が呼ぶに『エンタメ・ノンフ』があり」と新たなジャンルを提示してくれたのである。

 この原稿を読んだ瞬間、僕は雷に打たれたような衝撃を受け、「あっ、オレが好きなのはエンタメ・ノンフだったのだ!」と叫んだのであった。まさにアメリカ人が肩こりという言葉を知った瞬間に肩こりになるというようなもので、僕はその瞬間にエンタメ・ノンフ・マニアであり、略してEN者になったのである。

 ならばこのジャンルの発展と拡大に貢献しなくてはならない、いやそんな大袈裟なことでなく、とにかくエンタメ・ノンフの旗を高く掲げなくてはと、バタバタと本の雑誌編集部チームに殴り込みをかけ、「スマンがエンタメ・ノンフの特集をやってくれ」と殴るのはマズイので、足をバタバタして駄々をこねてみたのである。すると浜本も松村もあっけなく同意してくれ、何とこの夜「緊急座談会 エンタメ・ノンフの棚を作れ」が開催されたのである。

 座談会の出席者は、ジャンルの名付け親である高野秀行さんと書評界で「変な本好き」とくくられていた東えりかさん、また新進気鋭エンタメノンフ評論家某氏と僕である。とにかくこれぞエンタメノンフだと思うものを持ってこいというので、今までほとんど誰にも見せたことのないお気に入りの本を持って座談会にのぞむと、僕のような甘チャンが持っている本は、ほとんど全員読了済みで「これ面白かったよね〜」なんて言うのである。また他の人の推薦本も誰かしらは読んでいて、大いに盛り上がり、こちらも思わずその本のことを知らずに過ごした人生を悔やみつつ、あわててメモを取るの繰り返し。嗚呼、生まれて初めてこれらの本で盛り上がれる。こんなときが来るとは思わなかったぞ。

 そうか、そういうことだったのか。SFファンやミステリーファン、あるいは古本者が妙に集まって、酒を飲んだり、会を開いたりしているのが不思議だったのだが、自分の好きなジャンルの本で語り合えるってのは、とても幸せなことではないか。この日も結局、座談会収録の3時間では飽き足らず、駅前の居酒屋に場所を変え、終電まで語り合ってしまった。

 この夜の座談会の様子と「エンタメ・ノンフ棚必読作家・作品リスト」の発表は、『本の雑誌』9月号にて報告される予定。同好の士よ、集まれぇ〜!