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1月16日(水)

 午前中はまもなく記念すべき300号を迎える「本の雑誌」の企画会議。昼は、宮田珠己さんと打ち合わせ、営業で書店さんを廻った後、夜は本屋大賞実行委員会の会議で、クタクタになって帰宅する。

 その帰りの電車で、肩をトントンと叩かれあわてて振り向くと、ご近所のパパ友達で、飲み友達にもなったSさんが立っていた。

「また飲み会でしょ?」
「いや今日は会議で」
「ウソばっかり。奥さんには秘密にしておくから」

なんて笑われるてしまったが、仕事とはまったく関係ない人と会話したことによって、ストレスがゆっくりと溶け出していくのを感じた。

同じ駅で降り、自転車置き場に向かう道すがら、まだ開いている居酒屋が目に入る。

「ちょっとだけ、飲んできますか?」
「いいですね。でも妻には秘密ですね」

ふたりで居酒屋の扉を開けると「ラストオーダーがすぐですよ」と声をかけられたが、カウンターに腰を下ろした。

★    ★    ★

私の父親は家でほとんど酒を飲まなかったし、酒に弱い体質なのだが、家の近くに行きつけの居酒屋があった。そこは所属していたソフトボールチームの仲間のお店で、だからそのメンバーが集まる飲み屋だった。

父親の帰りが待ち遠しかった頃、19時過ぎに家の電話が鳴ると途端に悲しくなった。なぜならそれは父親からの電話であり、間違いなく居酒屋に寄って帰るという連絡であったからだ。母親は笑いながら「ハイハイ、飲み過ぎてまたU字溝に落ちたりしないでくださいね」と答えて電話を切る。本当は父親とプロレスをしたかったのだが、そんな夜は兄貴か布団を相手に格闘した。

★    ★    ★

Sさんと娘の学校の話やランドセルの話などをしていると、溶け出していたストレスが、飲み干すビールとともに消えていくのがわかった。そして、もしかして父親もあの居酒屋で私や兄貴の話をして、一日の疲れを癒していたのだろうか。そういえば、いつもはほとんど口を聞かない父親も、居酒屋に寄って帰ってきたときだけは、ニコニコと私の話に耳を傾け、いつもはしないような話をしてくれたいた。

★    ★    ★

30分もするとお店の人に「閉店になりますので」と声をかけられ、Sさんと雪の降り出した外へ出た。

帰宅するとすぐに風呂に入った。ゆっくりと身体を温め、すでに寝ている家族が待つ寝室へ向かう。まずは一番手前に寝ている息子の匂いを嗅ぎ、妻をまたぎ、娘の隣りに横になる。すると私の気配を察したのか、娘が私の布団に入り込み、ぎゅっと抱きしめてきた。その瞬間、身体の芯にあった最後に残ったストレスの固まりが、消えていく。

私の父親と母親も、私や兄貴の寝顔をこうやって見つめたことがあったのだろうか。

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