« 前のページ | 次のページ »

1月22日(火)

事件は22時32分、我が家の居間で起こった。

この日は私、埼玉営業で、浦和の紀伊國屋書店Sさんとお話を終えたのが、18時ちょうど。まさかここから会社に帰る気にはなれず、連絡を入れ、直帰したのである。

日頃週末以外は朝しか顔を会わせることがない私が突然早く帰ってきたことに、娘と息子は大変喜び、喜び過ぎて、20時には布団に入って、眠ってしまった。夢かと思った。なんとぽっかり私の時間が出来たのである。0時に布団に入るとしたら4時間は自由になるのである。4時間といえばサッカーの試合が2試合見られるではないか。良い夢見ろよ、子供たち。

というわけで、布団から這いだし、お茶を入れ、週末に撮り溜めておいたプレミアリーグを見だしたのである。まずはチェルシーVSバーミンガム・シティ。その後はアーセナル対フラムである。

アーセナルは現在恐らく世界で一番組織的なサッカーをしていると思うのだが、もうパスが繋がる繋がる。そして1対1も素晴らしく、私はプレミアではマンチェスター。ユナイテッドを応援しているのだが、アーセナルの試合はヨダレどころか失禁ものである。

ニヤニヤしながらそのプレーを見ていたのであるが、ふと顔を隣に振ると、唯一の愛読書である生協のカタログを見ていた妻がテレビに釘付けになっているではないか。しかもあろうことか、アデバイヨールのヘディングで、先制点が生まれた時なんて、「わっ!」と声をあげたではないか。

おい、お前、サッカー嫌いじゃなかったのか? Jリーグが出来た頃に、浦和レッズの試合に連れていったことがあるのだが、そのときあの大歓声のなか思い切り寝ていたではないか。

ちなみにあの頃Jリーグのチケットでナンパが出来る、といわれるほどのプラチナチケットで、私は好きなサッカーで彼女がゲットできるなんて、と喜んで彼女候補の女性をサッカーに連れていっていたのである。しかしスタジアムに着いたら彼女候補どころでなく、ひとつのボールと赤いユニフォームに夢中になってしまい、ロマンチックな言葉でなく、野卑な言葉で相手チームを罵倒し、スタジアムを後にするときには、女の子は私の顔を真正面から見なくなり、そして背中を向けて離れていったのだ。

いやそんなことはどうでもよくて、とにかく妻はサッカーにまったく興味がなく、スポーツはラグビー専門で、だからサッカーで素晴らしいスルーパスが通ったときなんか、スローフォワードじゃん!なんて怒るやつなのである。その妻が、2点目もヘディングで決めたアデバイヨールのゴールにまた声を上げた。

そして事件が起きたのである。中盤でボールをカットしたセスクが、前方を走るエドゥアルド・ダ・シウヴァに背筋がゾクッとするようなスルーパスを出す。それにギリギリで追いついたエドゥアルド・ダ・シウヴァがディフェンダーを振り切り、マイナス気味のクロスをあげると、そこにはセンターラインから走りつづけていたロシツキーが、足を投げ出すように飛び込んでいた。その足が、ドンピシャでボールを捉え、ゴールネットを揺らしたのである。奇跡のようなゴールである。いやゴールはすべて奇跡である。

その瞬間、妻は「ウワーーー」と叫び、「サッカーって面白いね!」と私の顔を見た。

あの妻がサッカーを面白いって? そしてこう問いかけてきたのである。「浦和レッズも、面白い?」

私の頭のなかを埋めていた「?」と「!」は、その質問を受けた瞬間消え去り、まるで川らあがった犬のようにブルブル顔を振った。

「いや全然面白くないよ。闘莉王はギャラスほどうまくないし、クリシーみたいな左サイドもいないし、当然アデバイヨールもいないし。唯一このなかに入ってもおかしくないのはポンテだけど、ポンテは今年ケガで出られないし、ほんと浦和レッズのサッカーなんて面白くない!!!」

なぜ私が最愛の浦和レッズをこんな否定しないといけないのか。泣きそうである。しかしこれでもし妻が浦和の試合に行くなんて言いだしたら最悪ではないか。

なぜなら私にとって埼玉スタジアムで過ごす時間は、唯一自分をさらけだせる時間であって、だからこそ「ホーム」なのである。そこに一番気を遣わないといけない妻がやって来たら、完全アウェー、駒場の出島状態になってしまうのだ。

しかも1家庭1人で行くならそれだけの支出で済むが、もしこれで妻と行くとなると、家族全員でいかなければならず、妻プラス娘分の金がかかる。収入が増えない以上、そのマイナスを補うために観戦数が減らされるのは必至で、そんなことは絶対阻止しなければならない。

高速で廻り出した私の脳みそが、危険信号を発し、大きなサイレンを鳴らす。

「とにかく浦和レッズは全然面白くないよ。だからそう、アーセナルをテレビで見ているのが一番!!!」

そう言い切ると妻は「じゃあ、なんであんたは毎週毎週そのつまらない浦和レッズを見に行くのよ」と冷静に切り返してきた。

「うー、そっ、そっ、それはさ……、あのな、オレの血には、浦和レッズの血が流れているんだよ。血液検査すればわかるんだけど、オレの血液型はURAWA+のO型なの。でお前はね、URAWA−A型なんだよ。だからもうしょうがないの。」

妻はそう抗弁する私に愛想が尽きたのか、テレビの方に顔を向けた。
「ねえ、この13番の人、フレブっていうの? すごい上手いよね。ボール絶対取られないし」

« 前のページ | 次のページ »