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4月14日(月)

 かつて、北上次郎=目黒考二が会社に住んでいた頃、数ヶ月に一度、いつもはトトロのように「フワー」なんて弛緩しきっている表情が、強ばっている日があった。ぶるぶるぽわんぽわんが似合う人なのに、ピリピリギリギリしているのである。なんかあるんすか?なんて気軽に聞けない雰囲気なのであるが、本の雑誌社には空気を読むなんてことはまったくなく、自爆兵器こと事務の浜田が「どうしたんすか?」と気軽に聞いた。すると帰って来る言葉はいつも同じであった。

「今日は大森望と『SIGHT』の対談なの!」

 そしてトトロの森に消えていくのである。ようは「読むのが怖い!」の対談が怖いのである。

 誤解されると困るので先に書いて置くが、目黒さんは決して大森さんが嫌いなのではない。それどころか大森さんの著作も全部読んでいるし、本誌の連載もいつも気にしている。おそらく他の雑誌の連載も読んでいるだろうし、そもそも若き大森さんに、連載依頼をしたのが当の目黒さんなのであるから、そのふたりの関係は私になんかわからないほど深いのである。

 ならばなぜ目黒がいつも対談の前に不機嫌になるか。それは目黒さんが一番嫌がることが、自分の好きな本を貶されることで(言葉が違うかも)、もはやそれは自分のことを貶される以上に嫌がるのであるから、そうとう愛書心が強いのだ。そういう人なのである。

 しかし「読むのが怖い!」は、目黒さんのお薦め本と大森さんのお薦め本と編集部の推薦本を読んだ上で評価していくものだから、ときと場合によっては、というかそもそも趣味がまったく違う二人であるから、目黒さんの大好きな本の欠点を、批評眼鋭い大森さんがビシバシ指摘していくことになる。そうなるともう、目黒さんは落ちこむ一方で、得意の「いいんだ、もう」状態に陥って、肩を落として帰社。やさぐれるのであった。

 そんな目黒さんの防御策はほんとうに好きな本はこの対談にあげないということなのだが、それも回を重ねているうちに大森さんにバレ、例えば「海道龍一朗なんて持ってこないんですか?」
指摘されたりしていたのには、大笑いであった。そこまでお見通しなのである、大森望。

 そしてそしてこの対談後、一度だけ目黒さんがうれしそうに帰ってきたことがあったのだが、それは『鴨川ホルモー』万城目学(産業編集センター)を取り上げたときで、京都もののファンタジーであるからこれは間違いなく大森望銘柄であるはずが、読むキッカケを失っていたようで、しかもその間に目黒が絶賛し、目黒銘柄と認知され、しかもそれが後に大森さんが読んで面白かった…と認めたときである。あのときの目黒さんの、まるでメンコや缶蹴りで勝った子供のような表情が忘れられない。

 その対談が『読むのが怖い! 帰ってきた書評漫才〜激闘編』北上次郎×大森望(ロッキング・オン)としてまとまったのでさっそく読む。

 対談がまとまるのはこれで2回目なのだが、今作は思い切って「書評漫才」とまで言えるほど、本当に爆笑もので、それはおそらく二人が回を重ねるごとに立ち位置を理解し、そこに徹したからこそできたのであろう。とにかくこんなに面白い書評対談はないし、読書というものの根源にまでいきつく「好きなものは好き」という奥深さもたまらない。本好き必読の1冊。しかし北上次郎=目黒考二のボケは、役柄ではなく天然であることを私は保証する。

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 本屋大賞が終わったら少しは楽になるかと思っていたけれど、そうではなかった。それどころか終わった後の方が忙しかったりするのはなぜなのだ。なんだか騙されたような気がするが、誰に騙されたのかわからない。参った。

 しかしこの半年、我が情熱のほとんどを捧げて制作してきた高野秀行さんの新刊『辺境の旅はゾウにかぎる』のかたちが徐々に見え始め、この喜びは何事にも代え難い。しかもその本を自ら営業できる幸せと言ったらない。ムフ。

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