10月27日(月)
先週の火曜日、夜6時過ぎ。営業を終え東京駅八重洲中央口の改札にSuicaをタッチさせようとした瞬間猛烈な立ちくらみに襲われた。思わず改札機に手をつき、中途半端なところで立ち止まってしまい、後ろから来たビジネスマンに舌打ちされた。私は前後左右上下すらわからないまま足を動かし、改札機を抜け出した。しばらくコンコースに座り込み、めまいが治まるのを待った。
私はそれを空腹による立ちくらみだと思って、意識がしっかりしてからKIOSKに向かい、スニッカーズを買った。「お腹が空いたらスニッカーズ」。中央線に乗り、むさぼるように甘いだけのお菓子を食ったのである。
その翌日は浦和レッズサポにとって悲劇の一日になるのだが、私は両足が痛いことに気づいた。いや痛いというより、重いのである。まるで囚人につけられる逃亡阻止用のおもりを引きずっているような感じなのである。
そこでも私は間違いをおかした。その重さを筋肉痛だと思っていたのだ。なぜなら宮田珠己さんの影響ではないけれど、私も有酸素運動をしようとこの1ヶ月、深夜にランニングをしていたのである。それが昨夜、妙に走れるようになった自分にうれしくなり、過去最高タイムで走りまくった影響だと思ったのである。とにかく重い足を引きずりながら常磐線を営業し(ここで訪問した新松戸のR書店のTさんや、K書店のHさんは翌日のサプライズ出版記念パーティーに出席した書店員さんなのであるが、私にそのことをばれないよう相当ひやひやしていたようだ)、埼玉スタジアムに向かったのである。
埼玉スタジアムはワンダーランドなので、どんな病気も治ってしまう。そこにいる間は足の痛みを感じなかった。
事件が起きたのは木曜日である。
足は依然重いのであるが、その重さが全身に達しているのだ。これは筋肉痛ではないのではないか。この日も普通に営業したのであるが、途中息切れがでるほどのふらふらなのであった。夕方会社に戻り、何気なく体温計で熱を測ってみるとなんと39度と表示されたではないか。私は平熱が35度と異様に低いため、この39度は常人でいうなら40度である。とても飲み会どころじゃないのである。
「俺、早退するわ」
そう言ったときの浜田の顔をいま思い出すと妙に笑えるのであった。
なぜから私が単なる飲み会だと思って、そのときキャンセルのメールを送ろうと思っていたのは、実はどっきり出版記念パーティーだったからだ。まさか主賓が病気なるというのはシナリオには含まれていなかったのだろう。いつもは「早く帰れ!」という浜田が、「そこの病院はやっているからすぐ行け、いま行け!」と背中を押したのはそういうことだったのだ。
変に優しいなと勘ぐることなど39度の私には出来ず、病院に向かったのだが、なんと休みであった。私は病院の前で倒れそうになったが、最後の力を振り絞って薬局に向かい、風邪薬を買った。あわててそれを飲んだら、今度は一気に楽になる。楽になるどころか汗が止まらず、まるで真夏のように髪がビショビショになってしまった。どうなっているんだ?(あとで気づいたのだが薬の量を間違っていた)
とにかくそうやってどっきり出版記念パーティーを乗り越え、金曜日を迎えたのであるが、その金曜日もふらふらになって営業していたら妻からメールが届いた。娘が熱を出したので病院に連れて行ったとのことだった。今日は遠足に行ったはずなのだが、ずーっと先生と休んでいたという。私がうつしてしまったのだろうか。
家に帰ると娘は既に寝ていたが、額を触ると38度の私でもその熱さにびっくりするほどであった。
「いちおう点滴を打ってもらったんだけど、泣いちゃって大変だったわ」
妻も相当疲れた様子で、私の食事を用意するとすぐ寝室に向かい、しばらくすると寝息をたて始めた。
土曜日、私は病院に行き、その後は娘と一緒にずーっと寝ていた。明日の日曜日、我が浦和レッズを応援するため新潟へ向かう予定だったのだが、どうもそれどころではないようだ。相変わらず熱は下がらないし、喉が痛い。その症状は娘もまったく一緒であった。ごめんな。
iPodで、James Morrisonの新譜「Songs for You, Truths for Me」を聞いていたら、娘が布団に足を入れて来た。その足はまだはっとするほど熱かった。私はiPodを止め、娘の方を向くと
「パパ、私とパパっていつも一緒に風邪ひくよね」
それはおそらく私がうつしているからなんだろうけど、私は黙っていた。
「本当に仲良いよね、私たち」
娘はそういって、何か悪戯した後のように笑った。
私はそれを空腹による立ちくらみだと思って、意識がしっかりしてからKIOSKに向かい、スニッカーズを買った。「お腹が空いたらスニッカーズ」。中央線に乗り、むさぼるように甘いだけのお菓子を食ったのである。
その翌日は浦和レッズサポにとって悲劇の一日になるのだが、私は両足が痛いことに気づいた。いや痛いというより、重いのである。まるで囚人につけられる逃亡阻止用のおもりを引きずっているような感じなのである。
そこでも私は間違いをおかした。その重さを筋肉痛だと思っていたのだ。なぜなら宮田珠己さんの影響ではないけれど、私も有酸素運動をしようとこの1ヶ月、深夜にランニングをしていたのである。それが昨夜、妙に走れるようになった自分にうれしくなり、過去最高タイムで走りまくった影響だと思ったのである。とにかく重い足を引きずりながら常磐線を営業し(ここで訪問した新松戸のR書店のTさんや、K書店のHさんは翌日のサプライズ出版記念パーティーに出席した書店員さんなのであるが、私にそのことをばれないよう相当ひやひやしていたようだ)、埼玉スタジアムに向かったのである。
埼玉スタジアムはワンダーランドなので、どんな病気も治ってしまう。そこにいる間は足の痛みを感じなかった。
事件が起きたのは木曜日である。
足は依然重いのであるが、その重さが全身に達しているのだ。これは筋肉痛ではないのではないか。この日も普通に営業したのであるが、途中息切れがでるほどのふらふらなのであった。夕方会社に戻り、何気なく体温計で熱を測ってみるとなんと39度と表示されたではないか。私は平熱が35度と異様に低いため、この39度は常人でいうなら40度である。とても飲み会どころじゃないのである。
「俺、早退するわ」
そう言ったときの浜田の顔をいま思い出すと妙に笑えるのであった。
なぜから私が単なる飲み会だと思って、そのときキャンセルのメールを送ろうと思っていたのは、実はどっきり出版記念パーティーだったからだ。まさか主賓が病気なるというのはシナリオには含まれていなかったのだろう。いつもは「早く帰れ!」という浜田が、「そこの病院はやっているからすぐ行け、いま行け!」と背中を押したのはそういうことだったのだ。
変に優しいなと勘ぐることなど39度の私には出来ず、病院に向かったのだが、なんと休みであった。私は病院の前で倒れそうになったが、最後の力を振り絞って薬局に向かい、風邪薬を買った。あわててそれを飲んだら、今度は一気に楽になる。楽になるどころか汗が止まらず、まるで真夏のように髪がビショビショになってしまった。どうなっているんだ?(あとで気づいたのだが薬の量を間違っていた)
とにかくそうやってどっきり出版記念パーティーを乗り越え、金曜日を迎えたのであるが、その金曜日もふらふらになって営業していたら妻からメールが届いた。娘が熱を出したので病院に連れて行ったとのことだった。今日は遠足に行ったはずなのだが、ずーっと先生と休んでいたという。私がうつしてしまったのだろうか。
家に帰ると娘は既に寝ていたが、額を触ると38度の私でもその熱さにびっくりするほどであった。
「いちおう点滴を打ってもらったんだけど、泣いちゃって大変だったわ」
妻も相当疲れた様子で、私の食事を用意するとすぐ寝室に向かい、しばらくすると寝息をたて始めた。
土曜日、私は病院に行き、その後は娘と一緒にずーっと寝ていた。明日の日曜日、我が浦和レッズを応援するため新潟へ向かう予定だったのだが、どうもそれどころではないようだ。相変わらず熱は下がらないし、喉が痛い。その症状は娘もまったく一緒であった。ごめんな。
iPodで、James Morrisonの新譜「Songs for You, Truths for Me」を聞いていたら、娘が布団に足を入れて来た。その足はまだはっとするほど熱かった。私はiPodを止め、娘の方を向くと
「パパ、私とパパっていつも一緒に風邪ひくよね」
それはおそらく私がうつしているからなんだろうけど、私は黙っていた。
「本当に仲良いよね、私たち」
娘はそういって、何か悪戯した後のように笑った。
