きゅーっとしみる「一人飲み」エッセイ

文=杉江松恋

  • ひとり家飲み通い呑み
  • 『ひとり家飲み通い呑み』
    久住 昌之,久住 昌之,久住 卓也
    日本文芸社
    1,260円(税込)
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『孤独のグルメ』がTVドラマ化されたり、『花のズボラ飯』が『このマンガがすごい! 2012版』で第1位に選出されたり、このごろ久住昌之の名前を頻繁に見かけるようになった。ドラマ版の『孤独のグルメ』、たしかにおもしろいしなー。井之頭五郎役の松重豊の、空腹時と満腹時でまったく違う表情がいいのだ。あと井之頭五郎の名前を連呼するだけの主題歌も妙な中毒性があってよい。気がつくと口ずさんでるよ、あれ。
 そんなわけで一躍時の人(プチ)になりつつある久住が、年末から今月にかけて二冊の本を出した。『昼のセント酒』(KANZEN)と『ひとり家のみ通い呑み』だ。『食い意地クン』『野武士のグルメ』などに続く久住の〈食い意地エッセイ〉で、二冊とも「一人飲み」に特化した内容である。居酒屋なんかで気持ちよく飲んで酔っ払うときのお供にしたい、という人は前者を、いや一人で飲み屋に行くのは抵抗があるので家で独酌します、という人は後者を最初に読むといいと思う。

『昼のセント酒』のセントとは銭湯のことだ。昼間から銭湯に行って、気持ちよくなったところできゅーっと一杯やってしまおう、という趣旨のルポ・エッセイなのだ。
 ----サイコー×サイコー、それがつまり、昼のセント酒というわけだ。
 大賛成。でも毎日それをやってたらろくでなしになっちゃうけどね。

 全十話、銭湯+居酒屋の小さな幸せが描かれている。銀座に二軒だけ残っている銭湯のうちの一軒、「金春湯」(創業は1863年!)でひとっ風呂浴びて、蕎麦屋「よし田」で小柱の卵とじをあてにして飲む燗酒なんていうのはたしかにたまらないだろう。蕎麦屋の昼酒は「酒と肴をいたちごっこのように交互に頼んで、なかなか蕎麦に至らない」ものなのだ。そうそう。粋に決めるつもりが、凡人だとついつい飲みすぎてしまう。わけわかんなくなって最後にカレー南蛮なんて頼んでしまったりして。それはあんまり粋じゃない。
 浅草・神谷バーのような有名店も出てくるが、特に店の住所や電話番号などは記載されていない。街歩きをしたくなる触発の部分に重きを置いて書かれているからで、別にここで紹介されている店に行く必要はないのである。銭湯は、どこの町にも昔は当たり前のようにあった。だんだん少なくなっているとはいえども、本書で書かれたような桃源郷の体験をすることは今ならまだ誰にでも可能だ。そういう小さな当たり前の喜びをしみじみと楽しく書いた好著である。

 もう一冊の『ひとり家飲み通い呑み』は、二部構成になっていて、第二部が久住による居酒屋見聞エッセイ。これはどこかに連載したものかもしれないが初出が書いてない。第一部のほうが「家飲み」の楽しさを書いた続きものだ(一部は通い飲み)。其の一「チャーハン de 焼酎ロック」に始まり、さっとできるつまみと酒の取り合わせが計二十一個も書かれている。「ゴーヤチャンプルーにハイボールを合わせているが、ここはやはり泡盛が正しいんじゃないか」とか「私ならケンミンの焼きビーフンにはタイビールを持ってきます」とか、いろいろつっこみを入れながら読んでもかまわない。
 紹介されている中でベストスリーを選ぶと、一位はなんといっても「シウマイ弁当 de 缶ビール」だな。もちろんこれは横濱崎陽軒のシウマイ弁当である。久住曰く「崎陽軒のシウマイ弁当の完成度には、何度食べても感心させられる」。そう、その通り。メインのシウマイもさることながら、あの竹の子煮とマグロの照り焼きがいいのだ。おかず能力とつまみ適性、ともに最高である。
 第二位は、「焼きそば de ホッピー」。「どうやって作っても、なんとなくでき上っちゃう」出鱈目な焼きそばに青のりをガンガン振って紅ショウガをたんまり添えてずるずる食べながらのホッピーはたしかにたまらないものがある。第三位は迷うところだが、「おでん de カップ酒」だ。東京人としてはちくわぶが必須。でもすじやコロも好きです。
 この本の欠点は読んでいると無性に一杯やりたくなってくることで、ダイエット中の人には目の毒だ。ましてテレビで「孤独のグルメ」をやっている曜日なら、たいへんなことになってしまう。昼間ちょっとそのへんを一回りして、申し訳程度にでもカロリーを消費してから夜読むことをお勧めします。

(杉江松恋)

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