【今週はこれを読め! ミステリー編】スーパー&ポテトが堂々完結!『戯作・誕生殺人事件』

文=杉江松恋

 おおお、あのスーパーがついにご懐妊!

『戯作・誕生殺人事件』は、今年で作家業のキャリアが50年に達する辻真先の最新作だ(脚本家としてのキャリアはさらに長い)。

 スーパーこと可能キリコはスポーツ万能で、本で読んだ知識は必ず我が物にしてしまうというスーパー・ウーマン(あと親の家業がスーパーマーケット経営)、ポテトこと牧薩次はニックネームの通り垢抜けない外見だが、キリコを上回る知能の持ち主で、さらにミステリー・マニアでもある。その2人が探偵役としてデビューしたのが、1972年に発表された長篇『仮題・中学殺人事件』(現・創元推理文庫)だった。

 以来、作を重ねるごとに彼らも成長し、やがてポテトは大学卒業後に中学時代から続けていたミステリー執筆を本業とする作家になり、スーパーは大学などというつまらないものに縛られずに芸能界へと進出、元祖マルチタレントになった(ものの、飽きっぽい性格が災いして長続きはせず)。定期的に発表される作品で読者は彼らの消息を知ることができたのだが、1997年『本格・結婚殺人事件』(朝日ソノラマ)で見事にゴールインして牧夫妻となって以来、シリーズ名を冠した長篇は10年以上発表されていなかった。

 ただしその間に何もなかったわけではなく、2008年に発表された『完全恋愛』(現・小学館文庫)で、牧薩次は第9回本格ミステリ大賞を受賞している。あ、これは小説の中ではなく、現実の話である。『完全恋愛』という作品は牧薩次名義で発表されたのだ。ただし、牧薩次は同賞の贈賞式には現れず、辻真先が代理でトロフィーを受け取ったが。
 
『戯作・誕生殺人事件』は、その大河シリーズの掉尾を飾る作品となる。辻自身がこれを完結篇とすると宣言しており、40年以上の長きにわたって読者を楽しませてくれたスーパー&ポテトの物語も、これにて幕引きとなるという次第である。

 となると気になるのは、今回の「趣向」だ。これまでのシリーズ作品では、すれっからしのミステリー・ファンをも唸らせる仕掛けが作品に施されてきた。第一作の『仮題・中学殺人事件』からして、冒頭で「読者が犯人である」という宣言が行われるというケレンに満ちた作品である。続く『盗作・高校殺人事件』『改訂・受験殺人事件』(現・創元推理文庫)でも、さらに凝った仕掛けが試されており、「意外な真犯人」ものの金字塔として三部作は名を残すことになった。

 もちろんこれで終わったわけではない。『SFドラマ殺人事件』『SLブーム殺人事件』『TVアニメ殺人事件』(以上、ソノラマ文庫)と続く3作品では高校卒業後のスーパー&ポテトが登場し、ハイティーン時代の3作と合わせて全6部作としての完結を見る。ここまでの作品はジュヴナイル・レーベルとしての刊行だったが、続く『宇宙戦艦富嶽殺人事件』(現・徳間文庫)で発表の場が一般レーベルに移った。ちなみに同作は、駆け出し作家のポテトが、編集者から「読者が犯人であるだけではなく被害者でもあり、かつ探偵役をつとめる」という無茶な注文をされる、という場面から始まる話だ。それ以降の作品では鉄道ミステリーの作品が多くなるが、時刻表トリックよりも意外な犯人を呈示するほうに主眼があることは同じで、中には「○○○が犯人」という神業のような作品も......(ネタばらしのため、検閲済み。気になる人は『殺されてみませんか』をどうぞ。双葉文庫版は絶版だが、Kindle版あり)。

 というわけで、千反田える風に言うと、わたし、気になります(今回の趣向が)。

 ここまで読んできてみなさんも気になりつつあると思うので、そういう人は『戯作・誕生殺人事件』を読みましょう。

 ついでに書いておくと、完結篇にふさわしく作中にはこれまでの辻作品へのリンクが張り巡らされている。たとえば登場人物の一人が一時属していたことになっている「大劇魔団」は『天使の殺人』(現・創元推理文庫)の殺人劇の舞台となった劇団だ。そうした具合に、過去の作品を読んでいると懐かしい固有名詞が次々に出てくるのである。中には行方知れずになっているあのキャラクターの名もあり、たいへんに懐かしい。

 分娩を控えたキリコが、薩次宛に送りつけられたと思われる小説原稿を手にして読み始めるところから話は展開していく(つまり、作中作の趣向もあるのだ)。単に同窓会的な楽しさだけではなく、アイデアの詰まった楽しい作品である。シリーズのファンも、もちろんそうではない人も存分に楽しんでください。

明日、9月21日(土)には東京・新宿にて、『戯作・誕生殺人事件』の刊行記念トークイベントを開催します。もちろんサイン会もあり。詳しくはhttp://boutreview.shop-pro.jp/?pid=62210831をどうぞ。当日参加もできますが、新刊手配の関係上、予約をお勧めします。

(杉江松恋)

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