【今週はこれを読め! ミステリー編】スパーク短篇集『バン、バン! はい死んだ』にびっくり

文=杉江松恋

  • バン、バン! はい死んだ: ミュリエル・スパーク傑作短篇集
  • 『バン、バン! はい死んだ: ミュリエル・スパーク傑作短篇集』
    ミュリエル・スパーク,木村 政則
    河出書房新社
    2,420円(税込)
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 読みながら何度も唖然とする瞬間があった。

 2006年に亡くなったスコットランド出身の作家、ミュリエル・スパークの傑作短篇集『バン、バン! はい死んだ』(河出書房新社)である。全15編が収められているのだが、各話の色調があまりに違いすぎて、一口で言い表すのが難しい。ミステリーあり、ホラーあり、バカ話あり、法螺話あり、ちょっとしんみりさせるものまであり。

 表題作は、シビルという女性の物語だ。1923年のある日、8歳のシビルは自分によく似た風貌のデジレという少女と知り合う。デジレはシビルの1歳上だった。2人は遊び相手なるのだが、早熟なシビルにとってデジレは物足りない相手だった。愚鈍であり、しかもそれを棚に上げて意地悪になりさえする。2人は近所の男の子たちを交えて「泥棒と警官」をした。物影に隠れて近づき、相手を想像上の拳銃で撃ち殺す遊びである。デジレはゲームのルールを完全に理解することができなかった。撃ってはいけない場所やタイミングでシビルに向かって「バン、バン!」と声を上げてしまうのである。一緒にいる男の子たちの手前、意固地になるわけにもいかずにシビルは「はい死んだ」と倒れ続けた。

 時は流れ、第二次世界大戦下のシビルはアフリカにいた。考古学者だった夫はライオンに襲われて死んだ。彼女は私立の女学校に職を得て悠々たる独身生活を送っていたのだが、そんな中でデジレと再会するのである。デジレはバリーという果樹園経営者と結婚し、ウェストンと姓を変えていた。夫妻の招きによってウェストン家をたびたび訪れるようになったシビルだったが、デジレとバリーの交わす戯言に次第に苛立ちを募らせていく。やがて彼女がとった行動により、三者の均衡関係が崩れることになるのである。

 これ以上少しでも内容を紹介すればネタばらしになってしまうので話に踏み込めないのが残念だが、シビルという高い知性の持ち主のキャラクターがとにかく印象的で、彼女の視線から語られる世界は皮肉に満ちたものに見えてくる。なにしろ、「それまで数年のあいだ、自分はあまり性に向かない人間だと思っていた」などと平然と語るような人物なのである。性に向かない人間って。作者は植民地の社交生活を淡々と語っているだけなのだが、どこかに燻っている火種があり、読者はそれが何かに使われるはずだと意識させられるようになっている。来るべき崩壊の瞬間にはすべてがぴたりと収まるべきところに収まるのである。謎めいた「バン、バン! はい死んだ」という題名の意味も含めて。コミック・ノヴェルの洒脱と、犯罪小説の冷ややかな手触りとが、一つのパッケージの中に詰め込まれている。実に贅沢で、読み応えのある短編だ。

 スパークの短篇集は過去に教養文庫から『ポートベロー通り』が出ていたが、「ポートベロー・ロード」の題でその表題作も収録されている。死者となった女性が、街角で幼馴染の男性を呼び止める、という意表をついた出だしの作品で、読み進めるうちに日常の中に潜む悪の存在を描いたものであるということが次第にわかってくる。それが郷愁を誘うような語り口で行われるので、話が決定的な瞬間に差し掛かると、戸惑いを覚えるほどに日常と非日常とのコントラストが際立つ。このように悪意や突然の死と隣り合わせの日常を描くのはスパークの好んだ筆法のようで、『運転席』『邪魔をしないで』(ともに早川書房)などの長篇でも、意外な形で物語に死の影が差しこんでくるのである。余談ながらスパーク作品は現在ではほぼ品切状態だが、『邪魔をしないで』はP・G・ウッドハウスのジーヴス譚腹黒版といったような内容なので、現在復刊すると人気が出そうである。

 信じられないようなものや人、言葉が唐突に差し挟まれるという特徴もある。たとえば「ミス・ピンカートンの啓示」は、カップルの目の前に、茶碗の受け皿ほどの大きさの、回転する飛行物体が飛んでくるという話だ。可笑しいのは、それが本物の骨董品か否かという点で2人が喧嘩を始めるというところである(討論すべきポイントはそこじゃないだろう)。「首吊り判事」という短編は、タイトルから漠然と読者が想像するであろう内容とはまったく異なる。ハンギング・ジャッジ、首吊り判事とはやたらと死刑にしたがる裁判官を揶揄した言葉だが、この小説の主人公サリヴァン・スタンリー判事も、法廷で死刑判決を下した瞬間に起きたあることが忘れられなくなり、妄執の人になってしまうのである。本書におけるもっともくだらなく、そして忘れがたい一言が終盤で繰り出される。それを読むと誰もが作者に突っ込みたくなるはずだ。おいおい、スパーク!

 こんな感じ。とにかくカラッと乾いていて、いっぱい笑える。ミュリエル・スパーク、おもしろいなあ。びっくりですよ、本当に。

(杉江松恋)

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