【今週はこれを読め! ミステリー編】ひっそり奇妙で美しい短篇集『あめだま』

文=杉江松恋

 ----大輪の牡丹の花を覗き込むと、ぺったりと人の顔が貼り付いていた。

 ----いつ実るのだろうかとずっと、楽しみにしていた生首の実が今朝生った。

 ----ささくれをパリパリと捲ると、冷たい翡翠石が覗く。

 いずれも田辺青蛙『あめだま 青蛙モノノケ語り』(青土社)に収録された短篇の書き出しの文章である(それぞれ、「天香国色」、「珍果」、「翡翠石」)。見慣れた風景の中に人体の一部が突如出現する不気味さ、あるいは有機物であるはずの人体をめくったところに無機物を見出す恐怖、それらを短剣による一突きのようにして示した後、田辺は物語を始める。

『あめだま』は、全6章に60話を収めた掌篇集だ。ページ数も160程度で個々の短篇は極めて短い。息を吸って吐く間に読み終えられるような長さなのだ。だが本書を読みながら、しばしば息をしていたことを忘れてしまっていた。1篇を読み終えてしばらくしてから、止まっていた呼気を吐き出す。それが、ほう、という溜息になるのである。

 清らかな文章で物語は綴られている。そして、どれも官能を誘うような描写に満ちている。「ぷんっと青臭い大根の汁の香りが、蚊帳の中にまで透けて入ってくる」と始まる「大根婆」、「姉妹」の「ふと、横を見ると濁った鏡面に大きな羽虫が止まっていたので、そっと手で捕まえてそのまま口に入れた」という一行の気味の悪さ。あるものは読者の郷愁を誘うように淡彩で描かれ、またあるものはナンセンスさを際立たせるためか、簡潔な文章が放り出されたかのように置かれている。そうした策謀に満ちた文章で語られるのは、他に読んだことのない、奇妙な話なのである。

 自分を盗んだ悪人の夢が身に宿ってしまった果実がぬばぁ、ぬばぁと悪夢を吐きながら語る「西瓜」、目の前に瑠璃色のUFOが現れ、出てきた宇宙人が「首の後ろにある小さな窪みに住まわせてください。家賃は銀行振り込みでお支払いします」と言い出す「四畳半宇宙譚」、ふくらはぎと背中に出来た人面瘡どうしを会わせるために日々おかしな姿勢をとらねばならなくなる独身の私の話「顔合わせ」、などなど。実話怪談の趣きがある作品も多く、ドライブ中に見つけた廃屋の中になぜか自分の住処とそっくり同じ部屋があったという「位置」、食器棚の中に摩訶不思議なものを見つける「ロンググラス」など。特に後者は、奇妙な味の短篇としては出色である。

 個々の話は独立しているのだが、中には緩い関連性を持たせたものもある。「血飲み子」「姉妹」「いちじく」は、血を吸う奇癖を持って生まれてしまった姉妹についての三連作だ。あとに続く「いちじくと猫」は続きものではなく猫「にあ」についての話である。そのイメージがどうつながっていくのか。空想によって話と話をつなげる自由は読者に任されている。「にゃんこのみ」は19世紀に成立した民俗誌集『駿国雑志』中にある「猫みかん」という怪談に想を得た話、その前には「河童飴」、あとには「冷やしたゼリー」「菓子屋の娘」という菓子や水菓子つながりの作品が並んでいる。作者の連想が働いた順であるのか、あるいは後から欠片を埋め込んでジグソーパズルのように全体の図を完成させたのか。もちろん、各話を1篇ずつ読んでも楽しいのだが、連続で読んでいくことによって脳裏にはさらに色数が増えていき、複雑さを増したイメージが展開していくことになる。それが楽しく、何度でも何度でも読み返したくなるのだ。

 書き出すと止まらない、さまざまな魅力を包含した本である。共通点は、どれも少しずつ淋しく、知らず知らずのうちに頬に涙が落ちてしまうような静けさに満ちていることだ。誰もいかない森の奥にひっそりと泉があり、こんこんと水を湧き出させている。そこに初めて足を踏み入れ、清らかな水を見た人はおそらく泣くのではないだろうか。そのような、人を畏れさせる美しさを有した小説なのである。

(杉江松恋)

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