【今週はこれを読め! ミステリー編】とんでもなく無能で不愉快な警部のコメディ『平凡すぎる犠牲者』

文=杉江松恋

  • 平凡すぎる犠牲者 (創元推理文庫)
  • 『平凡すぎる犠牲者 (創元推理文庫)』
    レイフ・GW・ペーション,久山 葉子
    東京創元社
    1,430円(税込)
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 ドーヴァー警部よ(ピンクレディーの某曲っぽく)。

 ミステリーに登場する探偵というと神の如き叡智の主であるとか、悪と闘う正義の人であるとか、とにかくかっこよく設定されるわけだが、稀に例外もある。最低人間なのになぜか主人公、というおかしさを作者が狙うわけだ。スウェーデン作家、レイフ・GW・ペーションが創造したエーヴェルト・ベックストレーム警部は現代におけるその代表格である。『平凡すぎる犠牲者』(創元推理文庫)でその傍若無人ぶりをお確かめいただきたい。まあ、ひどいんだこれが。

 最低人間なのに名探偵、の先駆者にはイギリス作家ジョイス・ポーターが生み出したウィルフレッド・ドーヴァー主任警部がいる。地方警察で手に負えない事件が起きるとスコットランドヤードから敏腕警官が派遣されてくる、というのが古典探偵小説でおなじみの段取りだが、そこに迷がつくほうの探偵が来ちゃったらどうなるか。捜査はしない。パブで酒を飲んでは寝てばかりいる。部下の手柄は横取りする。当然頭の巡りもよくない。しかしなぜか事件は解決してしまう、という不思議な連作がポーターのシリーズだった。真相の悪趣味さゆえ『ドーヴァー4/切断』『ドーヴァー7/撲殺』が特に有名である。

 ベックストレーム警部もかなり先人に近い。物品捜索課、つまり盗品などを追跡する閑職から、ひさしぶりに犯罪捜査部に復帰しての初仕事ということで本書には登場してくる。なぜ左遷されていたのかというと、同僚の警察官たちから捜査を台無しにする無能者として忌み嫌われたからなのである。ある人物は「象のようにのしのし歩き回って、周囲にあるものをすべて破壊するような男」と彼を形容する。

 ありとあらゆる偏見の持ち主であり、特に女性に対しては自分たちの快い世界を脅かす存在として警戒している。本作ではアニカ・カールソン警部補という女性と組んで仕事をすることになるが、署の男どもの噂ではどうやら同性愛者らしいという話で、ベックストレームには最初からまともに取り合おうという姿勢が皆無なのである。しかも捜査班に集められたのは彼の目から見るとポンコツだとしか思えない人間ばかり。ベックストレームは自分を天才だと信じているので、どんな同僚も彼には馬鹿にしか見えないのだが。

 さらにベックストレームは面倒くさいことが大嫌いで、強い酒と金のかからないセックスが大好きである。重要事件の捜査中であっても週末になれば絶対に連絡が取れないように携帯電話の電源を切り、金曜日の午後から早引けしていち早く休息を取ることに余念がない。仕事よりも私生活を大事にする、現代人の鑑のような人物なのだ。自分の施した恩恵に対して個人的な謝礼を差し出す奇特の士がいれば、快く懐に入れる心の広さも持ち合わせている。どういうわけか彼の部屋に置いてある調度品は、警察官の薄謝では買えない高価なものばかりである。

『平凡すぎる犠牲者』は、こんな警察官が、集合住宅の一室で起きた殺人事件の捜査に当たる、というお話である。殺されたのは酒の臭いをぷんぷんさせた老人だし、凶器は現場に落ちているし、という状況からして、粗暴犯によって引き起こされた事件にしか見えない。ベックストレームに事件を任せなければならなくなった上司も、いくらなんでもこれならすぐに解決するだろう、と状況の報告を聞いていったんは胸を撫でおろすのだった。ところがこの事件に、とんでもない裏があることがだんだんわかってくる。

 ベックストレーム以外にも、何か怪しい薬をやっているとしか思えないマッチョとか、ロシアで原子力の研究をしていたが亡命してきて警察官になった女性だとか、個性の際立った刑事たちがぞろぞろ出てくる。変な登場人物をずらりと並べた群像小説という色合いもある作品なのである。現在のスウェーデンが移民の存在抜きには成立しないという社会状況も反映されており、登場人物の多くがスウェーデン以外の出自を持つ人物だ。それをいちいちベックストレームは罵倒する。差別主義者の視点を一つ配置することにより、その見方が偏ったものであると読者に認識させるという技法なのだろう。

 かなりあくの強いコメディだが、終盤にはなかなかおもしろい真相が待っており、もちろんミステリーとしても楽しめる。作者のペーションは高名な犯罪学者でもあり、実在した政界スキャンダルや、スウェーデン警察最大の汚点であるパルメ首相暗殺事件などを題材にした大作を書いている。本邦初紹介の『許されざる者』は自身の死期を悟った元国家犯罪捜査局長官が私的な捜査チームを結成して未解決事件を片付けるという内容だった。その主人公であるラーシュ・マッティン・ヨハンソンは、数々の作品に登場した、ペーション作品のスターだったのである。また『許されざる者』の作中では、いい加減な捜査をして事件を迷宮入りさせた主犯としてベックストレームへの言及がある。どうやらすべてのペーション作品は同じ時間軸に載っていると思われ、全体で一つの大河小説を形成しているらしい。日本で言うと佐々木譲の『警官の血』シリーズと大沢在昌『らんぼう』が同じ世界観で書かれているようなものかな。

 主人公はとんでもなく無能、とんでもなく不愉快。だけど小説はなぜかおもしろい。それが『平凡すぎる犠牲者』だ。シリーズの二作目だがここから読んでもまったく問題はないので、どうぞ。そして気に入ったら一作目の『見習い警官殺し』もぜひ。

(杉江松恋)

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