第101回:円城塔さん

作家の読書道 第101回:円城塔さん

もはやジャンル分け不能、理数系的で純文学的でエンタメ的でもある、さまざまな仕掛けをもった作風で毎回読者を驚かせる作家、円城塔さん。物理を研究していた青年が、作家を志すきっかけは何だったのか? 素直に「好き」と言える作家といえば誰なのか? 少年時代からの変遷を含めて、たっぷりお話してくださいました。

その6「さまざまな試みの意外な経緯」 (6/8)

――それにしても、小説を書こうと思っていきなり書けたのですか。

円城:その頃お金がなかったんです。かなり、猛烈になかったんですね。本が買えなかったので、じゃあ、自分が読みたい本を自分で書くというのでどうかと。買えない本の中味を推測して勝手に書けばいいんじゃないかと。お金がなかったというのが最大の要因ということですね。

――最初に書いた『Self-Reference ENGINE』は細かなパートから成る一冊ですが、あれは一編一編即興という感じですか。

円城:朝2時間、夜2時間で一編書いて、寝て次の日の朝に今日はこのネタでいこうと思って書く。単に作業時間のとり方の問題だったんです。全体の形を整える、ということくらいは考えましたけれど。以来、そのペースが癖ですね。

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――ペンネームの由来は。

円城:指導教官だった金子邦彦さんが書いた『カオスの紡ぐ夢の中で』の中の「進物史観」という短編に登場する物語生成プログラムの名前のひとつが「円城塔李久」だったんです。ペンネームを決めなきゃいけないので、これもらっていいですかと聞いたら「えーそれにするのー?別にいいけど...」と。なので一応、許可は得たことになっており。

――ずい分テンションの低い許可ですね(笑)。

円城:そうそう。名前の由来とか意味は考えた本人も忘れたと言っているので、僕にも分からない(笑)。

――でも、物語生成プログラムから名前をとったことに、思うところがあるのでは。

円城:そうですね。機械が小説を書くという研究をダイレクトにしてきたわけじゃないんですけれど、そういうことができればいいなというのは思いますね。小説の機械化、というのはずっと考えています。それがどういうことなのか含めて。いろいろ試み自体はあるわけですよ。でも自動生成してもどうもうまくいかない。プログラミング言語はあるけれど、プログラムするプログラムがなぜかうまくできないのは面白いですよね。書くことだって自然現象なので、何かの理屈があるはずなのに、誰もちゃんと説明できない。実際自分の手で書こうと思えば書けるのに、その仕組みが分からないという。

――執筆スタイルも、毎回さまざまな試みをされていますよね。新刊の『後藤さんのこと』の表題作では赤い文字と黒い文字の部分があったり、さらには文字の上に色がのっていたり。

円城:あれは佐々木敦さんの『エクス・ポ』というフルカラーの雑誌用での連載に書いたものなんですが、フルカラーの雑誌に小説を載せるということは、執筆者の誰かが字に色をつけないといけないと思ったんです。で、それは僕の役目なんだろう、と(笑)。第1回は、適当に赤い文字と黒い文字にしたわけじゃくて、黒だけで読めて、赤だけで読めて、二色通しても読めるという。黒だけ通して読むと今の時間の話、赤だけ通して読むと未来の時間の話で、通して読むと全体の話になっていたと思います。

――ええっ!そこまで気づきませんでした!お恥ずかしい。この本はオビも、それだけで独立した作品になっていますよね。

円城:ある日の朝10時に電話があって、「今日オビ入稿なんですが何かないですか」と言われました(笑)。デザイナーさんが作ったものもあったんだけれど、他に何かないかということだったんでしょうけれど。それで、『Boy's Surface』を出してもらったときにサイン会のおまけとして作ったものがあったので、それを使ってもらったんです。このオビは裏表コピーして切り取って閉じると豆本になります。

――豆本に!『烏有此譚』なんかは本文と同じくらいの分量の注釈がありますよね。しかも単なる注釈ではない。

円城:なぜか、注が入りましたね。本文は120枚くらいしかないんです。ある日電話がかかってきて本にしますと言われて。小さい本にすればできる、って言うので「それでいいんですか」と聞いたら「じゃあもう一編小説書けますか」と言われて「書けません」と。で、小説は無理だけど、前にもやった注釈というやり方なら、他の仕事の合間にも書けるだろうと思ったんですが、思ったより大変でした。

――意図的に新しいことに取り組んでいるのか思ったら、それぞれ意外な経緯です(笑)。

円城:いつも無理やりとなりゆきなんですよね。フルカラーなら誰かが色をつけないといけないんじゃないかとかいう、過剰な空気の読み方により、誰も要求していないのにやる羽目に...。

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