第101回:円城塔さん

作家の読書道 第101回:円城塔さん

もはやジャンル分け不能、理数系的で純文学的でエンタメ的でもある、さまざまな仕掛けをもった作風で毎回読者を驚かせる作家、円城塔さん。物理を研究していた青年が、作家を志すきっかけは何だったのか? 素直に「好き」と言える作家といえば誰なのか? 少年時代からの変遷を含めて、たっぷりお話してくださいました。

その8「「好きな作家」を挙げるのは難しい!」 (8/8)

  • 歌の翼に(未来の文学)
  • 『歌の翼に(未来の文学)』
    トマス・M・ディッシュ
    国書刊行会
    2,592円(税込)
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  • アジアの岸辺 (未来の文学)
  • 『アジアの岸辺 (未来の文学)』
    トマス・M.ディッシュ,若島 正
    国書刊行会
    2,700円(税込)
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  • ヴァリス (創元推理文庫)
  • 『ヴァリス (創元推理文庫)』
    フィリップ・K・ディック
    東京創元社
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  • 煙の樹 (エクス・リブリス)
  • 『煙の樹 (エクス・リブリス)』
    デニス ジョンソン
    白水社
    4,104円(税込)
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  • 南方熊楠コレクション〈第1巻〉南方マンダラ (河出文庫)
  • 『南方熊楠コレクション〈第1巻〉南方マンダラ (河出文庫)』
    南方 熊楠
    河出書房新社
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  • 麗しのオルタンス (創元推理文庫)
  • 『麗しのオルタンス (創元推理文庫)』
    ジャック ルーボー
    東京創元社
    907円(税込)
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  • アマチャ・ズルチャ 柴刈天神前風土記 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)
  • 『アマチャ・ズルチャ 柴刈天神前風土記 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)』
    深堀 骨
    早川書房
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――よく読む、好きな作家というと。

円城:うーん。たいがいちょろちょろっとは読んでいるんですけれど。

――翻訳ものって刊行点数も少ないですものね。

円城:それは大きいかも。翻訳される海外文学って一応全部目を配れるくらいの量なんですよね。一応、最近読んだ本は、読書メーターとかで大公開状態にしてます。ただ、人に薦めるのは難しい。何かの脈絡があれば選べるんですけれど、「何が面白いか」となると、なかなか難しい。その人の背景や、これまでに読んできた本あっての話ですよね。

――うーん。円城さんが面白いと思う作家をおうかがいしたいのですが。じゃあ、例えば唐突ですが、トマス・M・ディッシュとかは。

円城:『歌の翼に』をようやく読んだんですけど、よかったですね。『アジアの岸辺』の頃からなんてダメな人だろうって思い始めるんですけれど。でもディッシュは気になります。おこがましいんですが、他人事ではないんですよ。専業作家で非常に理屈っぽくしかもヘンな小説を書く人ですが、晩年は貧乏生活で、仕事もなくなり、パートナーを喪い、家が焼け、そして自殺してしまう。僕もちゃんと考えないと、同じ道を歩むんじゃないかと思ってしまう。そっちの方で身につまされる。

――リチャード・パワーズは。

円城:パワーズは好きです。あの人も物理出身ですし話題が身近。ああ、そうですね。パワーズとスティーヴ・エリクソンは好きですね。変な並べ方ですが。あと、なぜだか理由は分からないんですけれど、フィリップ・ソレルスが好きなんですよ。しかも評論じゃなくて小説が。SF作家でいうと、ジョン・ヴァーリィが好きなんですが、あまり好きっていう人はいないですね。そのせいかなにか翻訳がとまったり、既刊本が並ばなくなったり、最近あまりみかけないですが。パワーズ、エリクソン、ヴァーリィ...。あとはなんでしょう...。心が狭いので、「好き」とは言いたくないんですよ。マルケスとかも「好き」とは言いたくない。ボルヘスは入れてもいいのかな、あの、なんともいえない感慨が...。ええと、そうですね、「好き」ってことにしてもいいです(笑)。でもパワーズとかとはちょっと違う感じがします。「ボルヘス好きでしょ」と訊かれたら「いや、ちょっと...」と言いそう(笑)。バルガス・リョサとかも好きだとは思うけど、改めて好きかと問われると...。そうやって考えてみると、「ジョン・ヴァーリィ好きでしょ?」「好きだ」、「テッド・チャン好きでしょ?」「好きだ」、「グレッグ・イーガン好きでしょ?」「イーガンはちょっと...」となる(笑)。

――あ。好き嫌いで言うならば、基本に戻ってフィリップ・K・ディックは。

円城:ええっ...。

――なんですかその反応は(笑)。

円城:『ヴァリス』とか好きですよ。後期のほうが好きなんです。著作のめちゃめちゃ多い人は、好きな作品は好きだけれど、そうでないものもある。初期のものはそれほどでもないですね。やっぱり『ヴァリス』を挙げる気がします。でもそんなにいい話かというと、そんなんでもない(笑)。

――では好き嫌いは別にして、最近読んだものは何でしょう。

円城:デニス・ジョンソンの『煙の樹』が分厚くていつまでもいつまでも終わらない問題と、ライフ・ラーセンの『T・S・スピヴェット君傑作集』が重すぎて読めない問題があります。重くて持ち歩けないし、寝転んで読むにも重くて疲れるので。あとは『南方熊楠コレクション』を読み進めています。やっぱりおかしな人だったんだなあと思いますね。いろいろモノを知っている人が好きなんですよ。こっちがWebの情報の助けを得ても追えないくらい、いろんなことを並べているのを見るのが好きなんです。Webに対抗しようとすると、巨大なネットワークを自分で作るか、自分の実感をひたすら書くかしかないんですよね。それか、普通に研究をするか。Webも熊楠のようになるまではなかなかいかないなと思う一方、これほどまでの網羅能力もいつかWebに追いつかれるかなという気もしますけれど。

――会いたい作家はいますか。

円城:あんまり会いたいとは思わないんです。何を話すのか分からない。どうやって書きますか?、とかきいても...。どうやって書くかといえば、『麗しのオルタンス』のジャック・ルーボーはいいですね。僕はウリポとかあのへんの言語遊戯派には実は冷たい(笑)。でもルーボーは好きです。ジャック・ペレックとかはあんまり。

――ペレックといえば最近話題の、「e」を使わずに書かれた『煙滅』はあんまり? 日本語訳では「い」段を使っていないというあのスゴ技の。

円城:あんまり。ペレックやクノーは疲れるんですよね。だって真面目じゃないですか。彼らは本当はふざけているはずなのに。真面目さの質が合わないんですよね。『人生使用法』とか、書くのは大変だったろうとは思いますが、そのパワーを別のところに向けられなかったのか、と思ってしまう。無駄なパワーという索漠さをどうしても前面に見てしまう。単に個人的な好みの話ですよね。大変だということは分かるけれど、好きか嫌いかというとちょっと違う。僕はもっとふざけている人が好きなんですね。でも、本気でふざけるって難しい。ああ、やっぱりP・G・ウッドハウスとか好きです。「ジーヴス」シリーズの。

――意外。優秀な執事のジーヴスが、ダメな若旦那を毎度毎度さりげなく助けるところがいいんですか。

円城:いや、「この靴下は...」「このシャツは...」といって、毎回何か取られるところが(笑)。結局繰り返し好きってことですよね。コメディ好き。ディッシュなんかも本人が大笑いしているわけじゃないけれど、可笑しいものを書いている。でも、日本だとお笑いでもコメディでも、みんな真面目にやってしまいますよね。それこそ落語とかにいってしまう。お前は何を書いているんだ、というものが日本にはあまりない気がします。ああ、酒見賢一さんは好きですね。『泣き虫弱虫諸葛孔明』の第二部で、諸葛孔明の台詞がまるまるエヴァンゲリオンの主題歌だったりするんです。一部分だけじゃなくて、歌詞全部。適当にもっともらしいことを長く言っているんだという説明のためにそうしてあって、読んでいる側からすと「ああー」っていう(笑)。そういうのが好きです。あとは深堀骨さん。『アマチャ・ズルチャ 柴刈天神前風土記』の人です。Webで読めるものに「トップレス獅子舞考」というのがあって、トップレスで獅子舞をするという流行について、それはどういうことだろう、というのを書いているだけ。勝てないと思いましたね。そんなタイトル考えつかないじゃないですか。というか、思いついても使わないじゃないですか(笑)。そういうものを書く人がもっといてほしい。でも、人に薦められるかどうかというと、どうだろう。基本的に人がいない方へいない方へと行こうとしてしまうから。

――ご自身が執筆するものも、ですよね。

円城:人がいない方へ行こうと思いながら、いろんな人からそろそろ普通のものを書いたほうがよいのでは、という話もあり。親から「もう少し親戚に見せられるものを書いたら」と言われたり。もうちょっと心温まる話とかってことですよね。近所の人に渡して問題ないものをひとつくらい作っておかないといけないし(笑)。まあ、何でもやれたら、と思います。どうせ違う方へ行ってしまうので。小ネタも大ネタも混ぜつつ。小ネタはやろうと思えばやれるはずなので、今は長いものを書くのが課題でしょうね。どこまでも長くて終わらないものを書く方法を短く書くとか(笑)。

(了)