第103回:前田司郎さん

作家の読書道 第103回:前田司郎さん

劇団「五反田団」を主宰し、劇作家、演出家、俳優として活躍する一方で、09年には『夏の水の半魚人』で三島由紀夫賞も受賞し、小説家としても注目されている前田司郎さん。実は、幼い頃から志していたのは小説家。どんな経緯を辿って現在に至るのか、そして大学生の頃に出合った、それまでの本の読み方、選び方を変えた1冊とは。

その2「小学4年で小説家になろうと思う」 (2/7)

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――小学生の頃から漠然と、作家になりたいと思っていたそうですが。

前田:幼稚園の頃から物語を作るような人になりたいと思っていました。
絵本とかアニメを作る人は、絵が下手なので無理だと思ってました。だから漠然と絵を描かないでもなれる小説家かなあと。
それで、小学4年生のときに授業で小説を書くという課題があって、それがなかなか楽しくて、そのときから小説家になるなオレはと思っていました。
一人で書き始めもしたんですが最後まで書けたことがなかったんです。書いてはやめ、書いてはやめ、で。

――小学生の頃に読んだ小説といいますと。

前田:世界児童文学全集のようなもの、『三銃士』や『トム・ソーヤーの冒険』や『十五少年漂流記』などを繰り返し読みました。あとは偕成社の、岡田淳さんの『二分間の冒険』という本とか。主に児童文学です。

――そういう本は家にあったんですか。

前田:買ってもらってました。家族で食事に行ったときなどに、食事の後半、大人の話が始まると子供たちは本屋に行ってよかったんです。それで、帰り際に買ってもらう。
本屋には小さい頃から今までずっと、普通の人より長い時間いると思います(笑)。当時は明屋書店が御殿山よりのほうにあったのでよく行ったし、大崎ニューシティで食事することが多かったので、そこに入っている書店にもよく行きました。たまに日曜日なんかに八重洲ブックセンターに行けるのが、すごく楽しい場所に行くという感覚でした。でも、中高の頃は、やっと解禁になったことからその反動で漫画ばかり読んでいました。平行して多少小説を読んだときに『赤毛のアン』を読んだんです。それは今でも繰り返し読んでいますね。

――男の子が『赤毛のアン』を手に取るというのは、何かきっかけがあったからですか。

前田:確かに恥ずかしかった(笑)。児童文学の全集が面白かったというイメージが残っていたんですが、子供向けのダイジェスト版だったので、ちゃんとした海外の児童文学を読もうと思ったんです。文庫で出ているものがあまりないなかで、『若草物語』を題名で惹かれて読んだら面白くて。それは女の子向けだと言われたとき、それでも面白かったしもっと女の子向けのものも読んでみようと思って『赤毛のアン』を読みました。

――繰り返し読んでいるというのは、どんなところがよかったんでしょう。

前田:もう何回も読んでいるので、当時の印象は覚えていないですね。僕、同じ本を何回も繰り返して読むクセがあるんです。
『赤毛のアン』を繰り返し読むのに明確な理由はないけれど、古い友達に会いにいく感覚です。『赤毛のアン』も、繰り返し読むうちに印象が変わっていく。今はアンの思春期でイキイキしているところと、マシューやマリラの老いて先の見えている人生の対比や、お互いに影響しあうところを楽しく読んでいます。

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――中学生になって解禁された漫画は、どのようなものを読んでいたのですか。

前田:小学校の頃に禁じられていた反動で、面白いといわれるものはすべて読みました。僕は借りて読むのがあまり好きではなくて、全部買っていたので、ものすごい量になっていました。でも『少年ジャンプ』はあまり好きではなかった。鳥山明と『ジョジョの奇妙な冒険』以外は何度も読んだりはしなかったですね。繰り返し読んでいるのは『タッチ』『銀河鉄道999』『寄生獣』『ピグマリオ』『めぞん一刻』『バタアシ金魚』『AKIRA』『MASTERキートン』。最初は分からなかったけれど、何度も読んでいるうちに分かってきました。他にも異常に沢山あるんですが、長くなるので。

――小説を書くために、意識して小説を読む、ということはしなかったのですか。

前田:ああ、小説家になるには小説を読まないと、と読んだか言われたかして、そうかもしれないなと思って読んだのは『楽しいムーミン一家』で...。

――ええっ(笑)。

前田:たぶん高校のときだったと思うんですが、誰にも小説家になりたいとカミングアウトはしていなかったんですけど、図書部に入っていてすごく本を読んでいる奴に、図書室でいちばん面白い本は何かと訊いたら『楽しいムーミン一家』だって言うから。それで4冊くらいまでは読みました。でも面白さに波があって、それで途中でやめてしまいました。それくらいです。
よく、誰に影響を受けたか聞かれるんですけれど、答えられないですね。もっと昔だったら外部からの刺激や情報が少なくて、ある人物やある小説に影響を受けて人生が変わるということは容易に起きやすかったのかも知れませんが。でも僕らの世代というのは、情報がものすごく安価に気安く手に入る。いろんな人から影響を受けていると思うので、特に誰の影響というのは言えないと思うんです。
それに、ムーミンは面白いですけど、それを真似してももうムーミンには勝てないので、面白いと思えば思うほど違うことをやろうと思います。そういう意味での影響はあるかも知れないですね。

――その頃は実際に書いてはいなかったのですか。

前田:はじめて最後まで書けたのは高校の卒業文集に載せた小説だったと思います。好きなことを書いていいと言われたから、小説を書こうと思って。
夏の夜にお腹が減って吉野家の牛丼を食べに行ったら、足の親指を蚊に刺されてかゆくなって、この吉野家には蚊がいるなと思っていたら全身真っ赤な服の女の人が入ってきて、すげーなーと思いながら食べていたら蚊を見つけてパンと叩いてつぶしたら血が出て、この血はその女の人の血だと確信するんです。で、それを舐めてみる。そしたら牛丼の味がした...というそんな話です。それがたぶん処女小説。一人称だったと思うんですが、思いつきで書いていって。今と一緒の書き方です。

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