第103回:前田司郎さん

作家の読書道 第103回:前田司郎さん

劇団「五反田団」を主宰し、劇作家、演出家、俳優として活躍する一方で、09年には『夏の水の半魚人』で三島由紀夫賞も受賞し、小説家としても注目されている前田司郎さん。実は、幼い頃から志していたのは小説家。どんな経緯を辿って現在に至るのか、そして大学生の頃に出合った、それまでの本の読み方、選び方を変えた1冊とは。

その3「読書道を変えた1冊」 (3/7)

  • 死者の書・身毒丸 (中公文庫)
  • 『死者の書・身毒丸 (中公文庫)』
    折口 信夫
    中央公論新社
    637円(税込)
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  • あやしい探検隊 焚火発見伝(小学館文庫)
  • 『あやしい探検隊 焚火発見伝(小学館文庫)』
    椎名 誠,林 政明
    小学館
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  • 美食倶楽部―谷崎潤一郎大正作品集 (ちくま文庫)
  • 『美食倶楽部―谷崎潤一郎大正作品集 (ちくま文庫)』
    谷崎 潤一郎
    筑摩書房
    1,080円(税込)
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――大学に入ってからはいかがですか。

前田:大学に入って、1年か2年の頃に、読書体験を変えるようなことがありました。
新宿の紀伊国屋書店で友達と待ち合わせして、早めに着いてしまったことがあったんですけど、その頃、小説を書こうとするなかで、人はなぜ人を殺すのかということに興味があったんです。今もあるんですけれど。 それで、「誰かがそれについての本を書いているかもしれない」と、はじめて考えて、今までは文庫などの限られたコーナーにしか行っていなかったんですが、はじめて心理学や精神分析学の棚に行ってみたんです。
そこで福島章さんの本を見つけました。福島さんは犯罪精神医学の人なんですが、他に小田晋さんの本なんかも合わせて5、6冊買ったのかな。そのなかで福島さんの『ヒトは狩人だった』という本がものすごく面白くて、そこから読書の仕方が変わりました。 本を読むと参考文献や引用で他の本が紹介されている。それはリンクが張られているみたいなもので、次に何を読むか決めやすい。そうやって最初は精神分析学や犯罪心理学の分野を読んで、そうするとフロイトを読まなくてはいけなくなって、するとユングも読まなくてはいけなくなる。そうなると秋山さと子さんや河合隼雄さんを読んで、あとは福島さんの師匠でもあった土居健郎さんも読まないといけなくなって、そこから笠原嘉さんやその周辺の人にいって。
で、精神分析学に飽きはじめた頃に、蛭川立さんという、文化人類学や精神分析学などいろんな分野をクロスオーバーしている人の本を読んで、これがまた面白くて、そこから中沢新一さんにつながって、今度は熊楠を読まなくてはいけなくなって(笑)、まだ読めてないですけれど。そこからまた柳田邦男にいって、『死者の書』や『身毒丸』の折口信夫にいって、レヴィ・ストロースに...。
1冊や2冊の本がどんどん広がって、まだまだいろいろ読みたいなということになって、これが本を読むということなのかな、と思いました。だから小説はほとんど読んでいなくて。

――人はなぜ人を殺すのか、からどんどん知識欲が広がったんですね。

前田:今まで知識欲があっても、どうすればいいのか分からなかったんです。それに、勉強という概念を間違えていたんですね。教育が肌に合わなかったのか、勉強しないただの言い訳なのか、漢字を10回書いて覚えるとか、語呂合わせで年号を覚えるとか、公式を覚えて当てはめて答えを導き出すとか、そういうのはバカらしいと思っていました。そしたら、本当に勉強ができなくなった(笑)。だけど、自分の興味のあることだけ知ろうとするのは好きみたいです。

――相当な読書量ですよね。

前田:量としては全然読めていないです、演劇とか他のことが楽しくなっちゃって。そんなに真面目な読者じゃないと思うんです。その本の中にスッと入って読める人が羨ましい。僕は落ち着きがないから(笑)。

――知識を満たしてくれる本ばかり読んでいたのですか。

前田:椎名誠さんも読んでいました。椎名さんの本が知識欲を満たさないというわけじゃなくてですけど。『あやしい探検隊』を最初に買って、パッと読んだときに何か気が乗らなくてずっと置いておいたんですが、しばらくたってから読み返したらすごく面白くて。そんな感覚ははじめてでした。第一印象の自分の感覚って信じられないなと思いました(笑)。そこから椎名さんを読み続けていて、こないだネパールに行ったときも「赤マント」シリーズのいちばん新しい本、『どうせ今夜も波の上』を持っていって読んでいました。
あとは、大学のゼミの先生が谷崎潤一郎の研究をしていて、そこではじめて谷崎を読んで面白いと思いました。『美食倶楽部』かな、短編集を最初に読んで、「母を恋ふる記」とか『瘋癲老人日記』とか、『春琴抄』や『痴人の愛』とか...。そこから澁澤龍彦にいきました。でも大学生のときは周囲に澁澤さんを読んでいる人がたくさんいたので恥ずかしくて、あまり読めなかった。最近読み返したら面白くて、今読んでいます。エッセイも小説も全体的に好きですね。

――借りるのが好きでなく、買っていたとなると相当な蔵書が...。

前田:結構いっぱいあると思います。6畳分の部屋2部屋の、壁がほとんど本棚です。漫画がかさを取るので、ほぼ漫画ですね。でも本も、読んでつまらなかったもの以外はやっぱり捨てられない。

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