第103回:前田司郎さん

作家の読書道 第103回:前田司郎さん

劇団「五反田団」を主宰し、劇作家、演出家、俳優として活躍する一方で、09年には『夏の水の半魚人』で三島由紀夫賞も受賞し、小説家としても注目されている前田司郎さん。実は、幼い頃から志していたのは小説家。どんな経緯を辿って現在に至るのか、そして大学生の頃に出合った、それまでの本の読み方、選び方を変えた1冊とは。

その5「芝居・小説・写真」 (5/7)

――大学卒業後は、ずっとお芝居を続けていたんですか。

前田:はい。まさか芝居で食えるとは思っていなかったんですが、何千人に1人だと思っていたので。
大学が自由だった、というか、行かなかったのでヒマだったんで演劇をやろうと思って始めたら、意外と褒めてもらったりして、嬉しくなって調子に乗って...。あるとき、はじめてちゃんとしたバイトをしてまとまったお金をもらって何に使おうかと考えて、アゴラ劇場なら借りられるじゃんって思って。たしか18万だったと思うんですが、はじめて学校外のところで舞台をやって、手応えがあて楽しかったんで、もう一回やろうということになったとき、青年団の女優さんが前の芝居を観ていてくれて「次は出して」と言ってきてくれて。女優さんといっても同じ大学に通っている同い年の人で、学生しながら青年団に入っている人だったんですけど、その人が出てくれたとき、平田オリザさんも観に来て声をかけてくれて。劇場がすごく安く借りられる期間にやらせてもらったりしたて、そこからわりと取材なんかが入るようになって、テレビの仕事もくるようになって、もしかして食えるなこれはと思いました。

――順調ですね。

前田:経済的なことでの挫折はないです。作品のことではいろいろあるんですけれど。

――その頃、福島さんから広がっていった読書を。

前田:そうですね。1人の人を起点に広がっていった。その起点が福島さん、蛭川さん、澁澤だったのかな。澁澤から種村李弘やバタイユのほうに開けていったりもしたし。本屋にいくと、棚に似たような分野の人たちの本が並んでいるので、そこから選んでいきました。でもノンフィクションはあまり繰り返しては読まないですね。もう1回読みたいと思っているのは何冊かあるんですけれど、他に読まなくちゃいけないのがいっぱいあるから。

――小説や戯曲を書くための資料読み、ということはしますか。

前田:その場合は相当量読み込まないといけないんだろうけど、量が足りなかったり時間が足りないと、どうせ付け焼刃のようになってしまう。すごい集中力でその分野のものを読める人だったら可能かもしれませんね。
でも、確かに興味のあることだったらすごく読めるかも。僕はカメラを集めているんですけれど、その資料の本は集めて読みましたから。そこでも新しい世界が広がったと思います。本格的に古いカメラを集め始めたのが大学の終わり、2002年くらい。 写真は今でも撮っているんですが、その頃に「写真家もいいなあ」とか思った時期もあって。でもすぐに無理だと思いました。
おばあちゃんが亡くなるとき、これは撮っておいたほうがいいと思ったんですがカメラを向けられなかった。それでオレには写真家は無理だなと思ったんです。 写真集もよく見るんですが、大橋仁さんという写真家は、義理のお父さんが自殺未遂をしたとき、その一部始終を撮っているんです。彼女と別れ話をして、泣いている恋人を撮ったりもする。今思えば大橋さんが特殊なのかもしれないけど、当時はそこまでやれないとダメだと思ってました。今は考え方が違うけれど。
ただ、戯曲や小説なら、そこまでやれる自信があると思ったので、今そっちに向いているのかも。

――写真集は今でもよくごらんになるのですか。

前田:友達に薦められたものだったり、本屋で見て気に入った写真集とか。 長野重一さんという人の写真がすごく好きです。もうずい分お年の方なんですが、東京の日常をスナップで撮っているんです。上大崎に住んでいらして、うちの近くの五反田の風景もある。ブレッソンぽいけれど、ブレッソンほどキメキメじゃない。

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