第168回:早見和真さん

作家の読書道 第168回:早見和真さん

デビュー作『ひゃくはち』がいきなり映画化されて注目を浴び、さらに昨年は『イノセント・デイズ』で日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門を受賞、最新作『95』も注目される早見和真さん。高校時代は名門野球部で練習に励んでいた少年が、なぜ作家を志すことになったのか、またそのデビューの意外な経緯とは? ご自身の本棚の“一軍”に並んでいる愛読とは? 波瀾万丈の来し方と読書が交錯します。

その2「野球部の先輩が読んでいた本」 (2/7)

――高校は甲子園に何度も出場している名門ですよね。何人もプロになった選手もいますよね。

早見:3年間いて、2回甲子園に出るような環境で、本を読んでいる奴なんて一人もいなかったですね。今思えばもう信じられないくらい、文化のない環境だったんです。
その時にひとつ、大きなことがあって。高校1年生の時に、先輩として高橋由伸という人に出会うんです。

――おお。

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早見:その瞬間まで、僕は自分がプロ野球選手になるって信じて疑ってませんでした。小学校の時なんか「俺がプロにならないなら誰がなるんだろう」と本気で思ってるような傲慢さで。でも高橋さんに会った時に「ああ、こういう人がプロに行くんだな」と。それは絶望でした。「ああ、俺、どうしたらいいんだろう」って思った。そのことは明確に憶えています。
先日、雑誌で由伸さんと対談させてもらったんです。20年ぶりに再会して、はじめてその話を伝えました。今自分が小説家をやっているのは、高橋さんのお陰も半分はあるって話をしました。高橋さんに出会って、自分の人生、自分の将来から野球がすっぽり抜けたんです。
そして、将来どうしたらいいかなと思った時に、明確にイメージできたのが当時は新聞記者でした。というのも、野球部のグラウンドにいろんな新聞記者の人が取材に来るんですけれど、高校生の僕の目から見て「こいつら、使えないな」って。記者たちはスター選手ばかりに話を聞きに行くんです。でも天才は言葉なんてもっていない。彼らのことを知りたいなら、僕のような補欠の選手のところに話を聞きに来るべきなんですよ。僕だったら全部喋りますよ、お調子者だし、とにかくなんとか目立ちたいから(笑)。でもそんな記者は一人もいなかった。高2の時、こういう目線があるのならこの人達を出しぬけるなって思いました。
「あ、自分は文章を書くんだ」という気持ちが芽生えたのがその瞬間でした。生きることと文章が初めて結びついたんです。同級生とも仲がよくて、みんなプロに行くんだと思っていたから「将来こいつらに取材できるな」とも思いました。
それと、これは運命的な出来事だったと思うんですけれど、当時僕らが生活していた寮によくOBが遊びに来ていたんですね。その頃、大学でも野球を続けているある先輩がふらっとやってきて、広間みたいなところで本を読んでいたんです。野球選手が本を読んでいるという絵面にインパクトがあって、「何を読んでるんですか」と訊いたんです。その人は「早見も本くらい読まなきゃ駄目だぞ」と、ちょうど読み終えた本を僕にくれて。それが沢木耕太郎さんの『テロルの決算』でした。僕は先輩に好かれたい一心で読み始めるわけです。本を開いたのは何年振りかでした。今振り返っても、決して簡単な本ではなかったと思うんですけれど、一晩で読んだんですよ。次の日も朝6時から寮の掃除が始まるというのに(笑)。
『テロルの決算』は社会党の浅沼稲次郎という書記長と、17歳の右翼少年の山口二矢という二人が、日比谷公会堂で交差するまでのお互いの人生をつづっていく内容です。あの時、本当に愚かだった僕がよく17歳の少年に共感して「やべー。右翼かっけー」ってならなかったなと思う(笑)。本当に、そのくらい格好いいって思ったはずなんです。でも本を閉じた時にそれより強く僕が思ったのは「やべえ、文章ってすげえ」ってことでした。それはすごく憶えています。「文章ってこんな気持ちにさせるんだな」って。そこからは貪るように、とはいかないですけれど、本を読みたくて読むようになりました。
最初は何を読んでいいのか分からないから、とりあえずお袋に「沢木さんの文庫本を送って」と頼んで、読み漁りました。そして1995年を迎えて高校3年生になったときに、村上龍さんの『69』に出合ったんですよね。衝撃的でした。
その頃には完全に自分の人生から野球は消えていました。こんな自分にも大学で野球をする道が残されている中で、「いや、もう野球はやらない」って決めたんです。英断だった気がしています。

――文章を書くことは得意だったんですか。

早見:それは得意でした。小6の時の卒業劇の脚本を書きました。「キラー軍団と14人の盗賊たち」みたいな話。最初の脚本では14人ではなくて6人くらいだったんですが、役のない奴らが14人くらいいてそうなったんです(笑)。他のクラスは浦島太郎とか桃太郎といった昔話をやったんですけれど、僕のいたクラスだけはオリジナルをやって、喝采を浴びたのを憶えています。

――そこで創作物に称賛を浴びる快感を知った...とか?

早見:うーん、どうですかね。でも、そんなふうに自分に向けて拍手されるというのは快感だったはずですよね。

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