第168回:早見和真さん

作家の読書道 第168回:早見和真さん

デビュー作『ひゃくはち』がいきなり映画化されて注目を浴び、さらに昨年は『イノセント・デイズ』で日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門を受賞、最新作『95』も注目される早見和真さん。高校時代は名門野球部で練習に励んでいた少年が、なぜ作家を志すことになったのか、またそのデビューの意外な経緯とは? ご自身の本棚の“一軍”に並んでいる愛読とは? 波瀾万丈の来し方と読書が交錯します。

その7「自作&今後の出版界について」 (7/7)

  • ラブ&ポップ―トパーズ〈2〉 (幻冬舎文庫)
  • 『ラブ&ポップ―トパーズ〈2〉 (幻冬舎文庫)』
    村上 龍
    幻冬舎
    535円(税込)
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――さて、作品のテイストは実にさまざまですよね。ご自身の体験がベースにある『ひゃくはち』のような高校野球の話や『ぼくたちの家族』のような家族もののほかに、『イノセント・デイズ』のような作品もある。これは犯罪で捕まった死刑確定囚の女性の真実を明かしていくミステリです。

早見:向いているベクトルはどの作品も同じだと思ってるんですけどね。野球とか、家族とか、基本的には恨みのあるものを書いている気がします。『イノセント・デイズ』にかんしていえば、主人公の仮のモデルは林真須美なんです。さっきも言いましたけど、新聞社に入社したら和歌山支局に行くはずで、あの事件については学生なりにいろいろと調べてて。で、もう本当に個人的な見立てとして、林真須美は白とは言わないんですけれど、黒と断じる材料はないよなっていうのが僕の考えだったんです。状況証拠だけで人をこんなふうに扱うのは怖いなって思っているなかで、結局就職できなくて、取材することもできなくて。そこから4年後くらいにテレビでふっと林真須美を見た時に、当然のように凶悪犯罪者として見ている自分に気付いたんです。一度は自分で「黒ではないよね」と断じたはずの人を、凶悪犯罪者として見ていることに気持ち悪いさを感じた。「自分は何に翻弄されているのか」というムカつきから、あの小説はスタートしています。

――その『イノセント・デイズ』が日本推理作家協会賞を受賞して、本当によかったですね。その後、『95』も書き上げましたし。

早見:新潮社で『イノセント・デイズ』を書くことになった直後に、KADOKAWAの編集者から、「いつまでも青春小説を書けると思わないでください」というようなことを言われたんですよ。「早見さんにとって最後の青春小説を書いてほしい」って。ああ、逃れられないなって思って、覚悟を決めた感じでした。

――『95』は1995年の渋谷を舞台にした、高校生の男の子たちの青春小説です。個性豊かな仲間たちとの友情の物語であり成長物語のなかに、当時の風俗や社会問題も盛り込まれている。1995年というとすぐに阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件が頭に浮かびます。早見さんにとっても特別な年ですか。

早見:僕が村上龍さんの『69』を読んで度肝を抜かれたのがまさに1995年でした。その時、村上さんにとって69年は大きな年だったんだなと思ったのと同時に、自分にとってそういう年になるのは今年なんじゃないのかなって。 ノストラダムスの予言で1999年に世界は滅びると言われている世の中で、高校生として1995年を過ごしたことはすごく大きかったですね。
小説の中にある3月20日の出来事、主人公が学校の終業式に行ったら、来ていない生徒がたくさんいて、実は地下鉄サリン事件が起きていた、というのは僕の実体験です。同級生が死んだらしいとも言われて、あれは自分の生活が人の死に直結した瞬間でした。 その日の午後、友達と一緒に渋谷に出かけたんです。そうしたら、明らかに援助交際らしきサラリーマンと女子高生を見かけたんです。同じ日の午前中に同年代の死を思い、午後には性を売っている同年代を見たことで、心がぐちゃぐちゃになって。振り返ればその時の感情って、サラリーマンや身体を売る女の子への怒りもあったし、彼らを止めることもできない自分自身への怒りもあったと思うんです。そういうぐちゃぐちゃとした気持ちを、いつか小説に書きたいとは思っていました。
あの頃、村上龍さんの『ラブ&ポップ』のように、女子高生をクローズアップしたものは結構あったと思うんですが、男の子たちの話はあまりなかった。それで、あの時代、男子高生たちもいたんだってことも書きたかったです。

――長年の思いを形にした今、今後の展望といいますと。以前、「2020年には物語のあり方が変わっているはず」とおっしゃっていたのが印象に残っています。

早見:「今までの物語が否定される」ってことですよね。「ガキが何言っているんだ」って言われちゃいそうなんですけれど。「〇〇主義」みたいなものって70年周期で変わると言われていますけど、たしかに前の時代に正義だったとされる覇権主義だったり植民地主義だったりっていう、当時正義だったものが今の時代は謝罪させられている訳じゃないですか。それを当てはめると、下手したら2020年以降の世界では、今富を独占している人たちが謝罪させられててもおかしくないよなとか。どういう形であれ、資本主義は破綻してそうだよなとか。2020年に日本発で資本主義の崩壊が始まるようなイメージがあるんです。今まで自分たちが正義だと思っていたものがことごとく否定されていった時に、「さあ、どうするの」って思うんですよね。
もうひとつ、今、「オリンピックに向けて一枚岩になろうよ」っていう、2020年に向けた物語を共通幻想でみんなが抱えていると思うんです。でも、2020年が終わったらもう物語的には焼野原しか残っていない気がするんです。じゃあ次はどんなストーリーが提示されるのか、生きていく理由はなんなのっていうことを誰が提案するのか、っていうことをよく考えます。

――どんなふうに変わっていくんでしょうね。

早見:全然わかりません(笑)。ただ、僕自身はなんとなく2020年以降の自分のあり方しか見えてません。その時自分が何をやれるのかなっていうことを前提に、今は出版社の人たちに鍛えてもらっている時期だと思っています。推協賞の受賞パーティの時に、その思いが先走りすぎちゃって、「今まで小説家としては謙虚にやってきたと思うし、手を抜かずにやってきたつもりです」っていうことを散々エクスキューズした上で、「だから今日だけは1回だけ、傲慢なことを言わせてください」って。「10年後のこの業界を、なんとなく自分が食わしているイメージがあります」って。えらいことを言ってしまって、すごかったです、会場のザワザワ感が(笑)。本当は「だからあと10年、僕を遊ばせててくださいね」って付け加えたかったんですけど。

――2020年までに、どんなことをするつもりですか。

早見:書かせてくれる体力がまだギリギリ出版社にはあると思うので、そこに目いっぱい甘えて、書かせてもらいますよ。
でもね、2020年以降かはわからないですけど、本は必ずまた売れるようになると思っています。どういう形であれ、絶対に物語は戻ってくるに決まっている。だから出版社のみなさんも、そのときにきちんと闘える小説家をいま育てましょうよ、っていう気持ちがあります。僕も今僕を食わしてくれている人たちを裏切りたくないし、絶対に裏切らないつもりです。......って、なんか大仰なことばっかり言ってますよね。このインタビュー、ネットにずっと残るんですよね。こんなに吹いちゃってやばいかな(笑)。いや、いいや。自分を煽るためにも、吹いておきます。

(了)