第168回:早見和真さん

作家の読書道 第168回:早見和真さん

デビュー作『ひゃくはち』がいきなり映画化されて注目を浴び、さらに昨年は『イノセント・デイズ』で日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門を受賞、最新作『95』も注目される早見和真さん。高校時代は名門野球部で練習に励んでいた少年が、なぜ作家を志すことになったのか、またそのデビューの意外な経緯とは? ご自身の本棚の“一軍”に並んでいる愛読とは? 波瀾万丈の来し方と読書が交錯します。

その5「編集者に勧められ初の小説を書く」 (5/7)

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  • 『クライマーズ・ハイ (文春文庫)』
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  • 『ワイルド・ソウル〈上〉 (新潮文庫)』
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――就職がダメになったあとはどうされたんですか。

早見:今でこそ笑い話として話せるんですけど、当時はわりと人生が終わっちゃったと思ってたんですよね。家族はもうボロボロだし、大学に戻る気力ももうなかった。実家からの電話も一切出たくなくなったし、3か月くらいずっとアパートに引きこもっていたんですよ。
本当に家を出られなくて、コンビニくらいしか行けなくて。でもある時、電話がかかってきて、それがもともとバイト時代によくご飯とかに連れていってくれた、後に僕をデビューさせてくれる集英社の編集者だったんです。僕が就職が駄目になって腐っているという話を他から聞いたらしくて、電話してくれたみたいです。僕も普段は電話にでなかったのに、彼の電話はなんとなくとったんですよね。「最近どうしてんの」「いやー、ちょっともう腐ってますね」「じゃあ頑張って新宿まで出てこようか。ご飯でも食べようか」って言ってもらって、がんばって行きました。お互いに編集者であることとか、新聞記者を目指していることとかを知っていながら、そんな話をしたことはなかった。その時はじめてその編集者から「なんで新聞記者になりたかったの」と聞かれて、僕もはじめて高校時代の話をしたら、「じゃあ、出版の約束はできないけれど、書くべき人はどうせ書かなきゃ切り開けないから、高校野球のことを全部ぶちこむつもりで小説にしてみなよ。読むには読んであげる」「週に1回でも2回でもいいから会社においで。アルバイトとして、ちゃんと席があるようにしておいてあげる」って。ああ、これはもう人生で最後のチャンスだなぁっていう自覚がありました。それで本当に週に1回くらい会社に顔を出すようになって、本を発送するバイトをさせてもらって。行けば誰かが飯を食わせてくれましたし。バイト以外の時間は『ひゃくはち』を書くことにあてて、結局1年半くらいかけて書いたんですよね。ちなみに世の中に出ている『ひゃくはち』って原稿用紙で480枚くらいなんですけれど、あれ、初校は1300枚とかでした。

――早見さんはそれまで、小説を書こうとは一切考えたことがなかったんですか。

早見:なかったですね。リアリティがありませんでした。本も読んでいたし、救われたみたいなことを言うのは嫌だけれども、大学時代の自分を確実に救ってくれたのは小説だったんですけど、自分が作家になって飯を食っていくなんてイメージは到底なかったし、一番多感な時期に小説を読んできていないことがいまだにコンプレックスなんですよね。大学時代に1日3冊本を読んだといっても、中学・高校の6年間に物語に触れていなかったことに対する負い目が今でもめちゃくちゃあります。

――でもその分、その時期にまたほかの貴重な体験をしていますよね。

早見:うーん、どうなんでしょうね。ちょっと話は変わっちゃいますけど、僕が職業として小説家を目指したのって2003年なんです。その年に「自分が作家になる」という眼差しを自覚的に持ってはじめて小説を読むんですけど、2003年って日本文学のすごいヒット年なんですよ。すごい本ばかり出ているんです。今活躍されている方の代表作は、ほぼその年にあると思っていて。

――ええと、なんでしょう。

早見:今でも自分が行き詰った時に手に取る、勝手に「一軍」って呼んでいる本を並べた棚があるんですけれど、その棚に2003年の本が多いんです。横山秀夫さんの『クライマーズ・ハイ』、伊坂幸太郎さん『重力ピエロ』、重松清さん『疾走』、垣根涼介さん『ワイルドソウル』、小川洋子さん『博士の愛した数式』、桐野夏生さん『グロテスク』、山田宗樹さん『嫌われ松子の一生』、乙一さん『ZOO』、舞城王太郎さん『阿修羅ガール』、綿矢りささん『蹴りたい背中』......。

――おお!

早見:「作家になるんだ」って眼差しで読みはじめたのがこれらの小説だったから、それはもう絶望しますよね。ああ、すげえわ、勝てないや、って。でも打ちひしがれて打ちひしがれて、でも「書かなきゃ切り開けない」っていう編集者の言葉はずっと残っていて、闘いを挑んだっていう感じでした。...って、ちょっと作家の読書道っぽい話ですね(笑)。

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