第169回:深緑野分さん

作家の読書道 第169回:深緑野分さん

デビュー短篇集『オーブランの少女』が話題となり、第二作となる初の長篇『戦場のコックたち』は直木賞と大藪賞の候補になり、注目度が高まる深緑野分さん。その作品世界からも、相当な読書家であったのだろうと思わせる彼女の、読書遍歴とは?

その4「20代の読書変遷」 (4/7)

  • スタイルズ荘の怪事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
  • 『スタイルズ荘の怪事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』
    アガサ クリスティー
    早川書房
    799円(税込)
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  • 検察側の証人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
  • 『検察側の証人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』
    アガサ・クリスティー
    早川書房
    605円(税込)
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  • シャーロック・ホームズ最後の挨拶 (新潮文庫)
  • 『シャーロック・ホームズ最後の挨拶 (新潮文庫)』
    コナン・ドイル
    新潮社
    637円(税込)
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  • 赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫)
  • 『赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫)』
    桜庭 一樹
    東京創元社
    864円(税込)
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――卒業してからは、どうされたんですか。

深緑:美大の受験をしたんですが一浪してやめちゃったんです。油絵をやろうと思っていました。なぜかというと、映画の仕事になにかしら関わりたかったんですが、自分で脚本を書くということは頭になかったんです。だったらジブリの美術ですごく好きな人もいるし、あそこに入れたらいいなと思って。ただ、自分は絵が下手だったので、もうひとつの方向も考えていました。芸大に先端芸術表現科というのがあって、そこはインスタレーションでもパフォーマンスでも、どんなアプローチでもいいというところだったので、そこにいけばフィルムが撮れるだろうと思っていました。映画ってまず、仲間がいないと撮れないので、とにかく仲間を見つけたかった。専門学校だと学費がすごく高いので、それで東京芸大と愛知の芸大だけ受けたんです。その頃は自分でも人形劇用の脚本を作って、塾の仲間の前で上演したりしていました。
で、結局浪人したんですが、その頃、うちの母親はもう離婚していたんですけれど、喫茶店をはじめて結構お客さんも入っていたのに、私たちの計画がずさんすぎて1年くらいで借金が増えて閉めなきゃいけなくなっちゃったんです。そのお金を返さなきゃいけないんで、私も働かなくてはいけなくて。映画の撮影所に飛び込むことも考えたんですけれど、それだと家にお金を入れられなくなってしまうので、とにかくバイトを掛け持ちしていろいろやっていました。
この頃に海外翻訳のミステリーを読むようになりました。アガサ・クリスティーとか、コナン・ドイルとか。ほかには遠藤周作にハマりました。最初は『海と毒薬』を読んで、あまりにも響いたのでそれから『深い河』とか『沈黙』とか、『海と毒薬』の続篇の『悲しみの歌』とか、デビュー作の『白い人・黄色い人』も、狐狸庵先生名義のエッセイとかも読みました。

――気になる作家がいると、その人の作品をずっと読んでいくタイプなんですね。

深緑:あまりそんなことなかったような気がするんですけれどね。今は全然そうではないです。わりとこの頃は、横の広がりをしないで縦にいく読書が多かったですね。クリスティーは『スタイルズ荘の怪事件』と『検察側の証人』と『そして誰もいなくなった』、『オリエント急行殺人事件』とか。ドイルは『最後の挨拶』まで新潮文庫で出ているものを読みました。それから中島らもとかも読んで、22歳くらいで新本格に出合ったのかな。綾辻行人さんの『十角館の殺人』をはじめて読んであまりにも面白くてびっくりして「なんじゃこりゃあああ」になって、綾辻さんの館ものとか『緋色の囁き』とかをわーっと読んで、新本格は他に法月綸太郎さんの『生首に聞いてみろ』とかも読みました。
なので、実は横溝正史や江戸川乱歩は読んでいなかったんです。少年探偵団のシリーズくらいは読んでいたんですけれど。乱歩は全然読んでいなかった。横溝も最近になって読んだといっていい勢いです。ドラマで明智小五郎を陣内孝則が演じていたのは好きだったんですけれど、それくらい。
ノンフィクション系の数学の本もこの頃読んでいましたね。『フェルマーの最終定理』、『暗号解読』、『完全なる証明』など。

――数学が好きだったんですか。

深緑:すごく苦手だったんです。なぜかというと、突き詰めていく時に「これありえないじゃん」って話をすると、「そんなこと今考えなくていいんだ」みたいなことを言われるんですよね。たとえば並行線は永遠に伸びていってもいつまでも並行だっていうけれど、「それってありえない」って。地球は球体だから、ずっとずっと伸ばしていくなんて現実にはありえないんじゃないかって話をしても分かってもらえないんです。後になって、非ユークリッド幾何学とかいうのがあったと知って「私は間違ってなかった」って思ったりしました(笑)。

――小説を書こうと思ったのはいつくらいになるのでしょうか。

深緑:もともとお話っていうものは自分に身近なもので、小さい頃外で遊んでいてもお話ありきだったんですよね。海賊ごっことか、草むらで妖精探しをするといった遊びの仕方をしていたので、お話を作るということ自体がごく当たり前だったんです。ぬいぐるみで遊ぶ時もお話を作っていましたし。それを形にしようとした時、最初は映画だったんですけれど、漫画だったり、絵画だったり、ピアノだったりのなかで、自分のなかのもやもやをなんとか形にしなくちゃいけないと思っていたんです。それがはじめて小説という形をとったのは中学生の時でした。重松清さんと乃南アサさんの『風紋』を真似した感じの小説を、学校の作文の宿題で勝手に書いて提出したんですね。少年犯罪ものだったんですけれど。

――あ、じゃあミステリーとか社会派サスペンスのような?

深緑:はい。それで、高校の時に同じような感じで宿題を小説にして書いたものがあって、それが当時の国語の先生がものすごく気に入って全クラスで朗読されたんです。それはちょっと近未来ものでした。父親という概念がなくなっていて、結婚は女性同士でしても男性同士でしてもよくて、子供も自由に精子バンクや卵子バンクを使って人工授精するのが普通になっている世界で。主人公の友達に生身の父親がいるという設定で、その男の子が『今夜は眠れない』の真似みたいなものなんですけれども、眼鏡をかけたちょっと頭のいい男の子なんですね。その子と自分とで、クラスメイトが犯した犯罪について、それはどういうことだったんだろうと考ていく話を書きました。冒頭の一文が「僕の父さんは精子だ」っていうんです。それが、私の許可なく、全クラスで読まれたんです。すごく恥ずかしかったですよ。頭を抱えて「勘弁してくれよー」と言いたい気持ちでした。その先生とはすごく仲良かったんですけれど。

――でもそこまで褒められたら、「将来作家目指そうかな」って思いませんか。

深緑:その先生も「お前は作家になれ」って。でも「えー」みたいな感じでした。私、文章書くの得意じゃないしな、って。姉は「作家になりたい」というタイプの子で、彼女は高校の時に学校の代表みたいな感じで、神奈川県の学生たちが描いた小説を集めたものに載ったりしていたんです。小説家なら彼女がなるんだろうから私は関係ないと思ってました。
でも、20歳を過ぎてアルバイトを掛け持ちしながら自分で何か作りたいとなると、もう一人でできることといったら、小説書くしかない状態だったんです。当時は群ようこさんの『いいわけ劇場』みたいな軽いタッチの変な話を書いていました。ブリックパックのいちごオレが好きだったので、「ブリックパック症候群」という、それにハマってしまう男の子の話とか。結婚願望なんてまるでなかったのにあるきっかけでウェディングドレスにドハマりしてしまう女の子の話とかっていう、ちょっと変な話を書いていました。それは誰かに見せたり投稿したりはしなかったんです。

――では、投稿したきっかけといいますと。

深緑:23歳くらいの時に桜庭一樹さんが『赤朽葉家の伝説』で日本推理作家協会賞をおとりになって、ケーブルテレビで記者会見の様子が生中継されていて、母が「この人の本、すごく面白そうだね」って言って『赤朽葉家の伝説』と『少女には向かない職業』を買ってきたんです。ちょうどその頃通院しなくてはいけなくて、待ち時間が長いから『少女には向かない職業』を持っていって、病院のなかで読んだんです。もうあまりにも面白くて、どうしようかと思った。そこから桜庭さんにものすごくハマって、『少女七竈と七人の可愛そうな大人』とか『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』とか『GOSICK』のシリーズとかをわーっと読みました。その頃『桜庭一樹読書日記』も読んで、桜庭さんが紹介している海外ものをばんばか読んでいきました。
桜庭さんがミステリーズ!新人賞の選考委員をおやりになるってことをちょうど東京創元社のホームページで知ったんです。その頃は桜庭さんの本や米澤穂信さんの本をよく読んでいたので、「次はいつ出るのかな」って、創元のホームページもよく見ていたんです。それで、もしもうまく書けて、桜庭さんに読んでもらえたら嬉しいなと思って。それで書いたのが「オーブランの少女」でした。もともとは長篇を書くつもりで、そのなかのお話のお話みたいな形が「オーブランの少女」だったんですけれど、でも短篇の賞だから長篇の枚数では応募できないので、「じゃあこれだけ抜いて短篇にしよう」と思って、書いて送って、なんと佳作という結果をいただいた形です。

――それで2010年に短篇「オーブランの少女」でミステリーズ!新人賞の佳作に入選されたわけですよね。ところで、桜庭さんの読書日記の影響で読んだ海外小説で印象に残ったものはありますか。

深緑:『百年の孤独』も『レベッカ』もそうだし、シャーリイ・ジャクスンの『くじ』とか『ずっとお城で暮らしてる』とか。アルレーの『わらの女』とかアイリッシュの『幻の女』とか。それと『隣の家の少女』とか『オフシーズン』でケッチャムにもハマりました。シャーロット・アームストロングの『あなたならどうしますか?』、シーリア・フレムリンの『泣き声は聞こえない』、キャロル・オコンネルの『クリスマスに少女は還る』。そういうものを読んで私が「オーブランの少女」を書いて、デビューが決まって、作家としての迷走期に入るんです。単行本が出せるまでに時間がかかりました。

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  • 『クリスマスに少女は還る (創元推理文庫)』
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