第169回:深緑野分さん

作家の読書道 第169回:深緑野分さん

デビュー短篇集『オーブランの少女』が話題となり、第二作となる初の長篇『戦場のコックたち』は直木賞と大藪賞の候補になり、注目度が高まる深緑野分さん。その作品世界からも、相当な読書家であったのだろうと思わせる彼女の、読書遍歴とは?

その6「ミステリーを読んで学ぶ」 (6/7)

  • オーブランの少女 (ミステリ・フロンティア)
  • 『オーブランの少女 (ミステリ・フロンティア)』
    深緑 野分
    東京創元社
    1,620円(税込)
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  • 皇帝のかぎ煙草入れ【新訳版】 (創元推理文庫)
  • 『皇帝のかぎ煙草入れ【新訳版】 (創元推理文庫)』
    ジョン・ディクスン・カー
    東京創元社
    799円(税込)
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  • ブラウン神父の童心 (創元推理文庫)
  • 『ブラウン神父の童心 (創元推理文庫)』
    G・K・チェスタトン
    東京創元社
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  • クリスマスに少女は還る (創元推理文庫)
  • 『クリスマスに少女は還る (創元推理文庫)』
    キャロル オコンネル
    東京創元社
    1,296円(税込)
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  • 倒立する塔の殺人 (PHP文芸文庫)
  • 『倒立する塔の殺人 (PHP文芸文庫)』
    皆川 博子
    PHP研究所
    741円(税込)
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  • 亜愛一郎の狼狽 (創元推理文庫)
  • 『亜愛一郎の狼狽 (創元推理文庫)』
    泡坂 妻夫
    東京創元社
    864円(税込)
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  • 11枚のとらんぷ (角川文庫)
  • 『11枚のとらんぷ (角川文庫)』
    泡坂 妻夫
    KADOKAWA/角川書店
    691円(税込)
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――さて、「オーブランの少女」が佳作になり、いろんな人にいろんな本を薦められて読んでいるなか、単行本にまとめるまでに他にも短篇を書かなくてはいけないいうえに、書店員としても働いていたわけですよね。大変だったのでは。

深緑:一昨年、2014年の9月まで働いていました。「オーブランの少女」が佳作になってからは、ミステリーを勉強し直すのがとても大変でした。ミステリーで特化した点では、憧れは泡坂妻夫さんがすごく好きなんですけれども、そういう本格ミステリーというものを書く時の伏線の張り方だったり、レッドへリングだったりをどうやったらいいのかということを、とにかくゼロから勉強し直さないといけなかったんです。今までそういう見方で読んだことがなくて「わー面白かったー」「わーびっくりしたー」だけだったんです。それを分析し直す作業を、泡坂さんだったり、ヘレン・マクロイだったり、『殺意』のフランシス・アイルズだったりを読み返してやりました。『オーブランの少女』のなかの「仮面」は『殺意』が元ネタなんですよね。あの短篇集のなかで何も考えずに書いたのは「大雨とトマト」くらいです。

――あれ、前に『奇妙な人生』に影響を受けたとおっしゃっていませんでしたっけ。

深緑:ああ、要は戒厳令で外に出られない状況というのをアイデアとして使って、大雨で外に出られない状況にしたんです。でも内容は全然違いますよね。ぱーっと3日間くらいで書いて出したら「OKです」と言われて「あれ?」みたいな。なんでOKか分からなかったんです。今はちゃんと書けてるもんね、って分かるんです。でも書いた頃は、自分が何ができて、何ができていないのか分からない状態でした。
やっぱり文章をどう書くかが分かっていなかったんですよね。私は知っていることでも読者は知らない、だからちゃんと説明しないと伝わらないのに、その努力を怠って暴走したりしていました。
その頃文藝春秋さんから『東西ミステリーベスト100』のコラムで人が足りないから手伝って、と言われて、3作品について解題を書いたんです。それがかなり勉強になりました。やったのは『皇帝のかぎ煙草入れ』と『ブラウン神父の童心』と『クリスマスに少女は還る』。それを限られた文字数で、知っている人には「ああ、そうだったよね、これ面白かったよね」と思わせるように書きつつ、読んでいない人にはネタを割らずに「あ、これちょっと読んでみたい」と思わせるようにあらすじをきれいにまとめなくてはいけない、そして最後に書誌情報に加えて、自分なりの解釈というものもある程度はいれなきゃいけなくて、しかも面白く読めるようにしなければいけない。ということをはじめて小説ではなく、紹介文として3つ書いて、それがかなり体幹を鍛えるような形で勉強になりました。それをやってからはするっと書けるようになって、それで書けたのが「氷の皇国」だったんです。まだ足りないからもう一篇いれようと言って、他にも案はあったんですが最終的に「片想い」という昭和初期の女学校が舞台の話を書きました。これは皆川博子さんの『倒立する塔の殺人』へのオマージュです。

――ところで、ミステリーを勉強しなおす時に参考にした泡坂作品はどれだったのでしょうか。

深緑:私は亜愛一郎がいちばん好きなんです。『亜愛一郎の狼狽』の「掌上の黄金仮面」がすごく好きなんですよ。看板かけてビラまいてた人が狙撃されちゃうんです。でも、不思議な場所に銃創がある、それはなぜかという話なんですよね。私、今まではハウダニットの面白さって分からなかったんです。でも、これはあまりの鮮やかさに、電車で読んでいて「はー、ちょっと、誰か誰か、ちょっと来て。この私の熱い思いを誰かに伝えたい!」みたいな感じになりました。本当にこのシリーズは好きです。亜さん、井伊さん、上岡菊彦とか、三角形の顔をしている老婦人とブルドックのタケルくんとか。笑い過ぎてお腹痛くなります。泡坂さんはミステリーとしても面白いし、ドラマとしてももちろん面白い。『11枚のとらんぷ』とか『乱れからくり』とか『湖底のまつり』とかも読みましたが、亜愛一郎の後に読んだ『煙の殺意』はすごく勉強になりました。というか「おもしろーい」と言って読んでいるだけなんですけれど。ヨギガンジーの『しあわせの書』とかも好きです。
短篇集では、とりあえずヤッフェを読めと言われて『ママは何でも知っている』を読みましたが、手際がすごく鮮やかで。ノートに見開きで事件のあらましをバーッと書いて、ママの謎解きの部分をパーッと書くと、分量が同じなんですよ。謎篇と解決篇が同じくらいのいいバランスで。私、あの本だとお父さんを戦争で亡くしてしまった男の子が、おじさんを突き落したんじゃないかといわれる「ママが泣いた」の伏線の張り方がすごく上手だなと思いました。「これ、伏線だったのか」って。泡坂さんも「まさかこれが伏線だとは思わなかった」という作り方をしますよね。本当に勉強になりました。自分がそれを書けているのかはまた別の話です、はい。

  • 乱れからくり (創元推理文庫)
  • 『乱れからくり (創元推理文庫)』
    泡坂 妻夫
    東京創元社
    907円(税込)
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  • しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術 (新潮文庫)
  • 『しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術 (新潮文庫)』
    泡坂 妻夫
    新潮社
    497円(税込)
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  • ママは何でも知っている (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『ママは何でも知っている (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    ジェイムズ ヤッフェ,James Yaffe
    早川書房
    972円(税込)
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