第173回:西崎憲さん

作家の読書道 第173回:西崎憲さん

作家、翻訳家、アンソロジスト、ミュージシャンと、さまざまな顔を持つ西崎憲さん。昨年は日本翻訳大賞を立ち上げ、今年は文芸ムック『たべるのがおそい』を創刊など、活動の場をどんどん広げていく西崎さんの原点はどこにある? その読書遍歴はもちろん、各分野に踏み出したきっかけもあわせておうかがいしました。

その4「影響を受けた海外作家」 (4/6)

  • 郵便局と蛇: A・E・コッパード短篇集 (ちくま文庫)
  • 『郵便局と蛇: A・E・コッパード短篇集 (ちくま文庫)』
    A.E. コッパード
    筑摩書房
    950円(税込)
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  • 短篇小説日和―英国異色傑作選 (ちくま文庫)
  • 『短篇小説日和―英国異色傑作選 (ちくま文庫)』
    筑摩書房
    1,080円(税込)
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  • 壜の中の手記 (角川文庫)
  • 『壜の中の手記 (角川文庫)』
    ジェラルド カーシュ
    角川書店
    596円(税込)
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  • ヴァージニア・ウルフ短篇集 (ちくま文庫)
  • 『ヴァージニア・ウルフ短篇集 (ちくま文庫)』
    ヴァージニア ウルフ
    筑摩書房
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  • ヘミングウェイ短篇集 (ちくま文庫)
  • 『ヘミングウェイ短篇集 (ちくま文庫)』
    ヘミングウェイ
    筑摩書房
    950円(税込)
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  • エドガー・アラン・ポー短篇集 (ちくま文庫)
  • 『エドガー・アラン・ポー短篇集 (ちくま文庫)』
    筑摩書房
    864円(税込)
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――その後どういう本を読んできたかというと、ご自身の訳書を並べるとそのまま主要な読書遍歴になりそう。

西崎:ああ、そうかもしれません。確かに全部自分が好きで翻訳したんですけれど、そのなかでもやっぱり自分が訳してよかったと思うのは、コッパード(『郵便局と蛇』)、アンナ・カヴァン(「輝く草地」『短篇小説日和』所収など)、ジェラルド・カーシュ(『壜の中の手記』、『廃墟の歌声』)や、それと筑摩書房から出した作家ごとの短篇アンソロジーですね。ヴァージニア・ウルフ(『ヴァージニア・ウルフ短篇集』)、ヘミングウェイ(『ヘミングウェイ短篇集』)、キャサリン・マンスフィールド(『マンスフィールド短篇集』)、エドガー・アラン・ポー(『エドガー・アラン・ポー短篇集』)』。マンスフィールドだけ絶版になってしまいましたけれど、そのあたりは自分のすごく好きな作家ですね。解説、すごく長く書いちゃうんですよね(笑)。

――西崎さんの解説は長いですよね(笑)。現在『短篇小説日和』の巻末で読める「短篇小説論考」もたいへんなボリュームですが、短篇小説の歴史などのテキストとしてすごく勉強になります。

西崎:あれは書くのに全部で7か月くらいかかったはず。自分は学者にはならないけれど、学者に負けないものを書こうと思って書いたんです。やりつくした感はありました。いまだにあれが参考になると言ってくれる人がいるので、それは冥利に尽きるというか。アメリカやイギリスってああいう解説ってないんですよね。日本独特のものですが、悪い習慣ではないと思います。

――ご自身が翻訳した・していないにかかわらず、好きな作家といいますと。

西崎:一番好きな人たちというのが3人いるんです。ヴァルター・ベンヤミン、マルセル・シュオッブ、ホルヘ・ルイス・ボルヘス。

――あ、英語圏ではない人たちですね。いつ頃読んだのですか。

西崎:ボルヘスとベンヤミンは20代の半ばくらいかな。シュオッブは30代。これらは自分の小説や文章にダイレクトに影響を与えていると思います。
ベンヤミンは『複製技術時代の芸術』とか、写真論で有名かな。思想家なんですが、詩人的なものの切り取り方をする。文章は短いのがすごくいいんです。「一方通交路」、「ベルリンの幼年時代」とか。ちょっと自分も小説で真似したことがあったんです。入り組んだ町にさらに入り組んだ地区があって、そこに用事があって行くと必ず迷う。でも、そこに友達が住んだら、その家が灯台のようになって、それから僕は迷わなくなった、なんて、すごくいいなと思って。『博物誌』のルナールもやっぱり面白いですね。ある人が村の道を鉄道の駅へ向かって歩いている。ちょっと遠いなあと思って、ちょうどそこにいた村人にどれくらいかかるか訊くんですね、でも村人はじっとして答えない。こいつ馬鹿かと思って歩きだして、しばらくして村人が「2時間だ」って言うんですよ。「いや、お前が歩かないと分からないから」って。

――ああ、歩くペースが分からないとかかる時間も分からないっていう(笑)。

西崎:こういう感覚って、やっぱり普通じゃないと思いました。ボルヘスはすごい文学者で、ポストモダニズムとかいろいろあるけれど、冗談みたいなのものもある。『砂の本』の「ウルリーケ」では、一人でホテルに泊まるとやっぱり一人で泊まっている女性がいて、ちょっと話すんですね。彼女が、一人で散歩するのが好き、って言うんですよ。そうしたら、ボルヘスが「ぼくもです。二人で一緒に出かけられますね」って言う。

――矛盾している(笑)。

西崎:そうそう。何か回路が違うな、と。じゃあその回路をどうやって手に入れたらいいんだろうなと思ったりしますよね。そういうものを自分も考えられるものなのか。
シュオッブはですね、説明がすごく難しいな。非常に文章が淡々としているんですね。日常生活も叙事詩のように書くんです。感情を交えない。その距離感がすごいなといつも思う。小説になるかならないかのボーダーに生きていて、たぶん、もう少し先に行くと小説にならない。シュオッブの話って、たとえばボートで川上から川下に移動して品物を運ぶ商人が2人いて、それに川下かどこかの女の子が乗せてもらって、もうひとつの街に行って、その船から逃げるって話があるんですよね。面白いのがその切り取り方。2人の商人と会う前から話があるように書くんですよ。具体的に何があったのかは読者には分からないんだけれど、その後逃げてからも話が続いていくんだって明らかに分かる。すべてを書けるわけじゃないから一部分を切り取らないと小説にはならないけれど、本当はその前も後ろもあるでしょう。じゃあ、なぜこの瞬間を切り取ることを選んだんだ、ってことを常に感じさせるんですよ。だから本当に小さなところを語っても、シュオッブの場合は前も後ろも全体を指示している感じがするんです。
たとえばメルヴィルの『白鯨』なんかは、「全体をすべて語りつくそう」としている。ドストエフスキーもそう。長い小説を書く人たちって、すべてを語ろうとしますよね。でも一部を語ってすべてを語るようなやり方もできるんじゃないかということを、シュオッブで知りました。それもひとつの理想であるかな、と。
小説家としては、いちいちベンヤミンとかボルヘス、シュオッブとかで書き方を習う感じですね。たぶんそういうのって個人的なもので、伝授できないものだと思うんですけれど、でも、なんとか伝授してもらいたいなと思いますよね。今、かなり不正確な説明をしている気がするんですけれども、でもこの不正確な説明でも伝わっているものを小説の中に入れられれば、それはたぶん傑作になるかなという気がします。果たしてそれが書けるかどうかという。

  • ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読 (岩波現代文庫)
  • 『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読 (岩波現代文庫)』
    多木 浩二
    岩波書店
    1,080円(税込)
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  • 砂の本 (集英社文庫)
  • 『砂の本 (集英社文庫)』
    ホルヘ・ルイス ボルヘス
    集英社
    648円(税込)
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