第173回:西崎憲さん

作家の読書道 第173回:西崎憲さん

作家、翻訳家、アンソロジスト、ミュージシャンと、さまざまな顔を持つ西崎憲さん。昨年は日本翻訳大賞を立ち上げ、今年は文芸ムック『たべるのがおそい』を創刊など、活動の場をどんどん広げていく西崎さんの原点はどこにある? その読書遍歴はもちろん、各分野に踏み出したきっかけもあわせておうかがいしました。

その6「小説の執筆、広がる活動」 (6/6)

  • 世界の果ての庭 (ショート・ストーリーズ) (創元SF文庫)
  • 『世界の果ての庭 (ショート・ストーリーズ) (創元SF文庫)』
    西崎 憲
    東京創元社
    20,963円(税込)
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  • 文学ムック たべるのがおそい vol.1
  • 『文学ムック たべるのがおそい vol.1』
    穂村 弘,今村 夏子,ケリー ルース,円城 塔,大森 静佳,木下 龍也,日下 三蔵,佐藤 弓生,瀧井 朝世,米光 一成,藤野 可織,イ シンジョ,西崎 憲,堂園 昌彦,服部 真里子,平岡 直子
    書肆侃侃房
    1,404円(税込)
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――さて、その一方で、ご自身で小説を書こうと思ったのは、いつくらいなんですか。

西崎:49歳の時かな。すごく遅かったんです。高校を出てから短篇を2つくらい書いたことはあるんだけれど、それは短すぎて全然話にならなかった。それで、49歳のある朝夢を見たんです。知らない女性が出てきて「小説を書きなさい」って言うんです。ぱっと目が覚めて。それでコンピュータ起動させて、「小説の賞って今なにがあるんだろう」って調べて、ファンタジーノベル大賞がひと月後に締め切りだったので、じゃあこれに応募しようといって、ひと月で300枚書きました。

――それが『世界の果ての庭 ショート・ストーリーズ』で、見事ファンタジーノベル大賞を受賞したわけですか。「ショート・ストーリーズ」とあるだけに異なる話がバラバラに並んでいて。

西崎:そうなんです。短編みたいなものをちょこっと書いたことしかなかったから、長編が書けるかどうか不安だったんです。で、おそらく書けないな、と。それで短篇を5つ書いて300枚にすることにして、ただ並べても長篇に見えないので、シャッフルしちゃおう、ということをやったんです、確か。文学的な野望とかではないんですよ。

――受賞者の名前を見た時に「あれ、この方は翻訳者の西崎憲さん?」って思って、買って読んだんですよね。

西崎:翻訳があまりにも楽しくて、小説を書く気はなかったんです。だから、その夢を見なければ書いていなかったはず。翻訳と音楽で充分幸せ。これ以上ないくらいの幸せだったんですけれど、でも「書け」って言われたからしょうがない。今考えてみると、自分の小説が優れているかは分からないけれど、でも、その人がいればその人の小説ができるわけで、同じものは世界にないので、やっぱり書いてよかったんじゃないかなって。

――最近では、昨年日本翻訳大賞を立ち上げられましたよね。きっかけはツイッターですよね。

西崎:そうです。翻訳者の賞があってもいいんじゃないかということをつぶやいたら、ゲームデザイナーの米光一成さんが「やりましょう」って言ってくれて、それで始まっちゃった。

――そこからクラウドファンディングで300万円以上の資金が集まって。選考委員も西崎さんのほかに、金原瑞人さん、岸本佐知子さん、柴田元幸さん、松永美穂さんという翻訳家として第一線で活躍されている方々が引き受けてくれて。すごいですよね。

西崎:でも、それもあまり自分でやっている感じがしないんですよ。翻訳もそうだけれども。なにか、動かされ感があるんですね。ただ流れに乗っているだけの感じです。大変は大変なんですけれど、そのへんもよくしたもので、鈍いし忘れるんです。

――お忙しいですよね。最近は読書の時間は確保できていますか。

西崎:最近雑誌の編集をやるようになったので、日本の作家もかなり読んでいます。創刊号は藤野可織さん、今村夏子さん、円城塔さんという、今の日本の最高クラスだよな、という人たちにお願いしました。世界レベルの人たち。

――文学ムック『たべるのがおそい』ですよね。小説、エッセイ、短歌が載っている。私もエッセイを寄稿している身で絶賛するのもなんですが(笑)、みなさんの作品がどれも素晴らしかった。

西崎:九州の書肆侃侃房の田島さんと「なにか面白いことしましょう」という話になって「じゃあ雑誌でも」ということになって。雑誌扱いだと期間が過ぎると書店から返品されてしまうのでムックにしましょう、って。
これまでとは違うとはっきり分かるほうがいいなと思い、名前で「ああ違うんだ、新しい時代なんだ」と分かるものにしました。結局、言葉って魔術のようなものなので、それだけで人を動かしてしまうところがあるので。いい悪いじゃない、しかし力を発揮する言葉をいつも探しているんです。

――それで「たべるのがおそい」という、ムックっぽくない名前に。西崎さんは食べるの遅いですか。

西崎:いや、早いです(笑)。コックの仕事も結構長くやっていたんで、ゆっくり食べられなかったんで。カウンターの隅でバーッと30秒くらいで食べてましたから。だから、ゆっくり食べるってある意味贅沢だし、個人的なことだし、何かしら価値があることがあるのかなと思って。そういう意味合いもありますよね。まあ、本当はね、食べるのが遅くて何が悪いんだ、ってことなんですよ。個人に対してすごく冷たい世界なわけでしょう。残業を死ぬほどさせたり、過労死とかがあったり、派遣でただの道具のように扱ったり、簡単にクビ切ったりするなかで、もっと個人を大事にしようというところはあります。実はそういう風なメッセージがなんとなくあったりするんですけれどね。そういうことはみんな潜在的に読み取っているような気もします。

――いちばんびっくりしたのは、「こちらあみ子」で三島由紀夫賞を受賞した時、もう小説を書かないかもしれないと言っていた今村夏子さんの新作「あひる」が掲載されていたことです。どういうふうに依頼されたんですか。

西崎:筑摩書房経由でメールを預けてもらっただけです。同人誌みたいな印象もあるし、編集者じゃなくて書き手が依頼したということで、それで気持ちもちょっと緩んだのかもしれませんが、なんといっても時期だと思います。書きたくなっている時期じゃないと、いくら頼んだって無理ですから。基本、読者のこととかはいいから、自分の書きたいものを書いてください、と伝えました。ほんとに今村さんが書いてくださったのは凄いですね。小説のファンとして嬉しいですよ。
ほかの人にもそういう依頼の仕方でしたが、でも結果的として円城さんや藤野さんがすごく力を入れてくれて、穂村弘さんも密度の濃いエッセイをくれて。いろんなものの縮図になった感じがありましたね。今、2号の準備を進めているところです。

――電子書籍の企画も考えているようなことをツイッターでつぶやかれていましたよね。

西崎:「惑星と口笛ブックス」。今、創作講座や小説講座をやっているんですが、書きたい、訳したい有能な人っていっぱいいるんです。自分の企画も出版社の刊行会議を通らないことがあるし、だったら自分で電子書籍にしようと思って。数点そろえて、第一弾をもうすぐ出そうと思っています。

――出版業界の今後は厳しいと言われているなかで、読書の楽しみ方を広げてくださっていて、すごいなと思っています。ところで、ご自身の小説についての今後のご予定は。

西崎:今、依頼を受けているものもあって、準備をしています。年に1冊か2冊は出したいし、やっぱりその人にしか書けないものって絶対あるし、かつ、読んだものを還元したい気持ちがありますから。読者感覚が強いので、世界の中に自分の好きな面白い本が一冊増えればいいなって考えています。新しいものを書こうとか、実験的なもの書こうというわけではなくて、自分が読んで面白い本を増やそう、という感覚です。

(了)