第173回:西崎憲さん

作家の読書道 第173回:西崎憲さん

作家、翻訳家、アンソロジスト、ミュージシャンと、さまざまな顔を持つ西崎憲さん。昨年は日本翻訳大賞を立ち上げ、今年は文芸ムック『たべるのがおそい』を創刊など、活動の場をどんどん広げていく西崎さんの原点はどこにある? その読書遍歴はもちろん、各分野に踏み出したきっかけもあわせておうかがいしました。

その5「お手本にする日本人作家」 (5/6)

  • 吾輩は猫である〈上〉 (集英社文庫)
  • 『吾輩は猫である〈上〉 (集英社文庫)』
    夏目 漱石
    集英社
    432円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto
  • 幻談・観画談 他三篇 (岩波文庫)
  • 『幻談・観画談 他三篇 (岩波文庫)』
    幸田 露伴
    岩波書店
    540円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto
  • ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)
  • 『ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)』
    夢野 久作
    角川書店
    562円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto
  • 家畜人ヤプー〈第1巻〉 (幻冬舎アウトロー文庫)
  • 『家畜人ヤプー〈第1巻〉 (幻冬舎アウトロー文庫)』
    沼 正三
    幻冬舎
    700円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto
  • ビットとデシベル (現代歌人シリーズ)
  • 『ビットとデシベル (現代歌人シリーズ)』
    フラワーしげる
    書肆侃侃房
    2,268円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    LawsonHMV
    honto

――日本人で好きな作家、よく読んだ作家はいませんか。

西崎:幸田露伴、泉鏡花、夏目漱石は好きですよ。さっき言った岡本綺堂や、あと安部公房とか。怪奇小説を訳す時には露伴と綺堂を読み返すことが多いですね。急がないように、せせこましくならないように、あのリズムに身体を慣らすというか。鏡花はやはりロマン主義的なものや美的なものが自分の中にもちょっとあるので好きだし、漱石はやっぱり、死ぬほど文章うまいなって思いますよね。漱石は『永日小品』という、小さい文章がいっぱい入っているのが好きですね。もちろん『夢十夜』も。初期作品の『琴のそら音』もすごく好きで、日本でいちばん優れたユーモア小説じゃないかと思います。まあ『吾輩は猫である』を書いているくらいだから、ユーモアの人ですよね。本人がどこまで意識していたのかは分からないけれど、イギリス的ユーモア。やっぱり短篇のほうが好きです。
幸田露伴は何度も言っているんですけれど、「幻談」というものがあって、もうお手本ですよね。日本の怪奇小説の中で間違いなく最高だと思います。『幻談』が翻訳されたら、向こうの怪奇小説ベスト20くらいには入ると思うけどな、おそらく。露伴っていろんなスタイルで書きますよね。漢語ばかりのものも書くけれど、これは口語体。そのゆったりとした感じがすごくいいんです。江戸に釣りが好きな侍がいて、ある時小さな舟で海釣りに行ったら、向こうに細長いものが浮いている。波間に何かが突き立っている。近づいてみると、土左衛門なんです。で、手に持っている竿が浮き沈みしている。それを見ると名竿で、ほしくなっちゃうという。もうひとつすごいのが「歓画談」。これ、現代語訳したくなりますね。主人公が世俗のことに疲れて鬱っぽくなったので山奥の寺を訪れてみる。住職は上の離れにいますよと言われ、小坊主に連れられて雨の道を登るんです。その雨の描写がすごいんですよ。で、離れに行くんだけれども坊さんは何も話さない。で、ふと離れの奥のほうを見ると大きな絵がある。中国の市の立っている町の絵があって、実に細かく描かれている。飴売りや負販の人たちがいて......別世界のような感じで、その絵を見ているうちに何か悟ったのか、主人公は田舎に引っ込むという話なんです。最初は世に出ることを考えていたみたいなんだけれども、世俗的な欲を捨てる。この話はディテールがすごくいい。絵の描写には露伴が天才だってことが如実に表れていますよ。その2つは必読ですよ。

――なるほど。

西崎:他にはちょっと傾向が違うけれども渡辺温とか三橋一夫といった「新青年」の頃のモダニズムの軽い話なども好きです。それから『ドグラ・マグラ』の夢野久作や『家畜人ヤプー』の沼正三、久生十蘭。沼正三なんて日本人離れしていますよね。あのざっくり感がすごい。露伴にしろ鏡花にしろ、細密な描写がすごいけれど、『家畜人ヤプー』なんかはとにかくもうざっくりと、プロットやストーリーでがーっと進めて、体力が勝る感じがすごい。安部公房もちょっとそんな感じがありますね。
日本文学がもっともっと世界に出ていってほしいんだけれど、今の人も含めて、日本人ってざっくりの方に行かないんですよね。そういうのがあれば更にすごくなるのかなと思うんだけれども。まあ、陰翳礼讃の国ですからね。

――短歌を始めたのはいつぐらいですか。

西崎:それも27、8歳の頃ですね。やっぱり塚本邦雄さん の本を読んで、ちょっとやりたくなったってことがあるのかもしれません。

――フラワーしげる名で『ビッドとデシベル』という歌集も出されていますが、こちらの名前を名乗りはじめたのはいつですか。

西崎:それは5~6年前ですね。『短歌研究』に応募するので、ペンネームをつけようと思って。奥さんがつけてくれたようです。英語と日本語の組み合わせで、ちょっと気持ち悪い感じがいいんじゃないかって話をしていて。みんな名前をカタカナにするので、名字をカタカナにしようって。どういう意味があるのか分からないけれど。そもそもフラワーが名字かどうかも分からないんだけれど。短歌ではストレンジ・フィクションに呼応するようなことをやったりしています。短歌は世界文学になって欲しいです。

» その6「小説の執筆、広がる活動」へ