第174回:彩瀬まるさん

作家の読書道 第174回:彩瀬まるさん

2010年に「女による女のためのR‐18文学賞」読者賞を受賞、2013年に長篇小説『あのひとは蜘蛛を潰せない』で単行本デビューを果たした彩瀬まるさん。確かな筆致や心の機微をすくいとる作品世界が高く評価される一方、被災体験をつづった貴重なノンフィクション『暗い夜、星を数えて 3・11被災鉄道からの脱出』も話題に。海外で幼少期を過ごし、中2から壮大なファンタジーを書いていたという彼女の読書遍歴は?

その3「母性・父性を疑う小説」 (3/7)

  • はてしない物語 (エンデの傑作ファンタジー)
  • 『はてしない物語 (エンデの傑作ファンタジー)』
    ミヒャエル・エンデ
    岩波書店
    3,089円(税込)
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  • テレヴィジョン・シティ (河出文庫)
  • 『テレヴィジョン・シティ (河出文庫)』
    長野 まゆみ
    河出書房新社
    1,404円(税込)
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  • ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)
  • 『ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)』
    村上 春樹
    新潮社
    680円(税込)
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  • 占星術殺人事件 改訂完全版 (講談社文庫)
  • 『占星術殺人事件 改訂完全版 (講談社文庫)』
    島田 荘司
    講談社
    905円(税込)
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  • 三人の悪党―きんぴか〈1〉 (光文社文庫)
  • 『三人の悪党―きんぴか〈1〉 (光文社文庫)』
    浅田 次郎
    光文社
    576円(税込)
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  • モモ (岩波少年文庫(127))
  • 『モモ (岩波少年文庫(127))』
    ミヒャエル・エンデ
    岩波書店
    864円(税込)
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――ファンタジーが苦手なわけではないですよね。ご自身でも書いていたわけだし。

彩瀬:はい。みんなが一回通る道ですけれど、私も中学校の後半でミヒャエル・エンデの『はてしない物語』を読みました。これもやっぱりもらった本で、3日ぐらい読み続けて読破しました。面白かったですね。あんなに複雑な世界の複雑な話なのに、よく読み切らせますよね。しかも止まらせないですよね、絶対に。
でもやっぱり、それもキャラクターが可愛くないからだと思います。出てくるキャラクターも世界も主人公に対して優しくないし、浸っていて心地よいというよりも、とにかく歩き切らないと落ち着かないみたいな気分で読んでいた気がします。物語の後半って主人公のバスチアンがひとつひとついろんな記憶や思い出をはく奪されて彷徨うという、可哀相な感じになっていきますが、そのときに身体に果物などをつけたアイゥオーラおばさんというキャラクターが母親のように迎えてくれるんですよね。「お腹がすいたらこの実を食べなさい」といって、家にかくまってくれる。バスチアンはそのおばさんのことが大好きになってずっとここにいたいと思うようになる。
それで、その水を飲めば人を愛することができるようになり元の世界に帰れる、という生命の泉を探す途中だったバスチアンが「あなたはその泉の水を飲んだんでしょう。あなたが僕にくれるものが愛でしょう」と訊いたら、おばさんが「違う」って言うんですよね。「私は自分がたくさん持っているものを差し出せる誰かが必要なだけなの」って。衝撃的でした。誰か、はバスチアンじゃなくてもいい、そしてこの行為はおばさん側の都合なんだと。私がそれまで固定観念で持っていた愛というのは、おばさんのように人に優しくすることだったのに、それは愛じゃないんだと言われ、自分の世界に不安な、だけど大切なひびが入るのを感じました。

――ほかに中学生時代やその後に読んだ本といいますと。

彩瀬:中高一貫だったんですけれど、図書室に長野まゆみさんと村山由佳さんと中山可穂さんがあって、やっぱり印象に残りました。長野まゆみさんは特に『テレヴィジョン・シティ』。長篇のファンタジーですよね。パパやママのいる地球にいつか行きたいと思っている男の子たちが宇宙空間で生活している。手紙だけが地球から届くっていう話で。でも、どうやらそのパパとママっていうのはこのコミュニティが設定したもので、本当のパパとママはいない。"僕たち"がどれだけ地球に帰ろうと思っても、帰る地球は存在しないんです。とても閉塞感のある話です。そのパパやママが架空のものだというのを面白く感じたのを憶えています。こうやって読書遍歴を振り返ってみると、自分は母性や父性を疑っている節がありますよね。
中山可穂さんは『猫背の王子』から始まる王寺ミチルのシリーズ。中学1年生で『猫背の王子』が手に取れる環境にあったんですよね。女性同士の恋愛の話で、結構性描写がきつくてびっくりしたんですけれど、でも表現がきれいだから読んでいました。
村山由佳さんは『翼』。日本人の女性が子どものいるネイティブアメリカンの男性と結婚するけれど、その相手が亡くなって...という話なんですが、この主人公も息子を愛する母親の面を持ちつつ、女性性を強く押し出していてインパクトがあったのを憶えています。

――やっぱりそこにも母性というテーマが。

彩瀬:母性を疑ってかかってますよね。特に家族間になにかあったというわけではなく、自分が最も多く接している親っていう人たちも、なにかの役割をまっとうしているんだなっていうことを感じていたんだと思います。その人個人の人格はもしかしたら他にもあるのかもしれないって薄々感じる時期だったので、本を読んで「あ、やっぱりそうなのか」って。親との問題があったというより、周囲の役割だったり実際の人格との乖離だったりが気になっていました。

――部活は何かやっていましたか。

彩瀬:中学は美術部で、高校ではしばらくバスケ部も兼部しいました。もともと休み時間にバスケをやっていたんで、体育祭の時に「入らない」って誘われて。中高一貫ですが高校になるとラクロス部やチアリーディング部など華やかな部活が増えるので、固めの球技の部員がごそっと抜けてそっちに流れたんです。それでバスケ部の子たちも「部員を集めねば」と思ったみたいで、体育祭の時に楽しそうにバスケをやってる私に声をかけたようです。ただ、16歳で母親が亡くなって、そこから受験がどんどん視野に入ってきて、家のことをやりながら部活もやって受験勉強もやってというのは、母を亡くして心も弱っていたしで、大変だったので1年くらいでバスケ部はやめました。

――お母さん、ご病気だったのですか。

彩瀬:癌でした。アフリカに行くちょっと前に発症が分かって、手術して渡航したんですけれど、アメリカに住んでいる時に再発が確認されて、アメリカの病院でも治療をしていました。4度目の再発で亡くなりました。
高校の頃は、村上春樹さんが多かったです。中学生の時は『ねじまき鳥クロニクル』を手に取っても意味不明でしたが、高校生になってなんとなく読めるかな、という雰囲気になってきて。男性作家の分厚い本をよく読みました。島田荘司さんとか。

――『占星術殺人事件』とか?

彩瀬:そうです。描写が結構怖いんですよね。だからミステリー小説としてミステリーを理解しつつ読んでいるというよりも、ホラー小説としてホラーを読んでいるような感じでした。浅田次郎さんも無茶苦茶読んでいましたね。『蒼穹の昴』とか。たぶん、高校時代に一番読んだのは浅田さんじゃないかな。『きんぴか』から最新刊まで全部読んでいました、確か。『蒼穹の昴』は中国の清が舞台ですけれど、分かりやすいんですよね。貧乏な少年が宦官になることで活路を得て生き延びていく。「お前は皇帝のお宝のすべてを手にすることになる」っていう予言に導かれて生きていく話なんですけれど、冒険もの、胸の躍るものとして読んでいた側面もあるし、だんだん複数の大人がそれぞれの思惑で動くという複雑な政治的な要素も出てきて、その複雑さが楽しくなっていって。愛情にまつわるテーマに圧倒されたりもしました。

――探偵もののミステリーから中国が舞台の歴史小説まで、幅広いですね。

彩瀬:たぶん、父親が読んでいたからです。小さい頃は母親が読書の方向をつけてくれて、途中からだんだん父親の読書の好みに飲み込まれていきました。沢木耕太郎さんのエッセイも父の影響で読んでいました。

――それにしてもストーリーを簡潔に的確に話されますよね。読書日記などはつけていましたか。

彩瀬:え、そうですか?(笑) 日記はつけてないです。昔はやっぱり、細部ばかり憶えていたんです。自分がショックを受けたところばかり。『ねじまき鳥クロニクル』も奥さんを悪いものから取り戻そうという話ですけれど、人間が生きたまま皮膚を林檎みたいに剥かれたり、激しい暴力の描写があったりと、 結構刺激が強いんです。結構グロいところがあるじゃないですか。そのなかで印象に残っているのは、主人公が奥さんを取り戻しにホテルに紛れ込んだ時、口笛を吹いているボーイの足音で「ボーイがあっちに行ったということは、彼についていけばあの部屋に行ける」と思って、ボーイを心のしるべにしていたのに、物語の後半でまたそのホテルを訪れた時に、味方である人物に「ボーイはどこに行ったんだ」と訊いたら「このホテルにボーイはいません。口笛を吹くのも吹かないのも」って言われる。すっごい怖かった。高校の時に「怖っ」って思ったのを特に憶えています。たぶん、そういう残酷なもの、凄みのあるものが、「今、自分が見ているものがすべてではないんだ」と疑う姿勢を作ってくれたのだと思います。

――中高生の時に読んだものを今こうやってすぐ簡潔に説明できるのって、よく憶えているなって思います(笑)。

彩瀬:でも他の箇所はおぼろだったりしますよ(笑)。それに自分がショックを受けた部分でも、補正がかかっているかもしれないので、細部の説明が違う可能性はあります。高校生時代は他には、ライトノベルだとグループSNEに所属のゲームデザイナーの友野詳さんという人が男子向けのコミカルなファンタジーものをたくさん出していて、よく読みました。当時の男子向けのライトノベルは女の子がプリプリに可愛かったりエロかったり、女性を性的に消費する物語が多かったんです。そういうのはやっぱり抵抗があって読めなかったけれど、友野さんの小説は女性を貶めていなくて、安心して読んでいました。

――読む小説は国内ものが多かったようですね。

彩瀬:この頃は国内作家が多かったかな。ミヒャエル・エンデは相変わらずちょこちょこ読んでいました。『モモ』とか『鏡の中の鏡』とか。あとは、この頃は海外では児童虐待ものが多かったんですよね。トリイ・ヘイデンとかの本が図書室にもあって手には取りましたが、あまり響かずに戻した記憶があります。

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