第174回:彩瀬まるさん

作家の読書道 第174回:彩瀬まるさん

2010年に「女による女のためのR‐18文学賞」読者賞を受賞、2013年に長篇小説『あのひとは蜘蛛を潰せない』で単行本デビューを果たした彩瀬まるさん。確かな筆致や心の機微をすくいとる作品世界が高く評価される一方、被災体験をつづった貴重なノンフィクション『暗い夜、星を数えて 3・11被災鉄道からの脱出』も話題に。海外で幼少期を過ごし、中2から壮大なファンタジーを書いていたという彼女の読書遍歴は?

その7「最新刊『やがて海へと届く』と今後の刊行予定」 (7/7)

――一日のサイクルはいかがですか。執筆の時間と読書の時間と。

彩瀬:月のなかで読書が増える時期と執筆が増える時期がだいぶ違うんです。私の場合、だいたい月末に締め切りがあるので、月の前半がこういう取材だったり打ち合わせだったり本を読んだりだったり、執筆以外のことをするようにしていて、だいたい月の真ん中を過ぎたら執筆のほうに切り替わっていくんです。たまに真ん中に締め切りが入ってくることがあって、「おう」ってなるんですけれど(笑)。

――気持ちの切り替えができるんですね。四六時中小説のことを考えていたりするわけではない、と。

彩瀬:結構書いている小説を忘れてしまいます。長篇を書いている時はある一定のところまで来たら編集さんに渡して、その間に短篇の仕事をして、編集さんのチェックが戻ってきてまた長篇の仕事を続ける、という感じなんですが、その都度切り替わっていますね。結構書いている時と書いていない時で頭の中がガラッと変わっている感じです。

――さて、新作の『やがて海へと届く』は、震災の前日に出かけて、そのまま行方不明になった親友、すみれの死を受け入れられずに3年を過ごしてきた真奈という女性が主人公。大切な人の理不尽な死を体験した後で、残された者はどうやって生きていくのかというテーマと向き合った一冊です。

彩瀬:そもそもは震災で感じたことを何か入れてくれれば、くらいの依頼だったんですけれど、考えているうちにこれはがっつり震災に向き合うべきだと思うようになりました。だから、もともとどうしても震災の話が書きたかったというわけではないんです。書いてるうちに、中途半端に震災の話を入れるほうが難しいと感じるようになったんです。
私にとって2つめの長篇で、やっぱり書き慣れていないのでどうなるかという不安も大きかったんですけれど、結果的に自分が思っていたのとは違う形になったというか。すみれのラストシーンもはじめは全然浮かんでこなかったんですけれど、最終的にはああなりました。自分が想定していないところにたどり着けたという意味で、とても面白かったです。

――今すみれのラストシーン、とおっしゃいましたが、この小説は喪失と向き合う真奈と、被災して死者となって彷徨っているすみれが交互に登場します。最初は彷徨っている女性がすみれだと分からないので、今言ったことはネタバレですが、でもこの本を取り上げた書評はだいたいそこに触れてましたね。まあ、先に分かったからといって作品の良し悪しの判断が変わる内容ではありませんが。

彩瀬:刊行当時は伏せておいたほうがいいかなと編集者と話していたんですけれど、他の方から、視点人物の一人が死者であるのはこの小説のポイントでもあるのでもっと言ったほうがいいというアドバイスをもらったりしたんです。ミステリーのようにネタバレが致命的な要素を持つものでもないし、それを知ったからといって読み味が失われるタイプのものではないから、って。なるほどなあと思いました。読者のなかには、彷徨っているのは本当に死者となったすみれ本人だと思う人と、真奈の空想の中のすみれだと思っている人がいます。どちらだと思うかによって、全然読み味が変わってきますよね。作者の私が本当はこっちです、などと明言しないほうがいいのかなと思っています。

――さて、今後の刊行予定を教えてください。

彩瀬:9月に新潮社から短篇集が出ます。「小説新潮」に載せてもらった短篇が結構たまってきていて、わりとトーンも揃っていたので。ちょっとホラーチックな幻想小説集になります。死んだ人やこれから死ぬ人や、死者にまとわりつかれて生きている人など、生死の境をうろうろする人が多いです。年明けくらいには徳間書店の「読楽」に書かせてもらっていた連作短篇をまとめて本にします。真夜中の掲示板に書き込んだり閲覧していたりしている人たちの連作です。10月には『神様のケーキを頬ばるまで』、年明けには『骨を彩る』の文庫を出せたら、という方向になっています。

(了)