第186回:澤村伊智さん

作家の読書道 第186回:澤村伊智さん

日本ホラー小説大賞を受賞したデビュー作『ぼぎわんが、来る』(「ぼぎわん」を改題)が話題を集め、その後の作品も評判を呼んで日本ホラー小説界期待の新星として熱く注目されている澤村伊智さん。実は幼少の頃から筋金入りの読書家です。愛読してきたレーベル、作品、作家について、がっつりお話くださいました。読み応え満点!

その4「読み返している児童文学」 (4/9)

――その頃自分もお話を空想したり書いたりしていましたか。

澤村:いや、全然、全然。そういうのは。全然。読むのが好きでしたね。学校の作文も全然、全然。苦手でした、むしろ。読書感想文も、課題図書とか何も面白くなくて(笑)。当時は先生が勧めてくる本とかには興味がなかったんです。でも、国語の教科書は貰ったその日に全部読むって子どもでしたね。それで気に入った話もあって、後になって調べたら小川未明でした。「野ばら」だったかな。

――読書日記みたいのは付けてたんですか。

澤村:いや、付けてればよかったんですけど、付けてないんですよね。本当に残念です。

――でも本当にちゃんと覚えていらっしゃいますよね。レーベルで読んでたっていうのは大きいと思うんですけど。

澤村:多分、図書館に行った時の衝撃がでかかったんだと思います。「こんなにいっぱい本がある」っていう。ただひたすらそれが楽しかったんだと思います。それを端から順番にずらっと並んでるのを読むのが楽しかったって感じで。でも内容は残念ながら、そんな覚えてないんですよね。『宇宙戦争』とか、有名なやつ以外は。本当に読むのが好きで、朝4時とかに起きて読んだりして。まあ、寝るのも早かったですけど。

――へええ。

澤村:ただ、ここで話が飛ぶんですが、異物のように自分の人生に入り込んできた本が1冊だけあって。多分、小1か小2の時に母親が、僕が風邪で寝込んでる時に買ってきた本です(と、取り出す)。これは買い直した本なので現物ではないですけど、フォア文庫から出ている安房直子さんの『まほうをかけられた舌』。これは気が付いたら読み返しているというか。なぜかなと思っていて、大人になって気づいたんですけれど、これ、半分ぐらい、モノづくりと商売の兼ね合いという大人向けのテーマをシビアに扱っていて。要するに、クリエイティビティと金のバランスを取りましょうよって話なんです。

――タイトルから予想もつかない。

澤村:本当、そんな話ばっかりなんですよ。母はたぶん、タイトルだけで買ったんだと思います。たとえば、老舗のレストランの2代目が全然うまくいかずにいる時に、どんな料理でも一口食べたら一発で食材と料理法が分かるような舌を魔法で手に入れるんです。でも根が馬鹿なので、亡くなった父親の味を受け継ごうともせずに、近所の流行りの店に行って、片っ端から流行りものをパクってくるっていう。「パクリは駄目なんじゃないの」っていう話です(笑)。傘の修繕屋さんの話なんかは、たまたま女の子のために作ってあげた青い傘がめっちゃ流行っちゃって、ブームの担い手みたいになっちゃって調子に乗っちゃうって話です。で、ブームが終わったらさっぱり仕事もなくなっちゃって、修繕の仕事も来なくなっちゃったみたいな。「ああ、俺は何無駄なことしてしまったんだろう」みたいな感じですね。かと思えば帽子屋さんの話では、アーティスト気取りで客が見向きもしない帽子ばかりを作ってテナント代がなくなって大変になるっていう。

――これを読み返しているから堅実な仕事を心掛けるようになっているとか?(笑)。

澤村:はい、クリエイティビティと商売のバランスを取ろうと頑張ってますよ(笑)。いや、本当にこれ読んでたらそう思いますよ。流行りや客に迎合しちゃいけないし、かといって、アーティスト気取りで客の顔を見ずに作ってもいけないしって気持ちになるんですよ。パクってもいけないし。職業倫理は鍛えられたかもしれないです(笑)。そうですね、これは上京するときのバタバタで無くしちゃったけれど、その後に買い直すぐらいには心に残っていて。単純に本のジャンルの好き嫌いとか全然関係なしに自分の人生に影響を与えている本ではないかと自己分析しておりますが。

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