第186回:澤村伊智さん

作家の読書道 第186回:澤村伊智さん

日本ホラー小説大賞を受賞したデビュー作『ぼぎわんが、来る』(「ぼぎわん」を改題)が話題を集め、その後の作品も評判を呼んで日本ホラー小説界期待の新星として熱く注目されている澤村伊智さん。実は幼少の頃から筋金入りの読書家です。愛読してきたレーベル、作品、作家について、がっつりお話くださいました。読み応え満点!

その6「"カルチャー"に目覚める」 (6/9)

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――小さい頃はレーベル読みだったのが、割と作家読みに移行していますね。

澤村:そうですね。小説以外だと当時めちゃくちゃはまってたのが、宝島社から出ていた『VOW』。サブカルチャーっていうものに初めて触れました。本屋に行く度にそういうコーナーに行ってパラパラめくって、本屋で大笑いしてしまって友達につまみ出される。それを何回もやってしまっていました。これも鬱屈している人間にとっては清涼剤でしたね。「あ、世の中こんな適当でいいんだ」っていうか。

――そういう、ちょっと街にある面白いものとかを紹介するような、そんな本でしたっけ、『VOW』って。

澤村:そうです、そうです。新聞は誤植だらけだし、立て看板は適当で勢い任せだし、どうかしている商品とかもあるし。本当に悩み事とかどうでもよくなってきますよね。今は多分、SNSで全部完結しちゃうんで紙媒体は主戦場ではなくなってる気がしますが、当時はここしか無かった。総本部長という名前の人が出てきて写真にコメントしているんですけれど、たぶんここではじめて、本の裏側に作者以外の人がいるということがなんとなく見えてきたように思います。それまで小説ばかり読んでたので、著者以外の人の存在はあんまり分かっていなかったんですね。だから『VOW』を読んで、「あ、投稿者という人がいて、選考の人がいて、それにコメントを付ける総本部長がいるんだ」と。まあ、総本部長というのは編集長のことなんですけれど。

――ちなみに、そんなに鬱屈されてたんですか。

澤村:いや、普通だと思います。人並みに鬱屈してました。どうということもないです。ああでも、大したことないと思うんですけど、分かりやすいところで言うと、高校が、男子が7人で女子が32人っていうだいぶ偏ったクラスだったんです。しかも3年間クラス替え無しっていう。一般入試とは別枠の入試で入ったんで、そこで必要以上に構えてしまって、全然女子とお話しすることができなくなってしまったんです。クラスの男女何人かで遊びに行く時も参加させてもらうんですけれど、そこでも喋れず。女の子に話を振るときは、横にいる男子に話しかけて、女子に「ああ、私にも言ってるんだな」って気を遣わせるっていう奴でした。暗黒の青春期を送ってました(笑)。だから、卒業してから何回かプチ同窓会的なものに行ったんですけど、同級生の女子にはびっくりされますよね。「喋れるんだ」っていうだけで。

――作家になったことをびっくりされるんじゃなくて(笑)。

澤村:はい、そこではなく「喋れるんだ」ってところに(笑)。犬が喋ったみたいなリアクションされます。高校3年間はそんな感じでしたね。

――大学に進学されてからはどうだったんですか。

澤村:わりと普通に戻りましたよ。ラクロスのサークルに入って、そこで普通に喋ってましたね。一応、運動ばっかりやっていました。運動が格別好きかって言われるとそうでもないんですけど、体力つけておこうとか、集団にコミットしようみたいなことがあったと思うんですけど。

――そんな大学時代の読書生活はいかがだったんでしょうか。

澤村:高校の終わりぐらいからだったんですけど、海外のサイコスリラーとかサイコサスペンスの本を読み出すんですよね。覚えてるのがデイヴィッド・リンジーとかジョナサン・ケラーマンとか、まあ、その筋では有名な作家です。作品名でいえば何かな。リンジーだったら『噛みついた女』とか。これは狂犬病ウィルスを売春婦に投与して街をパニックに陥れる人がいたという話で。ジョナサン・ケラーマンは『大きな枝が折れる時』だったかな。精神科医の男の人が主人公の話です。宝塚市立図書館がどうもやたらサイコスリラーが充実していて、それで完全に洗脳されました。その流れの中で『羊たちの沈黙』も読みました。当時まだ映画を見る習慣が無かったので、原作が先でした。その流れで「セブン」のノベライズとかも読んでたのかな。
大学時代に、世の中には図書館には置いてない本が存在するらしいって、やっと気づくんですね(笑)。だいぶ遅いんですけど。図書館には『このミステリーがすごい!』みたいなムックもいっぱい置いてあったんですけど、それで紹介されてる本が図書館に置いてないんです。しかも、昔の本だったりするので新刊書店にも置いていないんです。それで新古書店という存在を知り、ちょっと古いサイコスリラーなどを漁ったら、マイケル・スレイドの一連の作品に出会って。これもまた東京創元社なんですけれど、『グール』と『ヘッドハンター』と『カットスロート』を、原付で行ける範囲の古本屋を巡って全部手に入れて、「面白れえ」と思いながら読みました。

―――好みがブレないですよねえ。

澤村:いや、そんなことないですよ。僕、サイコスリラー行った時点で、だいぶ浮気してるなって思ってますから(笑)。しかもマイケル・スレイドって一番キワモノというか、血はいっぱい出るし、アンダーグラウンドカルチャーの分かり易い表現がいっぱいあるので。何か、頭のおかしい登場人物は全員メタル聞いてるんですよね。そういう分かり易いところで作っている作品なんですけど、滅茶苦茶面白かった。それと同時に、大学入ってすぐに、町の本屋でアルバイト始めるんですが、そこで見たことも無いような本に出会ってしまって。ちょうど「映画秘宝」が出始めた頃だったんですよ。こんな訳の分からない本を(取り出す)。

――『あなたの知らない怪獣マル秘大百科』、これを映画秘宝編集部が出しているんですね。......あ、執筆陣がすごいですね。中原昌也さんや大森望さん、堺三保さんや柳下毅一郎さん。

澤村:そうです。仕切っているのが町山智浩さんですからね。「エイリアン」を取り上げるにしても没脚本の話とかしてるんです。B級C級の内容です。これに滅茶苦茶背衝撃を受けました。「世の中にはこんな世界があるのか」って。宝塚の山奥の田舎に住んでいて、しかもアンテナも基本的に全然張ってないような人間で、高校時代のカルチャーの入り口が『VOW』と、深夜番組と、たまに行くアメリカ村ぐらいで、大学になって初めてこんな訳の分からない本に出会い、すごい衝撃を受けたんです。どう見ても扱ってる映画だったりテレビだったりが、そのものは本当につまらないんだろうなって分かるんですよ(笑)。でも、書いてる文章が面白いっていうことに気づくんですよね。書き手がいて、こういうコンセプトの本をやると提案する人がいて、本を作る人がいてっていう、その「中の人」っていうんですかね、そういうものを初めて知った感じですかね。遅いんですけれど、本というものの理解がまたちょっと深まった感じがしました。中野貴雄さんっていう、後に大出世してウルトラマンのシリーズ構成とかやる人がいるんですけれど、その人の文章が面白えなあと思ったりして。こういうのを紹介したり、面白く書いたり、批評したりする人がいるという状況にやっと気づきました。
そこからこの関連書籍を買い漁りました。しかもその頃、お金と時間に余裕ができて、映画をいっぱい見るようになるんですよね。まあ、大体レンタルですけどね。当時はまだVHSでした。そのあたりでホラーの古典は大体見たのかな。「悪魔のいけにえ」とか。「エルム街の悪夢」「13日の金曜日」もちゃんと通してみたのはこの頃だったと思います。子どもの頃はやっぱり見せてもらえなかったし、たまたま許可を得てテレビ放送を見たとしても、「6」とか「4」とか途中の作品だったので、副題で「ジェイソンは生きていた」と言われても、「へえ、それまで死んでいたのか」っていう(笑)。そうやってホラー映画を大学の時に見て、小学校の時見てた「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」でたまにホラー回をやってたのが、やっと理解できたというか。

――え、どういう意味ですか。ホラーをやる回があったんですか。

澤村:あの番組、わりと流行りの映画のパロディをやっていて、「エクソシスト」「オーメン」「チャイルドプレイ」「エルム街」などをやっていました。多分構成作家にガチなホラー好きがいたと思うんですけど、そのホラー愛的なものに、大学に入ってからやっと気づいたんです。大学入ったあと、もうひとつあるとしたら、京極夏彦さんの一連のシリーズを読んで、生まれて初めて本を読んで腰を抜かすという体験をしました。

――『姑獲鳥の夏』に始まる百鬼夜行シリーズを。

澤村:そうです、『姑獲鳥の夏』から順番に。よく、風呂に入って読んでたら読み終わる頃には完全に水になってました。ガタガタとか震えながら読んでましたよ。出ればいいのに(笑)。変なことやってましたね。大学生時代は映画と小説と京極先生。そんな感じですね。多分、それがでかかったと思います。

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