第186回:澤村伊智さん

作家の読書道 第186回:澤村伊智さん

日本ホラー小説大賞を受賞したデビュー作『ぼぎわんが、来る』(「ぼぎわん」を改題)が話題を集め、その後の作品も評判を呼んで日本ホラー小説界期待の新星として熱く注目されている澤村伊智さん。実は幼少の頃から筋金入りの読書家です。愛読してきたレーベル、作品、作家について、がっつりお話くださいました。読み応え満点!

その7「上京&アメコミとの出会い」 (7/9)

  • 新耳袋―現代百物語〈第1夜〉 (角川文庫)
  • 『新耳袋―現代百物語〈第1夜〉 (角川文庫)』
    木原 浩勝,中山 市朗
    角川書店
    637円(税込)
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  • バットマン:キリングジョーク 完全版 (ShoPro books)
  • 『バットマン:キリングジョーク 完全版 (ShoPro books)』
    アラン・ムーア(作),ブライアン・ボランド(画)
    小学館集英社プロダクション
    1,700円(税込)
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  • リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン
  • 『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』
    アラン・ムーア
    ヴィレッジブックス
    3,240円(税込)
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――自分の趣味志向がはっきりしているなかで、将来どうしたいと思っていましたか。

澤村:「映画秘宝」に出会ったのが大きいと思うんですけど、そういうのを作りたいなって思ったんですよ。だから就職活動では出版社と書店と、あと映画関係も受けたのかな。それが就職決まらないまま卒業しちゃって、困ったなと思ってとりあえず上京して。僕、大学5年いたんですけど、4年で卒業した友人が先に東京に行ってたんで、頼ったわけではないんですけど友人のツテな感じで上京して、アルバイトでとある中小出版社に潜り込むんですよね。卒業した年の8月とかだったのかな。だから、4カ月、完全にニートな期間がありました。
そこから社会人生活が始まるわけですが、最初はやっぱり、知らない東京で、勢いで入ったもののよく分かっていない雑誌の仕事をし、先輩みんな怖いし(笑)、人生で会ったことない人たちばかりで。最初の2年ぐらいは、読書といえばその出版社が出してる本や雑誌、その競合誌に目を通すのが精いっぱいで、一応、グレッグ・イーガンの短編を読んでいた記憶があるんですけど、それ以外はほとんど記憶にないですね。
2年ちょっと過ぎたあたりから若干精神的に余裕が出てきました。編集部の体制が変わって、僕ともう1人で1冊作るみたいな状況になったことがあったんですね。予算管理は編集長がやるけど、それ以外実務は全部2人でやるっていう。先輩は契約社員、僕は当時バイトで、大変ではあったけれど、逆に解放された感じもしたんですよね。先輩の下で怒られながら作らなくてもいいんだ、という。それで「ああ、今日泊まりかな」ってなった時には近くの本屋で自分の趣味の本を買って、会社で寝っ転がって読んだりするようになったんです。

――久々にどういうあたりの本をお読みになったんでしょうね。

澤村:最初は「映画秘宝」関係で名前を知った平山夢明さんの本を。平山さん、映画関係だと完全に正気の沙汰とは思えない文章を書いてる人なんですけど、どうも怪談や小説を書く人らしいぞと思って探してみたんです。実話怪談の『「超」怖い話』とか『怖い本』を買い集めました。一篇がすごく短いので、読書のリハビリにはちょうどいいというか。そこから忙しくて読む気の無かった『新耳袋』とかも改めて読んでみたりして、怖い話に戻っていく感じですかね。そのなかで殊能将之先生の本とかを読むようになって。
殊能先生といえば、社会人生活が辛かった頃に海外SF短編のアンソロジー『この不思議な地球で』を読んだんですけれど、この中で一番好きなのが、「きみの話をしてくれないか」っていうネクロフィリアの話なんですね。この訳者の北沢克彦さんっていう人が、後の殊能将之さんなんですよ。当時まだ殊能将之を名乗ってなかったし、小説も書いてなかったはずなんですけど。この北沢さん、全然プロフィールも書いていないしどんな人なんだろうと思っていたら、後になってたまたま、まさかの殊能先生だと知って。自分が一番好きだった短篇を訳した人だと分かって「マジか」となったのは覚えています。運命を感じました。亡くなった後ですね、知ったの。辛かった時期に読んでた本ってことで、余計に記憶に残ってますね。

――それは「マジか」となりますよね。それにしてもお仕事、最初は相当大変だったんですね。

澤村:3年目ぐらいになって仕事が楽しくなったというか。その頃に、比較的リアルに覚えてるんですけど、会社に泊まって朝まで仕事して、寝て起きて飯食いに行くかっていう時に近くの本屋に行ったんです。どうやら系列店の、アメコミを原書で売ってる店が潰れたらしくて、大量に原書が流れ込んでたんですね。ちょうどぼちぼちアメコミ読むようになっていて、『バットマン:キリング・ジョーク』だったかを読んでアラン・ムーア面白いなって思ったところ、大量に流れ込んできた中に『ウォッチメン』の原書があったんです。「ああ、これは買わなければならない」って思って買って。当時は翻訳版が絶版になっていましたが、まあ、いずれ再販されるだろうなって思ったら、再版されなさそうだって話になっていたんです。それで原書を頑張って読んだりしてました。

――アラン・ムーアは『映画秘宝』の流れで知っていたということですか。

澤村:そうですね。あと、大学時代に『スポーン』ってアメコミが流行ったんですよ。アラン・ムーアは『スポーン』も書いていて、当時のアメコミって日本の人たちに教えるために巻末にアメコミニュースみたいものが載ってたんです。それでアラン・ムーアっていうすごい人がいるんだぜ、みたいなことが書かれてあってそれで最初に買ったのが『バットマン:キリング・ジョーク』っていう。ジャイブが出している翻訳です。これがめっちゃ面白いんです。お話は単純ですけど、語り口が滅茶苦茶面白くて、はまっちゃいましたね。それで、翻訳書も原書もいろいろ買うようになりました(と、ムーア本をいろいろ取り出す)。『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』は元々ジャイブから出たんですけど、ヴィレッジブックスから再版されていますが、これはジャイブ版。アラン・ムーアの描いた『スポーン』の1冊もあります。そして「アラン・ムーア最高」って完全に心酔した原書が『ウォッチメン』です。映画化がまたポシャって翻訳版の再版が絶望的になったんで、原書を読むしかないなって思って頑張って読んだっていう。別に英語も読めないのに頑張って読みましたよ。会社に泊まって。

――コミックですが結構文字数が多いですよね。

澤村:それでも、僕の拙い英語でも「すごい」というのは分かりました。滅茶苦茶面白いのは分かる。頑張って読んだので自分で翻訳してみようと思ったんですけれど難しくて、ギャグなんかどうやって訳せばいいんだろうと思って、半分で断念しました。

――何がそこまで心酔させたんですか。

澤村:語り口が滅茶苦茶面白いことですかね。テクニカルで面白いってところがあって。『ウォッチメン』でいうと「過去・現在・未来を同時に知覚する超人のモノローグ」なんて神がかってます。あと、『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』は、喩えるなら19世紀末を舞台にジャスティスリーグをやっているんです。僕が小学生の頃に読んでた古典名作のキャラクターが再登場するんですよ。だから嬉しかったっていうのもありますね。これの2作目なんか、火星から始まるんですけど、ジョン・カーターが出てきますからね。先ほど小さい頃の時の話で挙げた『火星の王女』の主人公です。しかも『宇宙戦争』のタコ型宇宙人や侵略兵器のトライポッドが出てきて、血沸き肉躍るとはこのことかって思うぐらいでした。
全体について言うとやっぱり「お話が滅茶苦茶うまい」って感じですかね。向こうのアメコミのニュースとか見てると、アラン・ムーアはマニアック過ぎて編集者が校正できないっていう話もあるぐらいです。持ってくるネタのチョイスがマニアック。

――校閲が正誤を調べ切れないってことですね。

澤村:もう、本人に聞くしかないという。本人に校正・校閲を訊いても意味が無いという(笑)。アラン・ムーアの本を読んだ体験は大きかったです。そうそう、『フロム・ヘル』も読みました。これもグラフィック・ノベルですが、何がエポックかというと、みすず書房から出したっていうのが。切り裂きジャックがモチーフで19世紀の人物というか関係者ほぼ全員出てくる。エレファント・マンとかも出てきます。それと下巻の巻末のエッセイ漫画がアンチミステリっぽくて滅茶苦茶面白いです。「現実の事件をミステリ的に解き明かそうとする試みが、どれほど馬鹿げているか」という話を自虐も交えて語っています。

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