第197回:小野寺史宜さん

作家の読書道 第197回:小野寺史宜さん

2006年に短篇「裏へ走り蹴り込め」でオール讀物新人賞、2008年に『ROCKER』でポプラ社小説大賞優秀賞を受賞してデビューした小野寺史宜さん。「みつばの郵便屋さん」シリーズなどで人気を得、今年は孤独な青年と人々とのつながりを描く『ひと』が話題となった小野寺さん、実は小学生の頃から作家になることを意識していたのだとか。その背景には、どんな読書遍歴があったのでしょう?

その6「好きな現代作家、新作について」 (6/6)

  • (P[お]2-1)ROCKER (ポプラ文庫ピュアフル)
  • 『(P[お]2-1)ROCKER (ポプラ文庫ピュアフル)』
    小野寺 史宜
    ポプラ社
    682円(税込)
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――読書生活は変わりましたか。

小野寺:図書館に行って、吟味せずに一度に10冊くらい借りてきて、いろんなものを読んでいました。今どんなものが読まれているのかとか、どんなものが好まれているのかくらいは知っておいたほうがいいと思いました。だからそこまで入れ込んで読むわけではないですけれど、やっぱり面白いものがあれば自分の中に残っていくじゃないですか。そういう感じで、距離を取りつつ読むようになりました。ラニアンとかコルタサルとかを何度も繰り返して読む以外のこともしようという感じで。

――その中で、「わ、これは好きだな」と思ったものはありましたか。

小野寺:堀江敏幸さんの『雪沼とその周辺』は、それこそ架空の街の話で、僕の趣味と合って面白かったですね。『未見坂』も。堀江さんとか、池澤夏樹さんとか、保坂和志さんとか、絲山秋子さんとかも読みましたね。
でもこうして読書遍歴を振り返って分かったんですけれど、何か大作みたいなものよりも、小品のほうが好きなのかなという。自分が書くものも、小品を、大げさにやりたいんですよね。短篇だから小品ということではなくて、長篇でもいいんですけれど、元は小さいものを豊かに膨らませていくものがやりたい。一人称とか街とか。

――一日の過ごし方は。

小野寺:朝の4時に起きて、バターロール2個を食べてお茶を一杯だけ飲んで、それから5~6時間書いたりします。僕、基本的に1回全部下書きするんですよ。ノートに手書きで400枚分とか。最初はボールペンで書いていて、間違えたら二重線で消して、細かいところは気にせずどんどん書き進めていっていたら、2本に1本はインクが半分残っているのに途中で駄目になっちゃうんです。それで一回、京橋のパイロットのペンステーションミュージアムに行ったときに聞いてみたら、ぼくみたいなやり方をしていると紙粉を巻き込んじゃうらしいですね。だから最近はシャープペンシルにしました。
手書きで書くことを5時間くらいやって、買い物もかねて1時間くらい歩いて、午後は昼寝をして。起きてその日書いた分を2時間くらいかけて推敲して、というペースです。だから書きだすところまでいけば、2か月かからないで400枚書きます。
理想をいえば、大元のアイデアを出してから2年間くらい寝かせたいんですよね。その間にちょこちょこアイデアを足していって肉付けをしたい。逆にお題をもらったほうがやりやすい場合もありますけれど。

――では例えば、話題になった『ひと』はどういう経緯だったのですか。

小野寺:一応、祥伝社の担当さんから「人に何かを譲れる人で、人の鑑になるような人」というご提案があって。

――心優しい青年が肉親を失って孤独になり、実直に生きていくなかで商店街の人たちや友人との触れ合いがあって......という話ですね。

小野寺:提案をいただいた時に、ストックのなかに、一人になっちゃった人というアイデアはあったので、それでいけるかなと思って。東京・江東区の砂町銀座商店街が舞台ですが、ここはもとから興味があったんです。どの電車の駅からも遠いのに、にぎわっている。これは面白い場所だなと前から思っていたので、それがうまいこと自分の中で結びつきました。

――心温まるお話でした。かと思ったら、新作の『夜の側に立つ』は、まったく異なるテイストの話ですね。時系列でなく、異なる年代の主人公周辺のエピソードが交互に現れて、少しずつ全体像が見えてくるという構成も面白い。

小野寺:こうした構成のちょっとした細工というのは、むしろ投稿時代にやっていたものなんです。こういうことばかり考えていたからうまくいかなかったんでしょうね。「まずは普通に書くことが優先でしょ」と思って書き方を変えてずっとやってたんですが、ここにきてまた久々にやりたくなって。それで、一人の人間の一人称で、4つの時代を書くということにしました。彼はそれぞれの時代で3つの悲劇に見舞われますが、そうした悲劇の後でどのように生きていくのか、というのが元ネタとしてありました。

――彼がその後どう生きたのか、そして今どうなっているのか、あるいは今どうしてこうなっているのか、パズルのピースがひとつずつはまっていくように分かっていく作りが面白かったです。

小野寺:時間通りに進むのではなく、3つの出来事を先に読者に知らせたかったんですよね。2回目は時系列で読んでもらうとまた面白いかなと思うんですけれど、最初は、どーんといきたかったんです。今回は街はあまり絡んでいませんが、僕が好きな銀座の街とかは無理やりだしていますね(笑)。

――さきほどのハミダシスト名が「翻る蛭蛙」でしたが、その名前って、主人公たちのバンドがコピーするミュージシャンのアルバム名として出てきますね。

小野寺:そのアルバム『翻る蛭蛙』を作ったミュージシャンの蓮見計作っていうのは、『ROCKER』に出てくるんです。僕はそういう繋がりをいろんな作品でやっているんです。言ってしまうと、「みつばの郵便屋さん」シリーズの最初に、「〇〇さん、××さん、△△さん」って、配達に行く先の人たち、つまりひとつのブロックに住んでいる人たち十数人の名前が出てくるんですけれど、その人たち全員、別の短篇や長篇に出しています。もうすでに全員出し終えています。

――そうだったんですか!

小野寺:僕しか気づいてない。誰か探してくれないかなって思ってるんですけれど。でも最近、「今回のリンクはこれでしたね」と気づいてくれる読者もいて、ありがたいです。今回、『夜の側に立つ』にも、みつば高というのが出てきますね。

――ああ、出てきますね...! ところでタイトルの「夜」には、象徴的な意味がありますね。この題名は最初から決めていたのですか。

小野寺:書いたあとに変えました。もともと考えていたタイトルも、夜を表す言葉だったんです。もともと「夜」というものが好きなんですよね。新潮社からは『ひりつく夜の音』という本を出していますし、今回の本を合わせて、せっかくなら「夜の三部作」を書かせていただけないかなと思っているんですけれど。とにかく、もう1回がっつりと「夜」の話を書きたいとは思っています。

――では、今後のご予定といいますと。

小野寺:「みつばの郵便屋さん」シリーズの新刊が秋に出ます。それと、祥伝社さんで『ひと』の前に書いた『ホケツ!』というのが文庫になります。

(了)