第212回:呉勝浩さん

作家の読書道 第212回:呉勝浩さん

2015年に『道徳の時間』で江戸川乱歩賞を受賞、2018年には『白い衝動』で大藪春彦賞を受賞。そして新作『スワン』が話題となり、ますます注目度が高まる呉勝浩さん。小学生のうちにミステリーの面白さを知り、その後は映画の道を目指した青年が再び読書を始め、小説家を目指した経緯は? 気さくな口調を脳内で再現しながらお読みください。

その3「あの作品で映画に目覚める」 (3/8)

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――中学に入ってからの読書は、『新宿鮫』シリーズや『テロリストのパラソル』以降、いかがでしたか。

:読書はそういうハードボイルド系な方向に趣味が行きました。ただ、それくらいのタイミングで、デヴィッド・フィンチャーの映画の『セブン』をね、劇場で観まして。あれがやっぱり衝撃的でしたね。まあ、人生を変えた作品のひとつだと思います。というのも、そこから僕は「映画やりたい」ってなったんです。「将来はおもちゃ屋さん」とか言っていたのが、「映画の世界に行きたい」となったきっかけが『セブン』だったんです。そこからもう、「将来は芸大に入る」というところまで考えるようになっていきました。

――なにがそこまで衝撃的でしたか。

:まあとにかく映像が格好よかったですよね。当時、あれだけ暗くてジメジメしていて影の濃い絵作りって新鮮で、「わああー」ってなりました。ブラッド・ピットも格好良かったし、モーガン・フリーマンも格好いいし、ゲヴィン・スペイシーも格好いいし。で、わりと残虐な事件が起こって、それもショッキングだった。何よりも最後ね。犯人が思い描いた犯罪の全貌がわっと明らかになるというね。あの構図にはちょっとやられてしまって。『アクロイド殺し』とかで感じた快感がそこにあったんですよね。もうすごいなと思って。
 その後『ファイト・クラブ』を観ても「すげえな」となるんだけれども、ファースト・インパクトは確実に『セブン』です。
 そこから興味が映画にいってしまって、小説はあまり読まなかった時期があります。それこそ国語の教科書に載っていて「面白そうだな」と思ったものをたまに図書室に行って拾い読みするとかくらい。当時でいったら辻仁成さんの『海峡の光』とか。姉の影響でエルキュール・ポアロとかはその頃も読んでいたかな。

――お姉さん、相当なミステリー好きなんですか。

:ガチですよ、ガチ。お陰様で、あの人に部屋に入ると何かあるんですよ。それを引っこ抜いて読んでいました。今振り返ると、あの人がベーシックなところを揃えてくれていたので、すごく助かりました。いや、助かったのかどうかよく分からないですけれど、助かったことにしておきましょう。
 たしかその頃、『新宿鮫』をパクったような警察小説を書こうとして、3行くらいしか書けなかった。「刑事が街を歩いている」みたいな描写を書こうとしても、歩道の脇にある植木とかガードレールとか、アスファルトの道の質感といった描写が何ひとつ浮かばなくて。まず、名詞を知らなかった。街の風景は浮かんでも、それらの名詞が分からない。「こういうのを頑張って書くくらいだったら、RECボタン押して映像で撮ったほうが早いんじゃないか」ということもあって、映画のほうにいったんですよね。

――本はあまり読まなかったけれど、映画は相当観ていたんですね

:観はじめましたね。特に高校生になってお小遣をもらえるようになるとレンタルビデオも借りやすくなって。僕らの頃は、タランティーノが『パルプ・フィクション』でバチコンいったり、岩井俊二がいたり、黒沢清が出てきたり、北野武がいたりして、僕の記憶の中では、わりと映画がスリリングな時期だったんですね。技術はそこまで成熟してなくて模索中な部分があったけれど、そういうのが結構楽しかった。今ほど洗練はされていないんだけれども、映画とミュージックビデオとかの融合が盛んに行われ始めて、あまり普通に考えたら出てこない種類の作品を観る機会が多かったんじゃないかなと勝手に思っています。
 ただ、やっぱり普通に『ダイ・ハード』だったり『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だったりがぶっちぎりで面白かったですけれどね(笑)。『バッファロー'66』とかは今観ればすごく面白いんだろうけれど、当時は分かったふりばかりしてました。「こういうのを観て面白いって言わなきゃ駄目なんだろうなあ」っていう意識がありました。

――情報はどのようにして得ていましたか。

:青森とかに住んでいて知識を得る機会がない人間でも、本屋に行けば『キネマ旬報』とか『ロードショー』とか、当時は『ビデオでーた』があったし。やっぱり『ビデオでーた』が情報量が多かった。100本以上の作品がちっちゃな写真でばーっと載っているような雑誌だったから。

――映画監督になりたいと思ったのですか。

:そうですね。その当時は映画のどの部分を誰がやっているかも全然知らないから、監督という存在も脚本家っていう存在もカメラ回している人のこともよく分かってなかったけれど、高校生の頃はなんとなく監督か、それか、シナリオだなと思いましたね。

――シナリオは書きましたか。

:高校生になってようやくワープロを買ってもらって、書くようになったんですよ。最初にめちゃめちゃ長いシナリオを書いたんです。サイコサスペンスでしたね。サスペンス好きだからというのもあるけれど、その頃野島伸司さんのドラマがあったり、飯田譲治さんの『佐粧妙子―最後の事件―』といった系統があったり、自分と歳が近い酒鬼薔薇聖斗の事件とかがあったので、学園を舞台にしたサイコサスペンスを書きました。あれはわりといい出来だった気がするんですよ。

――もう残ってないんですか。

:感熱紙だったんですよ。

――ああー。文字が消えちゃいますよね。

:もったいないことしました。高校の時に長篇のシナリオを3~4本書いているんですよ。新聞記者が出てきて、フェイクニュースみたいなのに巻き込まれて、とか、結構ジャーナリズムの話とかもあったんです。拙いのは当然なんですけれど、発想がわりと面白いものがあったと思うので、今、パクりたいんですけれどね。

――過去の自作のことをパクるって言うんでしょうか(笑)。高校生時代、撮影はしなかったのですか。

:やろうとしたこともあったけれど、いかんせんあれは機材がちゃんとそろっていないとすごく大変なんですよね。無理やりお金を作って編集機も買ったんですけれど、見事に何の意味もなかった。今ならパソコンでやれるけれど、当時はビデオカメラとビデオデッキを繋いで、映像をここからここまで録画してキュキュキュとやって、次にここからここまでを録画してキュキュキュ、ということをやらなくてはいけなくて。そんなんだから全然駄目で。映像も、近頃はスマホでもそれなりの絵が撮れちゃいますけれど、当時持っていたのはおじいちゃんの形見のカメラで、画質も粗いし、不便だし、いろいろ大変でした。それがあって、大学は芸大の映画系で、なるべく実践できるところに行こうと思いました。それで、大阪芸大が割と実践的に映画を撮ることを教えているというのを知ってね。

――それで、進学で青森から大阪に行ったわけですね。また相当文化が違ったと思いますが。

:いや、芸大は南河内にあって、大阪の天王寺から近鉄電車で30分弱かかって、駅からさらに10分とか15分とか山のほうへ入っていくところなんですよ。もう、景色なんてなんだったら自分が住んでいた青森に近いんじゃないかっていう感じでした。たまに天王寺とか難波に行ったりもしたけれど頻繁ではないし、大都市に出てきたみたいなことを意識することもなくだんだん慣れていって、カルチャーショックを受け損ねました。

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