第212回:呉勝浩さん

作家の読書道 第212回:呉勝浩さん

2015年に『道徳の時間』で江戸川乱歩賞を受賞、2018年には『白い衝動』で大藪春彦賞を受賞。そして新作『スワン』が話題となり、ますます注目度が高まる呉勝浩さん。小学生のうちにミステリーの面白さを知り、その後は映画の道を目指した青年が再び読書を始め、小説家を目指した経緯は? 気さくな口調を脳内で再現しながらお読みください。

その5「自分の人生を変えたミステリー」 (5/8)

  • 天帝のはしたなき果実 (幻冬舎文庫)
  • 『天帝のはしたなき果実 (幻冬舎文庫)』
    古野 まほろ
    幻冬舎
    1,089円(税込)
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  • 新装版 匣の中の失楽 (講談社文庫)
  • 『新装版 匣の中の失楽 (講談社文庫)』
    竹本 健治
    講談社
    1,595円(税込)
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  • オーデュボンの祈り (新潮文庫)
  • 『オーデュボンの祈り (新潮文庫)』
    幸太郎, 伊坂
    新潮社
    825円(税込)
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――小説を読みながら、学ぶところもありましたか。

:具体的なテクニックというより、構造的に見ることが多かったですね。メタな構造とか、そういうところですね。あとは、ミステリーの文脈のなかでどういう位置づけを狙った作品なんだろうとか、どういう常識を覆そうとした作品なんだろうとか、若干批評よりの見方で読むことが多かったですね。

――ミステリーの文脈とか、どの先行作品を読んでおくべきかって、どうやって学んだんですか。

:基本は大学を卒業したくらいから『メフィスト』を買っていたので。古野まほろさんが『天帝のはしたなき果実』でデビューされたあたりからですね。要は、自分で応募するようになったからなんですけれど。『メフィスト』誌を読んでいると、わりと情報が断片的にでも入ってくるんですよ。「あの作品はあの影響を受けている」とか書いてあったりするから。それとやっぱり、有栖川有栖さんと綾辻行人さんの「ミステリ・ジョッキー」というコーナーですよね。これはもう傑作コーナーだと思うんですけれど、短篇小説をまるまる一本収録して、ネタバレありで2人が語り合うんですよ。あれが最高で。「やっぱりミステリーはネタバレできないからね、じゃあ載せちゃおうぜ」ってことで、読者は絶対に読んでいるという前提でネタバレありの講評をやっている。お互いにいい作品ばかり出してくるので褒め大会みたいにはなっちゃうんだけれど、それにしてもすごい面白くて。
 そういう対談形式のものは参考になりました。島田荘司さんと綾辻行人さんの『本格ミステリー館』とかも読むと、だいたい古典の「あれを読まねばならん」とか「これを読んでおいたほうがいい」みたいなものが出てくるんですよね。やっぱり飢えているんで、気になる本は選んで読んでいました。

――そのなかで、やっぱり名作だと思ったのはどれになりますか。

:面白いものはたくさんあるんですけれど、今考えると、『テロリストのパラソル』以降で挙げるとすると東野圭吾さんの『白夜行』で、もっと言うならやっぱり竹本さんの『匣の中の失楽』はすごいなと思う。でも、理解できている自信はない(笑)。伊坂幸太郎さんのデビュー作の『オーデュボンの祈り』はヤバかった。あの発想力はすげえと思いました。
 それと、僕がデビューする前に最後に衝撃を受けたのは横山秀夫さんの『64(ロクヨン)』なんですよね。たとえば京極夏彦さんの『魍魎の匣』とか、すごい作品は他にもたくさんあるんですけれど、でも自分の人生に影響を与えたという意味ではやっぱり『64』なんですね。なにがすごいって、そこまでトリッキーなことをしていないのに、あんなに面白い小説が書けるんだっていうのが。僕はメフィスト系の弊害で(笑)、「トリッキーじゃないと面白くない」みたいな、ちょっと訳の分からない概念を持っていたんですけれど、でも『64』は、現実で起こりうる範囲のことしか起こっていないわけですよ。それを最大限面白く膨らませると、あんなすごい小説になるんだっていうのが衝撃的で。
 そのタイミングで、職場のかなり年上の同僚で今でも付き合いのある方が、僕が小説を書いているというのを知って、「君は面白いから、もしかしたらどうにかなるよ」と言ってくれて。そこでハタと「この人に俺が書いているメフィストっぽいものを読んでもらったら面白いと言ってくれるんだろうか」と疑問に感じたんです。「一回この人に『面白い』って言わせたいな」と思ったんですよね。それではじめて地に足がついた系の小説を書いたんです。

――ああ、『64』がきっかけで作風が変わったわけですね。

:それで書いたものを、乱歩賞はものの見事に駄目だったんですが、ちょっと手直しをして『このミステリーがすごい!大賞』に応募したんです。その時に当時は膳所善造さんと名乗っていたミステリー書評家の川出正樹さんが一次審査で取り上げてくれて。「これは文句なく一次通過だ」みたいなことを書いてくれて、すげえ嬉しかった。はじめて世の中に、顔も知らない第三者に公の場所で褒めてもらえたという経験で、めちゃくちゃ嬉しかったんですよね。「うわ、もしかしたらこの路線であってるんじゃないかな」と思って。翌年乱歩賞は最終選考まで残り、その翌年、受賞する流れになるんですよね。
 だから、『64』はそういう意味で自分の人生に影響を与えているんですよ。もし『64』を読んでなかったら、「地に足がついた話を書いても面白くなる気がしない」とか思ったかもしれない。でも『64』があったから「頑張って書いてこんな小説になったらすげえいいじゃん」って思えたんですよね。もちろんそう思ってすぐできるなら苦労しないんだけれど。でも、ひとつの指針、目標になったんです。

――『64』って警察小説であり、組織内の軋轢に悩む男の話でもありますよね。

:そうそうそう。お仕事小説の面もあってね。で、生き方の問題みたいなところがあって。事件については、意外にトリッキーなんだけれども。

――先ほど挙がった、『白夜行』をすごいと思ったポイントは。あれも人間ドラマの部分が面白いですよね。

:あれはその人間ドラマを、当事者二人を最後まで会わせずにやるっていうのが構造的にもすごかったし、その上でガチで人間ドラマとかも上手いから。ただ、最初に読んだのは東野さんがえらい人気になっていた高校生の時で、当時は正直、100%はそのすごさを理解できていなかったと思う。
 だから、『64』はタイミングもありましたよね。自分がわりと経験を積んだ後で、いいタイミングで出合えたから、そのすごさが肌で感じられました。

――そこから現実社会を舞台にした作品を書くようになって。

:でもトリッキーな謎であるとか構造みたいなものは、やっぱり捨てきれなくて。だからデビューしたての頃はよく、「どんな作家を目指しますか」って訊かれたらだいたい「麻耶雄嵩のプロットを横山秀夫が書く。そういうことができたら一番いいっすね」みたいなことを言っていました。

――めっちゃトリッキーでめっちゃ人間ドラマっていう。

:そんなのが書けたら、何か自分がやりたいことが見えてくるのかなと思っていましたね。いまだにちょっと変わった構造の話だという惹句があると手に取りたくなりますよね。やっぱり「驚きたい」という欲求はまだ残っていますからね。

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