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今井 義男の<<書評>> |
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ジュリエット
【角川書店】
伊島りすと
本体 1,400円
2001/7
ISBN-4048733052 |
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評価:D
のっけからこのタイトルに面食らい、不自然な状況と不自然な登場人物にとまどう。隔絶した環境設定にある作品を思い浮かべてしまい、特別な場所と犬の扱いにも、また別の作品を思い出してしまう。プロローグとエピローグにはますます混乱させられた。怪異を解釈してみせることで、作者が何をどうしたかったのかさっぱりわからずじまいである。ホラーは難しいジャンルである。作者の思惑と読者の期待が一致するなどということは、ないものねだりに等しい。注文が一つ。いったん提示した思わせぶりな小道具はちゃんと使い切ってほしい。それでなくてもホラーやミステリの読者は作中人物のちょっとした素振りや、隅に転がっている<物>が気になって仕方ないものなのだ。この作品では携帯電話と貝殻がそれである。随所で不安を構成する要素になり得ていただけに惜しい。余計なお世話かもしれないが、この新人作家はいま少しホラーから離れた方が面白くなりそうな予感はある。次回作が正念場。
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ドミノ
【角川書店】
恩田陸
本体 1,400円
2001/7
ISBN-4048733028 |
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評価:A
短いショットの切り替えが目まぐるしく、それぞれに大小様々な問題を抱えた人物が慌しくとっかえひっかえ登場する。最初は互いに接点などなく、普通なら読んでいて散漫になりそうなものだが、心配は無用である。そんな暇はない。恩田陸の達者な筆さばきはドタバタになる一歩手前で見事な収束力を見せつける。大都市東京だから成立する痛快な混乱劇である。大阪ではこうはいかない。人物の書き分けも明解で、各々が果たす役割も分かりやすい。スピーディーなプロットは結末まで寸分のたるみもなく、一気呵成に読み終えた。エンターテインメントはこうでなければ。生命保険会社のOL加藤えり子(23)と田上優子(22)のキャラはとても面白い。この二人をメインにして、ダイハードのようにシリーズ化してもらいたい。もちろん次の舞台は成田か海ホタルだ。
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13階段
【講談社】
高野和明
本体 1,600円
2001/8
ISBN-4062108569 |
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評価:C
ディテールがすごい。事実関係をよく調査している。本書を読めば現行の死刑制度のことが事細かに分かる。知りたくないけど別に。そのことと、ミステリとしての出来が全然関係ないところがつらい。こういう<カウントダウン物>にはもっともっと焦燥感があっていいはずである。無実を証明しようとする側と死刑囚との間に、何のつながりもないのが最大のネックだ。失うものが報奨金だけというのでは、身を切られるような痛みはどこからも伝わってこないし、死刑囚の存在感も稀薄である。素人がたった二人で、警察も見つけられなかった物的証拠を、短期間のうちに発見できるのかどうか。そのあまりに安直な推理と結果にはあ然とした。作者は一度でも土を掘り返したことがあるのだろうか。ウイリアム・アイリッシュの偉大さを改めて認識した次第である。
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かずら野
【幻冬舎】
乙川優三郎
本体 1,500円
2001/8
ISBN-434400101X |
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評価:A
行く末に決定権をもたない。女性がそんな立場に置かれていた時代の、男女の愛憎の物語である。貧乏な足軽の次女・菊子が、口減らしのための一生奉公に赴く。幼なじみの静次郎との別れの場面から、奉公先の御上や女中たちとの出会い、糸繰りの作業に精を出すあたりまでは、ごく穏やかな<時代版ボルトブルース>である。それがあっという間に、科人との逃避行になってしまう。奉公人とはつまり奴隷である。生殺与奪は主人の胸先三寸でどうにでもなる。時代物ゆえの悲劇である。菊子には後戻りする機会、あるいは別の道に逃れる契機が幾度となく訪れ、救いの手を差し伸べる人々も現れる。だが、結局はどうしようもない男を選ぶ。堕ちて流れてまた堕ちる。その繰り返しの果てに、男との別離を決断するのに女は十七年の歳月を要した。流されながらも、糸を紡いだり、畑に里芋を植える菊子の姿には、最後の一線で懸命に踏み止まろうとする意志が感じられる。それが実現したからこそ、ラストシーンで菊子の流す涙にはよりいっそう狂おしい哀感が漂う。
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ZERO
【幻冬舎】
麻生幾
本体 1,800円/1,900円
2001/8
ISBN-4344001060
ISBN-4344001079 |
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評価:C
御都合主義だといってしまえばそれまでだが、よくもこんな難関を次々と潜り抜けられたものだ。共産圏の国家を語る上で、過剰な統制と杜撰な管理は避けて通れない。主人公を窮地に追いやるのも、そこから脱出させるのも、まさにその相反する面のなせる業なのだから、中国の存在なくしてこの作品は生まれなかった。国粋主義者の中国人がこれを読んだらさぞ気分を害することだろうけれど。でも、そんな必要があったのだろうか。スケールを広げすぎて、日本の警察機構の知られざる体質とか、陰湿な怖さとかが拡散してしまったとしたら、この作品が真に<公安>を描ききったとはいえないのではないか。スパイ天国と称される日本が、諜報活動の最先端から程遠いのは周知の事実なのに、中国を軽んじている場合ではないだろう。身びいきも度を越すと滑稽だ。ずっと小骨が喉に引っかかったような、ある不自然な<小道具>の使い道が判明したとき、ああ、このためだったのかとちょっとあきれた。それにしても、東西の冷戦終わりを告げたとてエスピオナージュの種は尽きまじ……である。
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翼はいつまでも
【集英社】
川上健一
本体 1,600円
2001/7
ISBN-4087752917 |
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評価:AAA
私はパソコンの画面をにらみながら何時間も逡巡している。他の作品の原稿は割合すらすらと書けたのに、この少年小説に関してだけはいっこうに筆が進まないのである。いや、言葉が出てこないのではない。感情の赴くまま正直に書き連ねるとアホ丸出しになりそうなので怖くて書けないのだった。かといって書かないわけにはいかないし。という風に実に困り果てていて、要領を得ない文章になってしまうがお許しを。私は元々運動が苦手で野球少年ではなかった。奥手だったのでまともに女子生徒としゃべったこともないし、臆病者ゆえに教師に逆らったこともない。だからこの小説に描かれているようなことは何一つ経験していない。つまり私の体現できなかったことのすべてがこの本の中に詰まっているといってもいい。決してリセットのできない、かけがえのない少年時代のである。……駄目だ。こうして横道にそれたつもりでいても感情がどんどん高ぶってきてしまう。とにかくお読みいただきたい。いまはそれしかいえない。
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湖底
【双葉社】
薄井ゆうじ
本体 各1,900円
2001/7
ISBN-4575234184 |
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評価:B
ダムに沈んだ過疎地の小学校。六人のクラスメートのうち、実体のおぼつかない子供が一人。この子供がキーパーソンになった不可思議な小説である。二十年後、渇水によって再び姿を現した校舎での同窓会が六人を再会させる。互いに歪みねじれた記憶、抹消せざるを得なかった記憶が、徐々に修復され整合を取り戻し始めたとき彼らの住む世界は足元から……。作中、件の一人を含まない五人と部外者一人が辿り着いたのは、何も変わらないように見えて、微妙にどこかが食い違うという、あまり精神衛生上よくなさそうな場所である。その途上、水にまつわる数々の超常現象が呼び覚ます根源的な不安は、非常な効果を上げており、揺るぎのない作品世界を構築している。できることなら最後までその不安な気持ちに包まれていたかったが、私は当事者よりも、冷静な部外者である女性の視点に多大な期待をもちすぎたために、物語に置いてきぼりをくってしまったようだ。
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武揚伝
【中央公論新社】
佐々木譲
本体 各2,200円
2001/7
ISBN-4120031691
ISBN-4120031705 |
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評価:AAA
榎本武揚はヒーローの乱立した幕末においてそれほど目立たない存在である。五稜郭近辺でも、戦死した土方歳三の方が有名なぐらいだ。光の当てようで歴史の解釈などいかようにも変化するのが世の習いとはいえ、陰険卑劣な勝義邦、優柔不断で統率力のない徳川慶喜など、これまでとは違った人物像に胸がすく。竜馬に至っては勝のパシリ扱いである。それにひきかえ武揚の周辺に集まる人材のなんと魅力的なことか。うたかたの夢と帰した共和国ではあるが、彼らの残した熱き思いはたるみきった我々の魂を否応なく揺さぶる。函館攻防戦のさなか、オランダから持ち帰った『海律全書』を巡る官軍総参謀・黒田了介とのやりとりには感激した。立場こそ違え黒田も真正の武士だった。偶然とは続くもので、本書を読み終えてすぐに新聞で榎本武揚関連の連載記事に出会い、テレビの旅番組で折れ曲がった開陽丸のスクリューシャフトや引き上げられた遺留品などを見ることができた。もしあのとき開陽丸が沈まなかったら、もしストーンウォール号への奇襲が成功していたら、もし蝦夷地独立を列強が追認していたら……。歴史に<IF>はない。が、そう思わせてやまない無念さがこの物語にはある。
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泥棒はライ麦畑で追いかける
【ハヤカワポケミス】
ローレンス・ブロック
本体 1,200円
2001/8
ISBN-4150017050 |
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評価:A
シリーズ物に途中乗車するのはこれで何度目だろう。私の場合、つい二の足を踏んでしまい、読み始めるまでに時間がかかる。どうせ読むのなら第一作目から読まないと気持ちが悪いのである。しかし、この<泥棒バーニイ・シリーズ>には予備知識なんか何もいらなかった。すぐに語り口の上手さに引き込まれたのだ。なんといっても翻訳ミステリの楽しみの一つである会話が面白い。とくにバーニイと友人のキャロリンに、レイという刑事のからむ場面が秀逸だ。事件は、素顔を明かさない有名作家の私信の争奪と、別件の宝石紛失がもつれた糸球のように絡み合う中で起きる殺人だが、私は途中で推理を放棄した。ミステリといっても色々な作風がある。本書は泥棒で探偵で古本屋という、得がたい肩書きを持つ人物の、行動を眺めているだけでも十分満足できる。してやったりの結末にも思わずニヤリ。訳文もいい。
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ネバーウェア
【インターブックス】
ニール・ゲイマン
本体 2,400円
2001/7
ISBN-4924914347 |
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評価:AAA
<扉>という概念を支配する少女・ドア。私はまず彼女に強く惹かれた。次いで個性的な二人の殺し屋・クループ氏とヴァンデマール氏。それにドアと主人公リチャードに同道するクールな護衛・ハンター。みんな仮想の地下世界ならではのダークな色彩に満ちた第一線の役者たちだ。皮肉なことに、彼女たちの前ではやがて姿を現す敵役すらもかすんでしまうのである。地下と地上が同時に存在し、干渉し合わないという設定もよい。やっとのことで日常に戻れたリチャードの選択肢には深く同意できる。作家の創造する世界に足を踏み入れる至福。それを予定調和としか受け止められない人にファンタジーは不向きである。本書にも読者を選ぶ一面があり、誰が読んでも面白いとは限らないが、好きな人はもう二度と抜け出せなくなるほどにはまる、危険極まりない小説である。キングの<絶賛>には度々騙されてきたが、今回はクライヴ・バーカーのお墨付きもあるから信用して大丈夫。これまでに読んだファンタジーの中でもベスト10級の傑作。
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