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石井 英和の<<書評>>
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娼年
ジュリエット
【角川書店】
伊島りすと
本体 1,400円
2001/7
ISBN-4048733052
評価:B
この作品を読むと、「心を病む登場人物」はホラ−作品には無用、との結論が出てしまうようだ。作中の「体験役」がクリアな視線を持っていた方が、登場する怪異がより際立つのは当然なのだが、それ以前に、この作品に登場する娘の心の病み様は、恐怖を育むよりも物語の進行をうっとおしいものにする方向にしか作用していない。醸し出すものが「不快」であって恐怖ではないのだ。また、地震体験による心の傷、といった心理描写もくど過ぎ、煩わしく感じた。物語の中心に、ストレ−トに「恐怖」を据えるべきだったろう。(全体にスティ−ヴン・キングの悪影響を感ずる・・・)等々、不満に感ずる部分もあるのだが、それでも納得して読まされてしまったのは、なかなかに魅力的なアイディア「貝の魂抜き」や島の自然の描写、そして著者の文章力だろう。無駄に長くないのも良い。

ドミノ
【角川書店】
恩田陸
本体 1,400円
2001/7
ISBN-4048733028
評価:D
う−む・・・なんだかパッとしない気分のまま読み終えてしまった。まあ、著者のやりたいことは分かる。互いに無関係の筈だった様々な人々の運命が偶然絡み合った結果のドタバタ・コメディを演出しようとしたのだろう。が、残念ながらコメディの割にはそれほど笑えないのだ。すべてがけたたましく上滑りで、状況のややこしさばかりが際立ってしまっている。読んでいて、笑う以前に疲れてしまうのだ。コメディを演出するには、ストイックなまでに抑制された放埒とでもいうべき微妙なバランス感覚が要求される筈なのだが、著者は自分の作品の行く末に余りにも楽天的になり過ぎ、コメディ状況を垂れ流し状態で描き出してしまったようだ。その結果、著者自身が面白がるほどには読み手の方は楽しくはないという、コメディにはありがちな困った結果となってしまった。

13階段
【講談社】
高野和明
本体 1,600円
2001/8
ISBN-4062108569
評価:A
記憶を失った死刑囚の無罪を証明する、しかも期限付きというサスペンスの王道を行く物語を、重厚に展開している。二転三転するスト−リ−に、手に汗を握りつつ読了。背後に存在する死刑制度を囲む状況とその考察にも深いものがあり、それはそのまま一つの文明論、人間論になっている。「正義」が、飲み下すには苦すぎるものとして描かれるあたりも納得できる。ただ、終盤の「ネタ明かし」に至り、この物語にここまで混み入ったカラクリが必要だろうか?と疑問を持ってしまった。登場人物相互の重層的な関わり合いが明らかにされ、物語に奥行きが出た代わりに、それまでの筋運びにあった重戦車のような疾走感が失われてしまい、惜しい気がしたのだ。この作品に「どんでん返しのためのどんでん返し」のサ−ビスなど不要だ。剛直一本槍で最後まで突っ走るべきだったろう。

かずら野
【幻冬舎】
乙川優三郎
本体 1,500円
2001/8
ISBN-434400101X
評価:A
いったいどこを読んでいたのだ、との顰蹙を買うやも知れないが、大自然に寄り添いつつ生きてゆく人間の有り様を描いた物語と受け取った。あるいは蚕から生糸を取り、あるいは流水で藍を染め、あるいは大海の恵みと脅威を甘受しつつ、やがては無言で土に帰ってゆく、そんな大昔からの人間の営みそのものへの頌歌たる物語と。これでいいのだ、仕方がないのだと、自らが巻き込まれた理不尽な運命を甘受するために主人公が思いつく様々な「言い訳」は、一個の「生物」として地母神に抱かれんがための呪文の如くに響く。そんな彼女に対し、本来の恋人であったかもしれない男の説く、近代合理主義にもとずく「正論」は、だが、遭難した漁師の体を温めるために身を寄せる娘たちの肌の温もりほどのリアリティを持ち得ずにいる。そんな生の刹那にきらめく、人の心の輝きが愛しい。

ZERO
【幻冬舎】
麻生幾
本体 1,800円/1,900円
2001/8
ISBN-4344001060
ISBN-4344001079
評価:E
失礼ながら著者の文章、稚拙に過ぎるのではないか。何を言いたいのかさっぱり分からない表現が数多く見受けられ(「顔が膨脹し、黒くくすんでいるかのような気分」「わざとらしく、ブランコと滑り台がひっそりとしつらえられていた」「滴と滴の間に、またほんの一瞬、何度か」等々)読むに耐えない。また、構成というものをどう考えているのか、各エピソ−ドや資料群をただベッタリとメリハリなく書き連ねてゆく作風も問題。さらに、国家規模の事業に、ちょっと考えれば分かるようなことを平気で「誰も考えつかなかった重大問題」として登場させる(下巻208ペ−ジ)等、スト−リ−運びにも大いに問題あり。登場人物の行動にも不自然な部分が多く、その性格設定も妙だ。そんな物語が延々と活字2段組で上下二巻。論外の作と思う。

翼はいつまでも
【集英社】
川上健一
本体 1,600円
2001/7
ISBN-4087752917
評価:A
中学生の頃、新米教師が赴任してきて私のクラスの担任になったのだが、彼女が何かの文集に寄せた、教師1年生としての感想文に「子供というのはオ−ソドックスなものだと分かりました」とあった。我々は「そうか、俺たちはオ−ソドックスなのか」と感心したものだった。その意味は分からなかったが。この小説であるが、極めてオ−ソドックスな青春小説である。分からず屋の大人たちとの抗争あり、ぶきっちょな恋愛あり、出会いあり別れあり、夢あり希望あり絶望あり再生あり。何も新しい発見などはないのだが、それでかまわないだろう。子供というものはオ−ソドックスなものだから。ここには、生まれたての目で見る世界のみずみずしい感触があり、そして、そんな世界に勇気を持って最初の一歩を踏み出す不安やときめきがあり、ストレ−トに感動を呼ぶ。それで十分だろう。

湖底
【双葉社】
薄井ゆうじ
本体 各1,900円
2001/7
ISBN-4575234184
評価:B
ホラ−かと思って読んで行くと・・・う−ん、この先は、これから読む人のことを思えば書くわけには行かず、と言って、それに触れずに感想を述べるのもなかなか困難。弱った代物だなあ。独特の異様な世界を作り出していて、また、どのように解釈しても矛盾が出てしまうような形で「謎」を提示し、こちらの興味を逸らさずに物語を引っ張って行く技は巧みで、すっかり「物語」を堪能した。テ−マ云々以前に、小説はまず読み物として面白くなければ、ね。ただ、クライマックスに至り、物語のテ−マの開示が重苦しくまた長過ぎるので、そこで読み疲れしてしまうのが困る。最後に置かれた至極素朴な「感動」を素直に受け入れてしまったのは、もしかしたら、その「疲れ」ゆえかもしれないなあ(^^;

武揚伝
【中央公論新社】
佐々木譲
本体 各2,200円
2001/7
ISBN-4120031691
ISBN-4120031705
評価:A
とにかく、時代物の小説を読んで、ここまで心を熱くしたのは初めてだ。なにより「読み物」として優れていると思う。まず、歴史の転換期を舞台にした時代小説としては定番かと思われる、志高く勤勉で涼やかな魂を持った主人公が設定される。が、その後に展開されるのは、彼の立志伝ではない。転換期に彼が夢見た理想と、その崩壊の過程が描かれて行く。その理想はまた、主人公に仮託した著者自身の時代への想いなのだろう。その想いは、武揚という格好の人物を得て、人間の崇高さと愚劣さが交錯する、見事に熱い物語に結実した。下巻に至っての、主人公の「共和国の夢」が冷厳な現実を前に音をたてて崩壊する、その過程の描写が哀しい。繰り返し語られ、高く掲げられるほどに、どんどん現実から離反して行く「理想」というものの宿命をもまた、描いてしまっているからだ。

泥棒はライ麦畑で追いかける
【ハヤカワポケミス】
ローレンス・ブロック
本体 1,200円
2001/8
ISBN-4150017050
評価:E
いかにも気の効いた風な警句やらお洒落な会話やら「俺ってうまいよなあ」と自己陶酔する作家の顔が見えるような書き込みが延々と続き、やっと最初の死体が転がるのは物語が6分の1以上過ぎた頃。そこから一気に事態が進展するのかと期待したが、またもや古本屋の店内に座り込んでの会話が始まってしまう。事程左様に、このまま映像化すれば「徹子の部屋」になってしまうような、90%近くが登場人物二人の会話に終始する御座談小説。登場人物が「このような事態が進行しているのだ」と話し合う小説ではなく、事態の進行そのものを記した小説を読みたいのは私だけか?また、主人公を泥棒に設定してあるが、泥棒シ−ンに特に妙味があるでもなし、その設定を売りにしてしまったから辻褄合わせに泥棒させているとしか思えない。最後に置かれた感傷もどきも、わざとらしいね。

ネバーウェア
【インターブックス】
ニール・ゲイマン
本体 2,400円
2001/7
ISBN-4924914347
評価:A
スト−リィは、なんらかの「欠落」を負わされた主人公が謎に満ちた試練の旅をし、その欠落を埋めるための何かを手にする、というファンタジィの基本線を踏襲している。現実のロンドンの下に広がるもう一つのロンドンという興味深いアイディアに基く地下の暗黒世界の、イメ−ジ豊かな描写を堪能した。このイメ−ジの乱舞は、著者本人を育んだ文化との戯れ合いの性格が強く、我々海の彼方の異文化の中に育った者には、その意味を完璧に読み取るのは難しいかとも思われるが、まあ、分かる範囲でと言うことで。元々が現実とはかかわりのない、空理空論の純物語であるファンタジィは、実は私には思い入れが難しく、苦手な分野だったのだが、そのイメ−ジ群の底に込められた苦いユ−モアのスパイスのお蔭で、抵抗なく読み進むことが出来た。

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