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北山 玲子の<<書評>>
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サグラダ・ファミリア「聖家族」
サグラダ・ファミリア「聖家族」
【新潮文庫】
中山可穂
本体 400円
2001/12
ISBN-4101205310
評価:C
 人生を飾らず、ストレートに生きているゲイの照ちゃんの存在が、この息詰まるような小説に涼しい風を送ってくれる。ありがとう、照ちゃん。あなたがいなかったら読破することはできませんでした。主人公・響子の恋人に対する想いがあまりにもまっしぐらで、重すぎて。おまけに耽美な雰囲気溢れる文体がどうも肌に合わなかったし、登場人物たちの職業がカタカナばかりでいかにもトレンディドラマのような世界だし。けど、そんなことはこの作品を語る上ではたいした問題ではない。私の好みではないけれど、家族を作っていくことの難しさと喜びが実感できる内容であることは間違いない。なによりも、いままでひとりで生きてきた響子が他人と係わり、不器用ながらも家族をつくっていく姿にジーンとくるものがあった。他人と家族を作っていくということは、いろいろと新しい発見があり新鮮な気持ちになる反面、それまでの自分がけっこう世間のことに対していかに無知だったかを自覚させられることでもある。家族とはこうあらねばならないという幻想にどっぷり浸かっている人は一読をおすすめします。少し肩の力が抜けて、気持ちが楽になるかもしれないから。

饗宴
饗宴
【新潮文庫 】
高橋昌男
本体 819円
2001/12
ISBN-4101202311
評価:E
 ただでさえ恋愛小説が苦手なのに読んでいて退屈な小説はもっと苦手だ。この本はそのどちらの条件も備えていたので困ってしまった。主人公の藍は40代の専業主婦。一人娘を第三者の精子提供で生んだことが彼女のその後の人生にささくれみたいに心に引っかかっている。そういう設定ならさぞかし暗く、どろどろしたものだろうと思いきや、藍は能天気だ(前向きという言い方もできるのかもしれないが)。夫との関係、娘の出生の秘密、悩みはあるけれど欲望のままに他の男と関係を持つ。自分勝手で自意識過剰気味の主人公に対しては、勝手にやってくれとしか言いようがない。いかにも男性の書いたヒロインと言う感じ。それに視点がころころと変わるのでなんとなく落ち着かない。一人娘の出生の秘密がどんな波紋を投げかけるのかとその展開をちょっぴり楽しみにしていたのに、大事件が起きるでもなく淡々と日常を描いているのには肩すかしをくらった。「マディソン郡の橋」「失楽園」などの小説を面白く読める人にはおすすめだけれど、私のようにがさつな人には、正しく理解することができませんでした。すみません。

うつくしい子ども
うつくしい子ども
【文春文庫】
石田衣良
本体 448円
2001/12
ISBN-4167174057
評価:A
 殺人事件を扱っているからとはいえ、この作品はミステリではない。13歳で殺人を犯した弟を持つ主人公の成長物語だ。同じ家で一緒に生活してきた弟の信じられない犯行に14歳の兄は動揺を隠せない。しかしやがて事実を真正面から受け止め、弟の事件を理解しようと行動する。周りの大人が事件の不可解さのみを強調し一方的な見方しかしないのに対して、少年は事件を理解したいという純粋な気持ちだけで突き進む。著者はあくまでも事件を少年の視線を通して語ろうとしている。そこには大人のわけのわからないこじつけのような論理は存在しない。少年と共に事件を追い、悩み、考えようとしている姿が見えるようだ。家族を守ろうとする気持ち、傷つきながらも前進していく姿は痛々しいが、物語全体に救われていくような清々しい雰囲気が漂うのは、少年の素直な心をベースに事件が語られるからではないだろうか。文体も無駄な飾りや言い訳で綴られるのではなく、シンプルだからこそ読み手にストレートに少年の気持ちが伝わってくる。ただ、ラストの展開があれでよかったのかどうか、それだけがちょっと気になった。「池袋ウエストゲートパーク」の感動が動なら、本書は静。石田衣良は若者の心理を書かせたら今、一番うまい人だと思う。

グッドラック 戦闘妖精・雪風
グッドラック 戦闘妖精・雪風
【ハヤカワ文庫JA】
神林長平
本体 860円
2001/12
ISBN-4150306834
評価:C
 最初に断っておきますが、私はSFが苦手です。苦手な私の言うことなので評価になるのかどうか…。が、「グッド・ラック」は夢中になって読んでしまいました。いや、ほんとに。これって、続編だったんですね。前作を読まずにいきなり続編を読むという暴挙に出てしまいましたが、それでも面白かった。一番興味深かったのは、遠くで行われている戦争は他人事のように見えるという、戦争の縮図が描かれているところ。この小説でも、ジャムという正体不明の敵と戦っている特殊部隊の存在が地球では忘れられていく。挙句の果てには敵などもともと存在せず、彼らは妄想と戦っているのではと言われる始末。戦う場所が宇宙空間だろうと地上だろうと、相手が人間でもそうでなくても、戦争は同じ道筋を辿っていくものなのだ。たぶん。とにかく、いろいろと深いテーマを扱った内容でSF音痴の私が、人と機械との共存についてしばしの間考えてしまった。しかし、人物描写があまり詳しく書いていないのと、登場する女性たちがみんな同じようなキャラクターに見えてしまうところはイマイチでした。順番は逆になっちゃったけれど、これから、前作「戦闘妖精・雪風」を読もうと思います。

嗤う伊右衛門
嗤う伊右衛門
【角川文庫】
京極夏彦
本体 552円
2001/11
ISBN-4043620012
評価:A
 腹の中にどろどろとしたものを溜め込んでいる伊藤喜兵衛。この男が妖怪に思えてならない。彼には悪事を働いているという意識さえないように見えるからだ。喜兵衛の悪意がお岩と伊右衛門のお互いの気持ちを踏みにじる。憎い奴だが、彼がいることで主人公たちの純粋な想いがぐっと浮かび上がる。ただの悪党には違いないのだが、私はこういうキャラクターが気になって仕方がない。すべての出来事がこの男を中心に起きているように見える。それにしても、四谷怪談をこれほどまでに切なく悲しい物語に仕上げるとは、京極夏彦はすごい。はじめは京極版・四谷怪談と聞いてさぞかしおどろおどろしい話になるのかと思いきや見事に裏切られた。感情表現が下手なお岩と伊右衛門は似たもの同士。そんなふたりの不器用な姿が余計に胸を締め付ける。本書を読むのはこれで何回目だろうか。自分でも呆れるくらいこの物語が好きだ。物静かでいちども笑ったことのない伊右衛門が、一気に感情をあらわにさせて嗤うところは何回読んでも泣けてくる。

読者は踊る
読者は踊る
【文春文庫】
斎藤美奈子
本体 676円
2001/121
ISBN-4167656205
評価:A
 まずい。冒頭に出てくる「踊る読者」度が10だった(10以上だとかなり重度)。自分では踊らされていないと思っていたのに、これでは踊りっぱなしだ。まあ、そんなことはどうでもいいが。とにかく面白い書評本(といっていいのだろうか)だ。売れた本や話題作を取り上げ、それらが何故売れたのか、どのように読んだらいいのかをわかりやすく解いていく。相変わらず、事の本質をずばりと見抜く著者の目の確かさに感心してしまう。売れた本のみを語るのではなく、数冊の関連本と比較する方法には説得力がある。かなり厳しいことを言っている部分もあるけれど、わからないことをわからないと認め、勉強したうえでの見解なので一方的にけなしているような印象は受けない。あくまでも著者の取り組み方は真摯だ。取り上げるのはタレント本から歴史書、哲学書までとその範囲は広い。それにしてもつくづく日本人って踊らされやすい性質なんだなと実感してしまった。などと偉そうに書いてる私も、踊らされ度10だから人のこと言えないけど…。

超音速漂流
超音速漂流
【文春文庫】
ネルソン・デミル
トマス・H.ブロック
本体 705円
2001/12
ISBN-4167527936
評価:B
 痛い小説だ。こうもあからさまに、人命は地位や名誉の前ではなんの重みもない、といわれては絶望的じゃないか。見かけはただのパニックものだと思っていたのに、中身はずしりと重いテーマで詰まっていた。軍の誤射により機体に穴の開いてしまったジャンボ旅客機。多数の人命が失われ、助かった人にも脳障害が残ってしまう。奇跡的に無傷で助かった乗客たちが着陸するために奮闘する。なんか、こうやって書いてるとパニックものの王道という感じだけど、フツウは人命を救うためにその道のプロたちが活躍するというパターンなのに、ここに出てくる一部の男どもは生存者がいるにもかかわらずそれをなかったことにしようとするのだ。もともとは善良な人間だったのかもしれない。だが、出世や名誉を守るため良心なんかどこかに吹っ飛び、悪意の人になってしまう恐ろしさ(とくに海軍中佐・スローンはほんとにいやな奴。こんないやな軍人書けるのはデミルの方に違いない)。おまけに機内では、脳障害を負った乗客たちがまるでゾンビのように暴れ出す。生存者たちは四方八方を危機的状況に囲まれている。無事に帰還することができるのか!

マップ・オブ・ザ・ワールド
マップ・オブ・ザ・ワールド
【講談社文庫】
ジェーン・ハミルトン
本体 990円
2001/12
ISBN-4062732696
評価:D
 現実から目を背け、人との係わり合いを避けるように生きてきた主人公・アリス。唯一安らぎを感じることのできる夫・ハワードとふたりの子供との生活は彼女にとって、砦のようなものだった。ここにいれば安心。ここにいれば自分が傷つくこともあまりない。しかし、親友テレサの子供の事故死をきっかけに、アリスの砦は崩れ、厳しい現実の中に放り込まれる。全米ミリオンセラーになったというこの小説、確かにとてもていねいに心情が書き込まれているし、所々リアルだなと感じる部分はあるのだけれど、なんだか物足りない。ていねいに書きすぎて物語に勢いがなくなってしまった印象を受ける。おまけに読んでいる側が取り残されていくような距離感があるのには困ってしまった。著者がその世界に深く浸れば浸るほど、こちらは冷めてしまう。テーマとしてはなかなか深いものがあっただけにもったいない。年が明けてすぐに読む小説が脂ぎった、濃いものではちょっと…という人にはおすすめ。

どんづまり
どんづまり
【講談社文庫】
ダグラス・ケネディ
本体 1,200円
2001/12
ISBN-406273320X
評価:B
 主人公のニックは自由を求めてオーストラリアへと旅立つ。束縛を嫌い、欲望のままに生きている彼が、ある女性と出会ったことからひどい目に遭う…。ひとくちにいってしまえば『ミザリー』酷暑編、といったところか。オーストラリアのむせ返るような暑さが、どうしようもない状況に陥ってしまったニックのイライラ感をさらにヒートアップさせる(真冬に読むにはちょうどいいかも)。やはりこのイライラ感を表現するには寒さより、暑さのほうがより伝わりやすい。ひとときの誘惑にあっさりと負けた男の行方をブラックな雰囲気の漂う中、滑稽に描いている。ニックがこの先どんな作戦で状況打破するのか、それが知りたくてけっこうグイグイと読んでしまった。ただ、ニックが連れて行かれた村の住人たちの印象がいまひとつ弱いのがちょっと残念。それにしてもダグラス・ケネディという作家は主人公を苛め抜くのがよほど好きとみた。本書は、『仕事くれ。』でリストラされた男をどんどん転落させていった作者のデビュー作。納得、という感じだ。軽い気持ちで彼女の実家に遊びに行こうとしている男性は読まないほうがいいかも。

さらば、愛しき鉤爪
さらば、愛しき鉤爪
【village books】
エリック・ガルシア
本体 860円
2001/11
ISBN-4789717690
評価:A
 すごい。ものすごい本に出会ってしまった。まさか、こんな一発ネタみたいな話で長編を書くなんて。冗談抜きでひそかに尊敬してしまった。だってこの探偵ルピオは人間に見えて実は恐竜なのだ(おまけに翻訳者の酒井昭伸氏はあの「ジュラシック・パーク」も手がけた人だ)。動物が探偵という設定のものはこれまでにもあったけれど、よりにもよって恐竜?あんな巨大な生物がどうやって、と思われるかもしれないが、ルピオは進化した恐竜なので人間と変わらない大きさだ。彼は相棒の死に疑問を持ち、真相を求めて捜査に乗り出す。謎の女が出てきたり、探偵事務所のデスクの上には請求書がたまっていたりとハードボイルド好きはニヤリとしてしまうディティールがあちこちに出てくる。登場人物の名前もどこかで聞いたことのあるものばかり。恐竜とハードボイルドをミックスさせるなんてとバカにするなかれ。小型化した恐竜たちの手に汗握る格闘シーンを満喫しながら、衝撃(?)のラストまで一気に読ませ、ほろりとさせる。まさに喜怒哀楽総動員といったところ。そりゃ、読んでいて「ん?」と思うことがあるにはあるけど…。たとえば人間の皮を装着するとき長い尻尾はどうやってしまいこむのかとか、なぜ人間に対して正体を隠してこそこそしなきゃいけないのとか、どんな進化の過程を経たのかとか。でも、この際そんなことはどうでもいいのだ。どうやら、本作はシリーズ化されているらしい。早く次を読みたい!

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