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今井 義男の<<書評>>
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リカ
リカ
【幻冬舎】
五十嵐貴久
本体 1,500円
2002/2
ISBN-4344001508
評価:D
 ……飽くことをしらない。ミステリ、ホラー業界は神様仏様サイコ様である。しかも最後はマニア御用達の奥の手ときているからたまらない。残虐な描写に生理的嫌悪をもよおすのは、まともな神経の読者なら当たり前であって、新人がそんな安易な手法に追随する気持ちが分からないし、それを送り出そうとする側の真意も理解できない。先達の遺産だけではまだ不足ということか。いま、メールやサイトを書く意味はある。ネット上に蔓延する無記名の人間関係には、確かにえたいのしれない気持ち悪さがつきまとう。闇に直結する陥穽の縁に立っているようで、それだけで十分怖い。ホラー小説のできばえを左右するのは血の量ではなく恐怖の質である。唯川恵の短編『分身』と読み比べてみればその差は歴然だ。

火群の館
火群の館
【新潮社】
春口裕子
本体 1,500円
2002/1
ISBN-4104515019
評価:A
 いかにもなにか起こりそうな導入部がうまい。現象を小出しにするところも定石どおり。いまや、こういう話は人里離れた古屋敷よりもコンクリートで固められたマンションがよく似合う。古典落語が何度聞いても面白いように、優れた怪談は、結果がそうなると分かっていても怖いものだ。ホーンテッドハウスとはあらかじめ恐怖が約束された<場>である。誰もが怪異を予期しうる<場>で怪異を起こしてみせる難易度は、怪物ストーカーを暴走させる小説の比ではない。ホラーはオーソドックスなほど難しい。本書はその命題に立ち向かい、九割がた成功を収めている。残りの一割は、復讐を前面に押し出した後半。あからさまにせず、間接的な暗示でとどめるぐらいの方が作品の空気により調和したと思う。あと、子供の扱いにもう一工夫あれば、いっそう哀しく怖い作品になったことだろう。

鳶がクルリと
鳶がクルリと
【新潮社】
ヒキタクニオ
本体 1,700円
2002/1
ISBN-4104423025
評価:AAA
 元キャリアウーマン貴奈子がおそるおそる覗いた《有限会社日本晴れ》は鳶の職能集団である。実直な職人タイプから軍事オタク、偏差値依存症、と若い女性にはあまりなじみのない個性が集まっている。たじろぐのは当然だ。貴奈子の目線はそのまま我々の目線である。読者は、職人の世界に抱く抵抗が払拭される爽快感を彼女と分かち合い、半纏着たちの発する熱い心意気を共に受け止めることになる。プロの仕事とは、仕事へのこだわりとは。ひねりもてらいもない、バカ正直な答えがこれだ。職人魂のなんたるかを、私はこの歳になってやっと理解できた。いい小説に出会うと青空の真下にいるように、その日一日気分がいい。読書の神様に感謝。日々漠然と仕事に流されるだけの人生に強烈な<待った>をかける超お薦め職人小説。鳶の申し子・ツミの可愛らしさもまた格別。

聚楽
聚楽
【新潮社】
宇月原晴明
本体 2,200円
2002/2
ISBN-4104336025
評価:A
 日本の戦国時代と西洋のオカルト。これがはまり過ぎるぐらい見事にはまる。読んでみるとなるほど時代背景的にも、それらの混じり合う素地があったことに気付かされる。中盤以降、物語のうねりはすさまじく、魔道に堕ちた者どもが繰り出すは錬金術にホムンクルスと、悪夢を思わせる暗黒の秘儀の数々。伴天連の妖術に対抗する乱破の戦いぶりもまた壮絶の一語。広げに広げた大風呂敷は特注の千畳敷だ。どうせならこのサイキックウォーに日本の多神教や、パワフルな一向宗とかも参戦させてもらいたかった。あえて傑出したヒーローを立てないところが混沌としたストーリーに相応しい。おぞましさのテンションを保つには、最後まで想像力を全開にして読むのがコツだ。

アラビアの夜の種族
アラビアの夜の種族
【角川書店】
古川日出男
本体 2,700円
2001/12
ISBN-4048733346
評価:A
 忍術と伴天連妖術の対決もすごかったが、魔術の本家もさすがに派手だ。もともと神話・説話の類が好きなので、このアラビア風<剣と魔法>は楽しかった。とにかく出てくる邪神・魔物が徹底的にいかがわしい。それらと干戈を交える人間どももおよそ高潔とは縁遠い。口当たりのよい上澄みだけ取り出したどこかの国の神話とは大違いである。王位継承の剣を手にしたからといって、そう易々と事を運ばせないのも、カトリック圏の寓話と一線を画しているようで興味深い。前半各章の主役級三人が満を持してからみあう地下迷宮での対決場面が最大の見せ場。これらのシーンをいまどきのCGじゃなく、特撮の神様レイ・ハリーハウゼンのダイナメーションで再現したら、きっとすごい映画になる。《災厄の書》という形而上の概念で、列強の近代戦略に対抗しようとする試みはイスラム社会の今日を示唆して生々しい。

もう起きちゃいかがと、わたしは歌う
もう起きちゃいかがと、わたしは歌う
【青山出版社】
西田俊也
本体 各1,500円
2002/1
ISBN-4899980299
評価:AA
 思い通りにならない、煩わしい、疲れた、そこから逃げたくなる理由はいくらでもある。逃げが負けと解釈される社会では逃げ出すにも相当なエネルギーがいる。東子は妻子ある男との恋から逃避した。漂着した先には、やはり現実に背を向けた父と二人の息子がいる。あくせくしていず、時間の流れから取り残されたような親子である。なんだかマイナス思考の人間どうしが傷を舐めあう話と誤解されそうだが、少しちがう。彼らの選択を逃げととるか、休息ととるかで読者の目に映る風景は百八十度変わったものになる。タイトルの絶妙なニュアンスがこの作品のすべてだといっていい。は? 肩の力を抜けない、途中下車も寄り道も許せない、人を勝ち負けでしか評価できない、そうですか、それならこの小説本気で苛つきますよきっと。

本の国の王様
本の国の王様
【創元社】
リチャード・ブース
本体 2,000円
2002/1
ISBN-4422932160
評価:C
 古書に生涯を費やす生き方としては、際立った成功例である。著者はさびれかけた田舎に古書の町を作ってしまったのだ。えらい人である。私も古本屋めぐりは好きだし、古本に関する著作にも目がない。だからほんとうならこういう本はもっと楽しく読めてもいいはずなのだが、なにかひっかかる。国民性の違いなのか、古書への関わり方が私などのイメージとはずいぶんかけ離れている。まあ、仕入れて売る側と我々が同じ考え方をすることもないが、商品としての本でなく本そのものに対する熱意がもっと伝わってきてもよさそうなものだ。けっこうな家庭に育ち、それ相応の教育も身に付けながら、自分をことさらはみ出し者のように見せたがる傾向も、ちょっと鼻につく。ありがちだけれど。

百万年のすれちがい
百万年のすれちがい
【早川書房】
デイヴィッド・ハドル
本体 2,000円
2002/1
ISBN-415208393X
評価:D
 この本は二度読んだ。それでも分からない。日本語で翻訳されているので書いてあることは分かる。一人の女性を中心に、複数の男女の恋愛感を交互に述べた作品である。分からないのはそれのどこが面白いかだ。時空を越えたり、犯罪に至ったりといった荒技がのべつ必要とは思わないが、小説を読むからにはなんらかの起伏や変化を期待するのが人情だろう。百歩譲ってそれも諦めたとしよう。ならせめてとびっきり魅力的な人物に引き会わすぐらいのことはしてもらわないと。以前にも似たケースがあり、そのときは迷ったあげく未読扱いにした。今回はそんな卑怯な手は使わない。ときに不幸なすれちがいがある事実を伝えるのも本欄の使命だと信じるからだ。

大統領法律顧問
大統領法律顧問
【早川書房】
ブラッド・メルツァー
本体 2,800円
2002/1
ISBN-4152083921
評価:D
 権謀術数渦巻くホワイトハウスでの犯罪、それも朝っぱらから大胆不敵な殺人だ。権力争い? 粛清? 普通このシチュエーションなら国家の根幹を揺るがす大疑獄事件に発展するのが相場だが……いかんせん、作者がひた隠す事件の真相は情けなくスケールが小さい。とても笑って見過ごせるような内容ではないし、許しがたい所業ではあるが、この舞台にまで<それ>をもってこなくても、というのが偽らざる心境である。現実に頻発する同種の犯罪を告発するのが目的なら、真正面から堂々と書けばいい。後生大事に謎の中心にしまいこんだっていまさら誰も驚かない。全米ミステリ協会は、いい加減これを禁じ手に指定しないとダメだ。

ダーウィンの剃刀
ダーウィンの剃刀
【早川書房】
ダン・シモンズ
本体 2,300円
2002/1
ISBN-4152083913
評価:B
 事故現場の検証がすごい。主人公ダーウィンの仕事振りは、素人の及びもつかぬことばかりで、強烈な磁力がある。会話も気が利いていて、リンカーン・ライム的な厭味がないのも美点だ。交通事故を偽装して荒稼ぎする大規模な詐欺集団。この連中の手口がまたひどいのなんの。相手にとって不足なしである。巧妙な犯罪を専門知識で追い詰めるパターンは、考えただけでもぞくぞくする、と思っていたら……なんだなんだ、敵は直に攻撃してくるではないか。乱暴というか掟破りというか、えらくアクティブな展開だ。結局、緻密なのか大雑把なのかよく分からない組織のために、戦いはどんどん大味な活劇になり、頭脳戦の妙味は木端みじんに四散してしまった。

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