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北山 玲子の<<書評>>
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謎のギャラリー
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【新潮文庫】
北村薫
2002/2-3
1.名作博本館
2.謎の部屋
3.こわい部屋
4.愛の部屋
ISBN-410137323X
ISBN-4101373248
ISBN-4101373256
ISBN-4101373264
-438円
-629円
-629円
-667円
評価:C
 確かに選者の幅広い読書量は感嘆に値するし、物語の面白さを伝えるためにはとてもいい本だと思う。しかし、アンソロジーって、選者と読み手の趣味やらセンスがぴたっとはまるかはまらないかで評価は違ってくるものじゃないだろうか。北村薫の描く小説世界にいまいち馴染めない自分には、やはり物足りないアンソロジーだった。特に『愛の部屋』は元教師らしいといえばらしい優等生的な作品ばかりで自分には面白味がなかった。でも、昔読んでとても印象深かった『遊びの時間は終わらない』を再読できたことは嬉しかったなあ。つまるところアンソロジーは自分が知らなかった新しい作者や作品を知ることのできる出会いの場であり、もう一度読みたかった作品に再会できる場所でもあるのだ。そういう意味では、アンソロジーを編むことはとても意義のあることだ。

三億円事件
三億円事件
【新潮文庫 】
一橋文哉
本体 629円
2002/3
ISBN-4101426228
評価:A
 当時3歳だった私には三億円事件の記憶はまったくない。でも、著者の事務所に「ヨシダ」と名乗る男が電話をかけてきた瞬間から、著者と共に事件の現場に立っていた。さまざまな関係者に話しを聞き、そしてついに真犯人を追って日本からロスへと旅立つ。真犯人と思われる男にインタビューに臨んだ時はどきどきし、そして事件に係わったと思われる人たちのその後を知って少しやりきれない様なせつなさが残った。まるで自分自身が著者になって真相に向かって一歩一歩進んでいくような錯覚を起こさせるスリリングな1冊。何がすごいってこれ全て真実なのだ。一つの事件を地道に調べ上げていく著者の姿勢にずぼらな私はただただ圧倒され、感心するばかり。しかも事実をだらだらと羅列しているだけではなく、少しずつ謎を小出し小出しにして引っ張っていくテクニックは、読み手を事件の中核へとグイグイ誘っていく。毎日様々な事件が起こるが、ニュースはただ報道するだけで真相を深く掘り下げることは少ない。だからこそ本書のような仕事はとても意義のあることだ。

「新青年」傑作選
「新青年」傑作選
【光文社文庫】
ミステリー文学資料館編
本体 800円
2002/2
ISBN-4334732828
評価:B
 そりゃあ、書かれた時代を考えれば古臭さを感じる部分があって当然だ。しかしあまりにもぶっ飛んだ設定にむしろ新鮮味を感じることもあるのが、大正から昭和初期にかけて書かれた推理小説の醍醐味だ。海外作品に負けないものを書こうとしている作家の真摯な情熱も感じられる。「新青年」掲載の名作と呼ばれるものは既に様々なアンソロジーや個人の作品集に収められているので本書のラインナップはどうなの?と思いつつ読んだ。狂気に満ちた幻想的な世界を綴った『凍るアラベスク』、皮肉な運命に巻き込まれた男のその後が気になる『第三の証拠』、女性の凄まじいほどの復讐心を描いた『印象』などまだまだ隠れた傑作はたくさんある。サイコものあり、グロテスクな味わいの話あり、なんともバラエティに富んだ作品群。昔の推理物は村で連続殺人が起きるだけではないのだ。

食と日本人の知恵
食と日本人の知恵
【岩波現代文庫】
小泉武夫
本体 1000円
2002/1
ISBN-4006030525
評価:B
 注意!「音まで食べる日本人」の章は寝る前には読まないこと。<シャリシャリ><カリカリ>なんて字面見ただけで食欲にアピールし「寝る前に食べちゃだめでしょ!」とあれほど母親に叱られたにも拘らず冷蔵庫に向かってしまうことになりかねないですから。まあ、このエッセイ全般的に本当に胃に直接訴えかけてくる。岩波現代文庫なんてものすごく学術的な香りのする装丁とは裏腹に、中身は日本食ってこんなにも素晴らしいという著者の熱い想いが文脈からビシビシ伝わってくる。少し熱くなりすぎて読んでいるほうが、おいおい少し落ち着きなさいとツッコミを入れたくなる部分もあったりして…。難を言えばもともとは新聞連載だったので仕方のないことかもしれないが、話しがだぶってしまうところが多々あったこと。それにしてもこのエッセイ、上手な糠みその作り方や、てんぷらの衣の上手な作り方なんていうレシピも出てくる。日本の正しい肝っ玉かあさんになるためには至れり尽せりの内容だ。

大正時代の身の上相談
大正時代の身の上相談
【ちくま文庫】
カタログハウス編
本体 680円
2002/2
ISBN-4480037101
評価:B
 基本的に人はあまり成長しないものだということがよーくわかりました。太りすぎて困る、もっと金持ちの男と結婚したい、自分が何に向いているのかわからないなど…、現代人の考えていることと何ら変わりがないのだから。最後まで充分楽しめたけど、回答の後についているコメントは邪魔。悩みの内容は同じとはいえ時代が違うのだからわかりきったツッコミはないほうがよかった。冷水で頭を洗え!…って言われてもねえ…。そんなことくらいですっきりするんだったらたいした悩みじゃないじゃない。でも、ここに登場する回答者は「冷水頭髪友の会」でも設立していたんじゃないか?!というくらいそれを勧めている。あと、身の上相談の歴史みたいなものがちょっとでも書かれていたら面白かったのでは?蛇足だけど。

シッピング・ニュース
シッピング・ニュース
【集英社文庫】
E・アニー・プルー
本体 895円
2002/2
ISBN-408760408X
評価:A
 人生に傷ついた男の再生の物語。なんだか一口で言ってしまうとたいして面白くなさそうな話だ。しかし、見どころはいかにして主人公・クオイルが立ち直っていくかというところにある。傷ついた心を直してくれたのは、優しさでも暖かさでもない。厳しさと無神経さだ。娘と叔母と共にやり直すつもりで移り住むことにしたニューファンドランドは冬の間は寒さの厳しい所。クオイルが記者として働くことになった町の小さな新聞社「ギャミーバード」の連中は揃いも揃っておかしな人々ばかり。環境と職場に戸惑いを隠せないクオイルはそこで、自分がしっかりしなきゃと人生で始めて自主的に動くことを学ぶ。著者は、物語をロープの結び方になぞらえて少しずつ頼もしくなっていく男の心情を丁寧に描いている。久しぶりに読み終わるのが淋しいと思える小説に出会った。できることならいつまでも「ギャミーバード」の愛すべき編集部員たちと一緒にいたい。ビリー・プリティの書くへんてこなゴシップ記事を読みながら。

人にはススメられない仕事
人にはススメられない仕事
【角川文庫】
ジョー・R・ランズデール
本体 686円
2002/2
ISBN-404270106X
評価:B
 ぶっ飛んだへんな奴らの見本市、ハップ&レナードシリーズ。これまでは腕っ節が強いのに気弱なハップに惹かれてこのシリーズ読んでいたのだけれど、今回は更に強烈なキャラ登場で主役2人が霞んでしまった。その男の名はレッド。まるで映画「リーサル・ウェポン2」のジョー・ペシ演ずる何とかって奴みたいに(役名忘れた)ものすごくうざったいのだけれど、どこか憎めないナイスな男。こいつが、これでもかこれでもかと主役2人に食い込んでいく様子に思わず苦笑い。キレまくってる登場人物といい、話の展開といい、シリーズ中いちばん面白かった。もともと描写力のものすごくある人だとは思っていたけれど、お下品なシーンに対するランズデールの描写の細かさに改めて脱帽。それにしても脱いだパンツやトイレットペーパーのことでこれだけケンカできる40代ってステキすぎる…。

いつかわたしに会いにきて
いつかわたしに会いにきて
【ハヤカワepi文庫】
エリカ・クラウス
本体 700円
2002/2
ISBN-4151200150
評価:A
 空港の窓から大空へ飛び立っていく飛行機を何機も見送る。なかなか搭乗ゲートを通ることのできないロイスを臆病者だと言うのは簡単だ。でも、簡単なように見える人生も時として簡単ではなくなる。『浮かぶには大きすぎるもの』のもう若くはないロイスのややっこしい心情は手にとるように理解できる。ここに収められている13篇すべてが、30代の自分にはリアルに映る。女性作家の作品は感情が先走りがちだけれど、エリカ・クラウスというこの作家は感情を押し出しつつ、何よりも構成力に優れている。ラストの結び方なんて秀逸だ。だからウェット過ぎずにさらりとした感触が残って後味も悪くない。年を重ね、ごまかすことのできなくなったとき垣間見えた本当の自分に戸惑いつつも、なんとか受け入れようとする瞬間が切り取られている。『ブリジット・ジョーンズの日記』よりずっと共感できる作品だ。

暗殺者
暗殺者
【講談社文庫】
G・ルッカ
本体 971円
2002/2
ISBN-4062733730
評価:D
 可もなく不可もなく。
 暇な時、たまたまテレビで放映していた映画を何の気なしにダラダラと最後まで見てしまった。けど、見終わってしばらくすると見たことさえ忘れてしまう。これはそんな小説だ。最初は、世界的に有名な暗殺者という設定にムムっときた。職人気質のプロ中のプロという人にものすごく惹かれるのでちょっとワクワクした。しかし、読み終わってなんだかものすごーく物足りなさを感じた。煙草訴訟の重要参考人を狙う暗殺者がそれほどできる奴にはどうしても思えなかったのだ。いったい敵はどんな仕掛けをしてくるのか、引っ張るだけ引っ張ってラストはなんだか尻ツボミ。おまけに、いちばんいいたいことを書いてしまうとネタバレになってしまうし…。とにかく読み始めたらサクサクと一気に読めるんだけれど、主人公・アティカスはじめ登場人物が薄ぼんやりとした印象しかなくていまいち魅力的でないのが欠点。

友へ(チング)
友へ(チング)
【文春文庫】
郭景澤
本体 667円
2002/2
ISBN-4167527987
評価:B
 小説でもなんでも2番手という存在が気になる。2番手であることの哀しみと潔さに惹かれるのかもしれない。本作に登場する男たちのひとり、東秀の生き様は痛々しく哀しすぎる。いつまでも俊ソクを超えることのできない焦燥感と、幼い頃から常に心の中で抱き続けてきた孤独と疎外感。その空洞を打ち消すかのように行動する東秀に対する、3人の男たちの友情と戸惑い。話自体はありがちだ。何故こんなふうになってしまったのだろう。戻るこのできない過去に想いを馳せる著者のそんな声が聞こえてきそうな感傷に満ちた1篇。特に、ラストシーンは印象的だ。著者が映画監督ということもあって絵コンテを見ているように映像が目に浮かぶ。その部分が小説を読んだというよりも映画のパンフレットのアウトラインを読んでいるような気がしないでもないけど。

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