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石井 英和の<<書評>>
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セイジ
セイジ
【筑摩書房】
辻内智貴
本体 1,400円
2002/2
ISBN-4480803645
評価:E
 なんだか70年代の日本で流行った青春映画みたいだなあ。夜毎「仲間」の集まる飲み屋があり、人生に対してレイジ−になっている哲学ごっこのアニキがおり、訳ありの年上の人妻がおり、ヒッチハイクやら徒歩やら、この場合は自転車だが、そんな方法で流れてきてなんとなく居ついてしまう若者の日々あり、無為に過ぎ行く青春あり、意味ありげな人生論あり、世相講談あり、死あり。そして安易な「救済」の夢。当時の映画と違うのは、酔って怒鳴ったり殴り合ったりする場面がないことぐらいだ。映画ばかりじゃない、こんな小説もずいぶん読んだような気がするぞ。今では語る人もいないが。もはや破産を宣告されて久しい、そんな「伝統」に連なる物語だ。幾たびも先人が歩き、どこへも通じないと判明して久しい道をまた、あえて辿る事にどんな意味があるというのだろうか?

世界の終わり、あるいは始まり
世界の終わり、あるいは始まり
【角川書店】
歌野晶午
本体 1,600円
2002/2
ISBN-4048733508
評価:C
 とりあえず読み始めは、「なかなか面白い視点で描かれた誘拐ものだなあ、描き方も手堅いし」などと楽しんで読んでいたのだが・・・作品半ばの「仕掛け」に至って気持ちが萎えてしまった。その後の展開が容易に予想できてしまったからだ。(そして小説は、予想通りの展開を見せる)その上、この「特殊な展開」に功を奏させるには、読者を幻惑する発想の自在さが必要になってくるのだが、そうするには著者の想像力が真っ正直過ぎるのである。機知で乗り切るべき場を力業で押し切ってしまった。このフェイクは、著者には向いていなかったのではないか?著者はおそらく、このような変格ものではなく、もっと正攻法でサスペンスを組み上げてゆく作品で本領を発揮する作家なのであろう。生真面目な人が無理やり飛ばすジョ−クを聞かされているような、居心地の悪さが残った。

昆虫探偵
昆虫探偵
【世界文化社】
鳥飼否宇
本体 1,400円
2002/3
ISBN-4418025030
評価:C
 もし著者が、その昆虫に関する豊富な知識を楽しく読ませてくれる科学エッセイを書いたのだったら、私は大喜びで採点Aを献上したはずだ。しかし著者は、昆虫の世界の様々な不思議をミステリィの世界の殺人事件と設定し、昆虫の「探偵」がその謎を解く、という意匠で小説化を行った。その結果・・・科学読み物としてもミステリィとしても、中途半端なものが出来上がってしまった。さらに、「軽妙さ」を意図したのだろうその語り口は、むしろ、押し寄せるオヤジギャグの嵐に耐える事を読者に強いる結果になっている。苦にならない人もいるのかも知れないが、私にはちょっと耐えられず、地の文が小説形式から脱線し、科学解説調になるとホッと一息つく始末。アイディア倒れだなあ。このタイプの擬人化は時代遅れの気もするし。興味深い話は満載なんだけど、実に残念。

天切り松闇がたり 初湯千両
天切り松闇がたり 初湯千両
【集英社】
浅田次郎
本体 1,500円
2002/2
ISBN-4087745600
評価:D
 昔気質の話手が牢中で語り聞かせる人情噺の数々。きっと「いい話」のテンコ盛りなんでしょう。その証拠に、作中、話の聞き手たちは口々に「いい話だ」と感嘆の声を挙げ続ける。その「いい話」も、「いい話だねえと感心する聞き手」も、どちらも著者のペンから生まれた訳だが。この自画自賛劇、ある種の暗示効果があるのでは?作中で「いい話だ」「ファンになっちまったぜ」と繰り返されるのを読むうち、「自分の読んでいるのは、素晴らしい物語なのだ」と読者も思い込んでしまう仕掛け。それとも純粋なる著者の自己陶酔なのか?まあ、小説作りのうまい作家なんでしょう。が、いかにも巧妙な作り物であり、人情噺のシステムをなぞるばかりで、「心」が無いように思える。その舞台が華麗な分、書き割り裏に吹き抜ける風のそらぞらしさに、なんだか心が冷えて仕方がないのだ。

白い声
白い声
【新潮社】
伊集院静
本体 1,500円/1,400円
2002/2
ISBN-4103824050
ISBN-4103824069
評価:D
 一度だけパソコンのマウス云々という表現が出てくるものの、実に時代離れのした世界。少女はぬいぐるみの代わりに木彫りの人形を抱き、作家は原稿用紙に小説を書き、人々は携帯を使えばいいのに電話ボックスを求めて町をさまよう。ヒロインは非常に古いタイプの少女マンガに出てくるような星を目に浮かべた「清き乙女」であり、その相手がデビュ−作以後小説を書けずに荒れる男、というのも相当なアナクロ。提示されるテ−マも、なにやらカビの生えたような。著者は恐らく、昭和30年代あたりで世界観を完成し完結させ、そのまま時の流れに眼を閉ざして来た人なのだろう。そんな世界観に元ずいて書かれた小説を「ここに我々が見失った真実がある」などとは言えまい。たとえ歴史小説であろうと、自分の生きる時代の空気を吸いつつ書かれなくては意味はないのだから。

はぐれ牡丹
はぐれ牡丹
【角川春樹事務所】
山本一力
本体 各1,600円
2002/3
ISBN-4894569361
評価:A
 物語の語り出しを読み、ああ、いつもの・・・といっても、この著者の作品に接するのはこれが2度目でしかない訳で、著者のパブリック・イメ−ジという意味になるのだが・・・いつもの江戸下町の人情噺が始まるのかなと予想したのだが、どうして、幕府のご政道にまで絡む、なかなかにスケ−ルの大きな陰謀噺が展開されたのは意外だった。思わず、手に汗を握り、読み込まされてしまった。が・・・読み終え、作品を冷静に振り返ってみると、「謎」の提示の要領が悪かったりくどかったり、また、なぜ「牡丹」が咲くと、このような段取りが予定通り可能になるのか?をはじめとして、論理的には納得行く事ばかりで出来上がっている訳でもない。要するにこの作品もまた、「得意の人情噺」の変奏曲であるのだろう。「理」ではなく「情」が支配する世界の物語なのだ。

アイスマン
アイスマン
【早川書房】
ジョー・R・ランズデール
本体 1,600円
2002/2
ISBN-4152083980
評価:A
 以前、課題本ともなった「ボトムズ」には雰囲気として漂うにとどまっていた著者のフリ−クス趣味が、全開となった作品だ。間抜けとしか言いようのないケチな強盗殺人ののち、此岸と彼岸をへだてる「河」を横切る儀式を経て、まさにクズのようなタマシイを持った主人公が辿り着いたのは、著者がこだわる、古きアメリカ南部地域の神話的側面を暗示するような、旅回りのフリ−ク・ショ−の一座だった。地獄巡りが始まる。恐ろしくも滑稽で、またうら悲しい胎内巡りの先に待っていたのは、さらなる魂の地獄だった・・・そんな一部始終を、これでもかこれでもかと書きつらねて行く著者の筆致は、人間の魂の汚泥の底深くを間探りながら、そのような場所にしか眠っていない宝石を捜し求めているかのようだ。そして終幕。溢れだした聖なるものは、吹き抜ける風の中に散り果てる。

煙突掃除の少年
煙突掃除の少年
【早川書房】
バーバラ・ヴァイン
本体 1,600円
2002/2
ISBN-4150017123
評価:C
 亡くなった父親の過去に秘められた謎を探る物語。派手な展開ではなくとも、ジワジワと真相が明らかになって行く過程はスリリングであり、妙な言い方だが、他の作家のペンによって物語られたら、かなり楽しめる作品になっていたのでは?というのが、読後のストレ−トな感想。なにか重箱の隅をつつき回すような神経質な所があり、しかも同じところを堂々巡りするような著者の語り口に、どうにも馴染めなかったのだ。作中を一貫して支配し続ける感傷的な雰囲気も、物語のダラダラ引き延ばされた感触に拍車をかけてしまっている。いっそ、短編小説に纏めたら良い結果が出たのではないか。また、訳文にときどき妙な箇所が。例えば45ペ−ジの「金色の髪のあいだに光る銀の髪は、自分にふさわしい歌を歌っていることになる」など、日本語になっていないと思うのだが。

ウォーターランド
ウォーターランド
【新潮社】
グレーアム・スウィフト
本体 2,600円
2002/2
ISBN-4105900293
評価:D
 作品の中において過去と未来が錯綜する設定があり、なぜかウナギの生態に関する記述が差し挟まれ、さらにさらに、気まぐれに選びだされた人物やら事物やらに関する思わせぶりな独り言が延々と続く。500ペ−ジ以上。典型的なパタ−ンだ。ああ、こういう小説って、あったよね。意味ありげでいて、何も無し。20年以上前ならナウかった、みたいな小説をいまだに書いている奴がいるのか、と辟易しつつ訳者あとがきを見れば、20年前の作品でした。そういうものだ。ああもう、いい加減にしようよ。この種のひねた文学青年の自己陶酔など、時の流れの中に放り出しておけばそれでいい。勝手に消え去るでしょう。こんな風に20年も経ってからわざわざ掘り出してくる事もなかろうに。

わたしは女 わたしは船長
わたしは女 わたしは船長
【原書房】
リンダ・グリーンロウ
本体 1,800円
2002/2
ISBN-4562034734
評価:A
 小林信彦氏の著書に、「エノケンに<芸の心>を語ってもらうべくインタビュ−したが、<どのようなネタをやったら受けた>といった技術面しか、相手は語ってくれなかった」とあったのを思い出した。漁船の船長の体験談というので、壮大な海の冒険行などを期待してしまったのだが、描かれているのは今日の航海術の実際であり、船長として船の装備や乗組員同志の人間関係に心をくだくこと、等々だったのだ。漁業というビジネスに携わる、あくまでもリアリストであり、実務家である著者の地道な現場報告なのである。興味深くも価値ある描写が至る所にあり、あくまでク−ルな筆致が爽やかだ。が、ちょっぴりだけ語られる漁師たちの古い迷信に牽かれてしまったりする、私のような単なる面白主義者の本読みには、もう少しケレンというものがあると、ありがたかったのも事実。

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