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大場 義行の<<書評>>
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個人授業
個人教授
【角川文庫 】
佐藤正午
本体 495円
2002/3
ISBN-4043593031
評価:E
 あまりにもぼくちゃんが嫌なタイプ過ぎる。こんなヤツとは友達になりたくないなあ。もともとこの本「彼女を妊娠させた」事を知って放置、あげくに彼女が行方不明になる。その彼女探しが自分探しにつながるというテーマの為に、どんどんこいつイヤだなあという思いが募る。ただ、主人公の脇を固める教授(ニセ教授だけど)、探偵、金持ちおばさん、とその姪なんかは良いセリフを吐いている。教授のセリフなんてとにかくいい。しかし、この主人公に共感できないと、絶対にこの物語にははまれないし、だいたいにして「自分探し」がテーマというのは十年前ならいざしらず、現代にはもう通用しないのではなかろうか。

私が彼を殺した
私が彼を殺した
【講談社文庫】
東野圭吾
本体 695円
2002/3
ISBN-4062733854
評価:B
 推理小説は、作家から読者への挑戦状とも受け取れる。でも、だからってここまで完全に挑戦してくるなんて。噂には聞いていたけれど、正直驚きました。探偵役の視点ではなく、複数の視点から事件を眺め、しかもきちんとみな自分がやったみたいな事まで言っている。通常、一カ所くらいは登場人物がウソをついているという事があってもよさそうなのに、作者はそれすらせずに正々堂々と挑戦してきているのがこの本。皆さん、帯にあるとおりペンとメモを持って挑戦受けてたつべし。一応、書いておきますが、自分はこの人が彼を殺したんだと確信しています。

母恋旅烏
母恋旅烏
【小学館文庫】
荻原浩
本体 714円
2002/2
ISBN-4094100091
評価:A
 一読、あ、これは「オロロ畑」の人だとわかるこの文体。調子にのっているようでもおかしな状況をたんたんと説明して進めていく文体。これが気になるんだよなあと思いながら読み進めていると、それどころの騒ぎではない。レンタル家族業なんて幕開けからドタバタと突き進んでいき、あれよあれよという間に、どっぷり物語に浸かってしまう。これは、寛二くんの成長ドラマでもあり、家族ものでもあるんだなあ。ラストなんて、芝居の話のせいか、惜しみない拍手をしたくなるような、そんな終わり方。笑わせて、そして泣かせる。荻原浩は最近少なくなったタイプの作家といえるかもしれない。

古本屋おやじ
古本屋おやじ
【ちくま文庫】
中山信如
本体 780円
2002/2
ISBN-4480037136
評価:B
 こだわりの映画書専門古本屋稲垣書店。ここのご主人は出久根さんと違って、商売の事をごりごり書いている所が新鮮。口調は伝法で、ある意味客に啖呵切っている、そんな本だった。古本屋系のものは、たいてい蘊蓄を楽しむ事が多いのだけれども、通販用の記事でえらく疲れたやら、入札失敗で愚痴ったり、目録つくってどのくらい売れたとか、ある意味古本屋を疑似体験!という感じなのが楽しい。でもやっぱり古本屋の頑固オヤジって感じが異様に出ているという点が、一番この本の魅力かもしれない。

A&R
A&R
【新潮文庫】
ビル・フラナガン
本体 各629円
2002/2
ISBN-4102215212
ISBN-4102215220
評価:B
 ロックファンだけでなく、モノ造りをしているサラリーマン全てがこの本に共感するんじゃないだろうか。ちょっと大げさかな。主人公は四人。音楽会社の経営責任者(明るい大物系)、会社社長(豪快でも裏アリ系)、そしてスカウト部門に引き抜かれてきた中間管理職(職人いい人系)、スカウト部門の女性(キャリアウーマン自意識過剰系)の四人を軸に、音楽配給会社の面白くも切ないトラブルを描いている。確かにロック好きがにやりとしそうな小ネタも搭載しつつ、結局の所リーマンの姿を描いているのではないだろうか。金か、理想か。たぶん、これを読めばきゅっと胸にくるのではと思う。

死の教訓
死の教訓
【講談社文庫】
ジェフリー・ディーヴァー
本体 各667円
2002/3
ISBN-4062734001
ISBN-4062734206
評価:C
 ディーヴァーの初期の頃だそうだが、確かに仕掛けがいまいちぱっとしないし、犯人もそれほど魅力的ではない。犯人なんて上巻ではほとんど脅迫しているだけだし、後半になって暴れはするが、そんなに凄味が無い。主人公も地味目の保安官で、特殊技能もない。ただ、この本は苦い。犯人に脅されているにしては主人公の奥さんの主観が多く、これは関係ないだろという場面も多々ある。と思わせておいてあのラスト。うーんこちらに仕掛けがあったのか。やるなあ。とラストで苦い思いをして下さい。おお、ディーヴァーの最初の頃のものなのか。ふむふむ、なんかあれと同じっぽいなあ、じゃあ犯人はやはりこいつか! なんて穿った読み方はいけません。

血の奔流
血の奔流
【ハヤカワ文庫NV】
ジェス・ウォルター
本体 980円
2002/2
ISBN-415041002X
評価:D
 女刑事キャロライン、上司アラン、容疑者レニー・ライアン。この三人の主人公がそろいもそろってみな精神的に不安定。こんな刑事で大丈夫なのか? 捕まえられるのか、そもそも殺されそう、という点では確かに緊張感はあるかもしれない。ただ不安定な為に、逆にラストが読めてしまうのが厳しい。この本はサスペンスの形をとっただけの、不安定な人間どもを描いたものとして読むのが正しいのかもしれない。主人公は三人とも迷いもするし悩みもする。脇役たちも他のものと対立して、醜い姿を晒している。この本は、確かに帯通り一筋縄ではいかない。まあ、個人的には普通のごっつい殺人鬼との追いかけっこの方が好きだったりもする。

鳥姫伝
鳥姫伝
【ハヤカワ文庫FT】
バリー・ヒューガート
本体 740円
2002/3
ISBN-4150203083
評価:AA
 西洋人が書いた中国系ファンタジーなんて、ぜったいにあり得ない。西洋人がそばをうったって、それが美味いはずがない。なんて偏見で障壁を作っていると、途轍もなく勿体ないという事が判った。少々偏見が取れるまでページがかかったけれども、この力量、読めばわかるはず。きちんとではないにせよ、中国の歴史伝説をふまえ、その上で法螺話を吹くという中国系の伝統にものっとっているし。ラストもまた悲しくもあり、美しくもあり、少し涙目になりました。この委員会をしていて、これほど本の雑誌に感謝した事はない。なにせ自分では最初に書いたような偏見の為に、絶対買わなかっただろう。この本に出会えた事はある意味幸せだと思う。続編待ちます。

ある日どこかで
ある日どこかで
【創元推理文庫】
リチャード・マシスン
本体 980円
2002/3
ISBN-4488581021
評価:A
 時間飛びものが大好きだ。一度読み終えてから、また冒頭に戻ってみたりして。で、おおっ! なるほどなんて言うのが大好きなのだ。なのでこの本もA。クサすぎるセリフが目白押しだったり、史上最強のごり押し時間旅行方法など、仰天する事間違いなしなのだが、どうしてもどきどきしてしまうのだから仕方がない。かつての女優の写真を眼にし、あと数か月の命である青年は、途轍もない力業で時間を飛んでしまうのだ。おお、なんてステキなお話なのだろうか。終わり方も余韻があるし、やっぱり時間飛びものは素晴らしいと、個人的には再認識した一作だった。時間飛びものがそんなに好きではない、ある程度理論的でなければならないというSFファン、恋愛小説好きにはどう読まれるかは判らないが。

飛蝗の農場
飛蝗の農場
【創元推理文庫】
ジェレミー・ドロンフィールド
本体 1060円
2002/3
ISBN-4488235069
評価:B
 何物かから逃れている男と、小さな農場で一人暮らしをしている女性。妙な関係から一緒に暮らすようになるが、気が付けば殺人鬼の影がちらほら。これ最初はちょっとわかりやすすぎるのではなんて思うはず。章が番号の時とイラストの時とで、過去と現在を分け、男の過去を意味深にしてるし。分けている意味はああ、あれだな、じゃあラストこうなるに違いない。などとうがった読者でも唖然呆然の展開。これはどうなんでしょうか。ある意味裏技なのでは。しかも、驚いてからちゃんとストーリーが進み、きちんと終わるという力業。不思議な小説だったとしか言えない。ちょっと最後バタバタした感はあるが、充分忘れられない程の作品だったと思う。

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