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阪本 直子の<<書評>> |
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事故係生稲昇太の多感
【講談社】
首藤瓜於
本体 1,700円
2002/3
ISBN-4062111098 |
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評価:B
早くに亡くなった父親は町内の誰もに慕われる警官だった。だから自分も警察に入り、今は交通課の巡査、22歳。ピテカントロプスみたいなブ男なので女性には縁なし。正義感が強い、と言えば言えるが、いささか短気でおっちょこちょい。これが主人公である。となれば当然予想されるように、上司や先輩の言うことも聞かずに予断で突っ走って失敗したり、新聞記者の誘導尋問に引っかかって混乱を招いたり、職場で見る姿だけで勝手に判断していた先輩や上司の意外な一面を知って驚いたり、等々の経験をしながら少しずつ成長していく訳なんですね。主人公の人柄そのままに生真面目な小説で、後味も悪くないんだけど、脇役陣の人物設定とかも含めて、ちょーっとステレオタイプというか、判り易過ぎるかなあ。テレビドラマの原作にいいかも。 |
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夕海子
【アートン】
薄井ゆうじ
本体 1,700円
2002/4
ISBN-4901006274 |
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評価:D
病気。それは判る。良い悪いの問題ではないのだ。それぐらいは判っている。弱い人間は確かにいて、弱いから悪いのだなどということはない。それは重々判ってはいるが、それでもどうしても、このヒロインには感情移入できない。彼女は、ただ病気なだけじゃないからだ。美人で、体も豊満で、逃げた父親が残した億単位の金を持っていて、詮索する身内はいない。だから自分が望む壊れたままの日々を、何年でも望むだけ続けていける。身の危険も生活の不安も全くなしにだ。ちょっとムシがよすぎやしませんか? こんな人に「私の、どこがいけないの! 何も悪いことしてないのに」だの「みんな卑怯だ。私の場所を奪う権利が、どこにあるの」だのと言われてもなあ。人間以外の動物は、ひ弱じゃ生きてけないんだよ。そう突っ放したくなってくるぞ、正直な話。
三人称多視点で書かれてる部分があるけれど、これはやっぱり読んでて引っかかるよ。 |
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左手首
【新潮社】
黒川博行
本体 1,400円
2002/3
ISBN-4106026546 |
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評価:C
短編集である。7つのノワール、と帯にある。更には「命を賭した丁々発止の化かし合い」「ギリギリの攻防」「一世一代の大博打」などとも書いてあって、おおこれはさぞかし手に汗握るサスペンスフルな……と身構えて読み始めたのですが。
こらー、何が漆黒の裏社会だ。闇の紳士達、だなんて上等なものは一人も出てこないじゃないかよ。どいつもこいつもケチな小悪党で、金に困って切羽詰まって、つまりは生活苦から犯罪を思い立つ。しかし所詮は素人やチンピラ、ヤクザの裏をかくことも警察の目を逃れることも、はなっからできる筈がない。かくしてケチな犯罪のケチな顛末が繰り返されること7回。さながら新聞の社会面。ああっもう、貧乏臭いッ。
嘘や装飾を廃してぶっきらぼうに描く。それが狙いなんだろうなとは判ります。でも週刊誌の実話読み物じゃないんだ。小説なんだからね。ヒリヒリする迫力が欲しい。ヘミングウェイの「殺し屋」のような。
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日本ばちかん巡り
【新潮社】
山口文憲
本体 1,800円
2002/2
ISBN-4104516015 |
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評価:A
天理教。金光教。大本。この辺までだったら何とか名前を知ってはいる、が歴史や教義は真っ白だ。世界救世教? 真如苑? すみません、この本で初めて知りました。こんなに色んな宗教があるなんて! しかも信者数は万単位。皆、普段は一体どこに隠れてるの? 各種世論調査やテレビの街頭インタヴューで代表される「現代人」には、「新興宗教の信者」という要素は多分、いや十中八九想定されてない。だけど実はこんなにいるのだ。どこが日本人は宗教心が薄いって? 本書を読み進むうちに、無信心者の私は自分が突如少数派になってしまったような心細ささえ覚えましたよ。仏教・キリスト教・ムスリム・ヒンドゥーなど、古い宗教に対してはそんなことはないのにね。救い主への切望、ナイーブ過ぎる日本優越論。それらが殆どであることが、どうにも落ち着かなくさせるのだ。
無理を承知でないものねだり。写真かカットが、もっと欲しかったなあ。 |
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秘密の花園
【マガジンハウス】
三浦しをん
本体 1,400円
2002/3
ISBN-4838713665 |
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評価:B
若い女性作家が描く若い女性の話、しかも版元はマガジンハウス。とくればどうしても先入観を持ってしまう。あー、又ぞろぬるーいレンアイとユウジョウとジブンサガシの繰り言か……と思ったのは浅はかに過ぎました。これは、良いです。しかし帯の文句はどうかなー。“カトリック系女子高校に通う17歳たち3人の「秘めごと」のゆくえ。”ってねえ……このタイトルでこういうコピーをつけたら、早合点するスケベな人が続出するでしょうが! 断っておきますが、全ッ然そういう話じゃないからね。あとがきで作者自身も書いてますが、吉田秋生の『櫻の園』の世界です。しかも二番煎じじゃないのだよ。よりハードになった2002年バージョンです。すっくりと立った3人の少女。那由多と淑子と翠は、どんな顔、どんな声をしているんだろう。映画とか、FMのラジオドラマとか、それこそ少女マンガとか、活字以外の形に翻訳された姿も見てみたくなる。そんな小説です。 |
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李朝 暗行御史霊遊記
【角川書店】
中内かなみ
本体 各1,500円
2002/3
ISBN-4048733559 |
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評価:B
17世紀朝鮮、若きエリートの主人公が国王から直々に賜った任務は、身をやつして地方に赴き、民情や官吏の行状を探ること。そして彼の場合は更に、鬼神・妖怪を封じるという特別の任務があった……という、乱暴過ぎるが一言で説明すると、水戸黄門と遠山の金さんと陰陽師と西遊記、でしょうかね。時代劇とお化けが好きな人、読んで損はありません。そして血腥いのが苦手な人、本書は安心して読めますぞ。死人が全く出ない訳じゃありませんが、主人公は人を殺さないし、妖怪だって無闇に滅ぼさない。力を封じて自分の手下にしてしまうのだ。今後のシリーズが待たれます。って、本書には何とも書いてないんだけどさ。でもこれだけ山ほど伏線張って、思わせぶりな台詞もそこここにあるんだもん。当然続きがあるでしょう。なかったら怒るよ。
と、楽しませてくれる本ですが、惜しむらくは文章がちょっと生硬だな。あと、イラストがあったらなあ。 |
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龍時
【文藝春秋】
野沢尚
本体 1,429円
2002/4
ISBN-4163208704 |
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評価:D
小説の体裁をしてはいる。が、これは小説ではない。少なくとも、小説を読む人間に読ませるための小説ではないよ。
主人公が、どういうタイプの選手であるかは書いてある。家庭環境も、名前の由来も、初恋の経緯まで。でもそれは文字だけだ。生身の彼が頁から立ち上がっては来ないんだよ。この主人公は本当に、一流のサッカー選手となることだけを切望している16歳の少年なのか? 違うだろう。40歳を過ぎた大人である作者が、自分の言いたいことを彼に仮託して言わせるために作った、名前だけの存在でしかない。彼だけじゃない。スペインの街についてもスペインのサッカーについても、どれもこれも予備知識が相当ある人でなければチンプンカンプンでしかないだろう。知識のない読者でも、首根っこを捕まえてとにかく最後まで読ませてしまう、イメージの喚起力。それが致命的に欠けている。
掲載誌がスポーツ雑誌だったこと。作者はそれに甘えてはいないか。 |
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著者略歴
【早川書房】
ジョン・コランピント
本体 1,800円
2002/3
ISBN-4152084030 |
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評価:A
おおっと、これは一本とられました。『太陽がいっぱい』+『シンプル・プラン』だなんて言われたら、つい判った気になってしまうよなあ。出来心に負けて罪を犯し、そのまま破滅への道を突き進むことになった男の手記。そう、一人称小説じゃない、手記なのだ。てことはラストで明かされるであろう執筆場所は死刑囚独房? それとも自殺を控えての書き置き? いや全く、あらかた予想がついてて読んでても結構ハラハラするんだから、この作者は上手いよ……などと思い込んでいたのですが。まさかこういう終わり方があったとはねえ。
と、ミステリ読者としてもう随分すれっからしになってしまった私は、してやられた喜びにほくそえんでいるのですが、「こんなんありかー!」って怒り出す人もきっといるんだろうなー、これは。でも舞台が何しろアメリカだからねえ。冗談でも皮肉でもなく本当に、こうなっちゃいそうな気がしない? |
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悩める狼男たち
【早川書房】
マイケル・シェイボン
本体 2,200円
2002/2
ISBN-4152083999 |
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評価:C
うーん、読みにくい文章だなあ。そもそもは作者の文体のせいだが、訳文の責任も結構あるぞ。いかにも絵に描いたような英文の翻訳の見本ってな調子で、つまりは日本語としてこなれがよくないのだ。
冒頭の表題作は子供の目から見た子供の物語で、ラストの1篇は怪奇もの。で、間に挟まる7編はどれもよく似てる。離婚寸前だったり離婚してたり何か問題を抱えてたりするアメリカの男達の、ちっともいいことのない日常の生活。こういう話を、「敗残者組合の古参会員」みたいな表現満載で書かれると、ちょっとなあ。もっとストレートな文章の方が、このバカで不器用なダメ男どもに親しみを持てたと思うのですが。似た話ばかりが続くというのは、それでなくても「あ、もう判った」になりかねないのです。
しかし、アメリカで結婚生活が破綻するっていうのは、相当面倒臭いことのようですねえ。
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散文売りの少女
【白水社】
ダニエル・ペナック
本体 2,400円
2002/3
ISBN-456004743X |
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評価:AAA
うわあ、何ちゅう小説じゃこりゃ。帯にはフランス・ミステリーとあって、となると私の乏しい読書体験ではシムノンとボワロー&ナルスジャックしか出てこないのだが、「炸裂するギャグ」とあるからにはそれらとは相当に違う筈。で、実際に読み始めたらばもう冒頭からいきなりぶっ飛び過ぎ。あなたは笑うのを通り越して目が点になることでしょう。
殺人が何件も起こり、その謎を巡ってストーリーは二転、また三転。確かにミステリとしても凄く面白いのだが、しかし実はそんなことは二の次なのだ。主人公マロセーヌ一家のとんでもない存在感こそが読みどころです。彼らの愛情は小気味がいい。愛する者によって行動を左右されることを、誰一人として束縛だなどとは思わない。自ら望んだことなのだ。この辺、獣木野生(伸たまき)の「パーム」シリーズを連想しました。現代の暴力や悪意にも負けない、逞しい愛情の痛快さ。その前には、“癒し系”なんてゴミだよ。 |
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