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阪本 直子の<<書評>> |
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ハルビン・カフェ
【角川書店】
打海文三
本体 1,800円
2002/4
ISBN-4048733486 |
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評価:C
移民や不法滞在者が形成する、日本の中の別世界。裏社会での犯罪と愛憎……という話はよくあるが、これは少々毛色が違う。舞台は東京でも大阪でもなく、福井県の港湾都市。時代は数十年後の近未来。そして登場する闇の組織は、何と警察官の集団だ。殉職警官の報復を叫び、マフィアを、そして鎮圧者を、容赦なく殺していく……。
という冒頭は滅法興味をそそる。謎めいた人物が次々現れ、やがて浮かび上がってくる一人の男……あれれ? こんな途方もない人物が出てきてしまうとは。神のように無慈悲で悪魔のように魅力的な、物語の全てを操る男。好き好きだと言われればそれまでですが、何か面白くないぞ。しかもそんな抜きん出た存在の癖に、こんな終わり方な訳? そりゃ竜頭蛇尾ってもんでしょう。なまじっか最初の期待感が大きかっただけに、肩すかし感もまた大きいのだ。
会話の文体が少々硬い。特に子供や少年の語彙には、もっと気を配って欲しかったな。 |
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痩蛙
【角川書店】
鳴海章
本体 1,600円
2002/5
ISBN-4048733613 |
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評価:B
何とも惨めに荒み切って救いのない冒頭。主人公は30歳、およそ成績の良くない営業マンにして一度も勝ったことのない4回戦ボーイ。仕事にも会社にも愛着のかけらもないが、辞めたところでただ借金が残るだけ。やがて彼は、夜の街をうろついて人を殴るようになっていく……。
つまりこれは“ノワール”か? 気が付いたらいつの間に、どうしてこんなところまで墜ちていたの、という話になるのかと思ったら。パンドラの箱には最後に希望が残っていたのでした。よほど上手にやらないと白々しくなってしまう展開だが、細部のリアルさが効いてます。そして何よりも、作者の目の温かさがいい。俗物も小心者も苦労人も変人も、嗤われ断罪されている者は一人もいない。だからこそ主人公に感情移入できるのだ。ロマンチック、大いに結構。
しかし帯コピーには文句があるぞ。これって内容を全部言っちゃってるのと同じでしょう。 |
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ルール
【集英社】
古処誠二
本体 1,600円
2002/4
ISBN-4087753069 |
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評価:C
まずいことが一つあった。今回の課題本を知らされたのは、「本の雑誌」6月号を読んだ後。池上冬樹氏がこの本を酷評してるのを、もう読んでしまっていたんである。今更忘れることもできないが、だからって「未読」で逃げるのか。ままよ。
で、読みました。……成程ね。
先入観は皆無だと言い切る自信などないが、池上評には確かに頷けます。丁寧に書き込んであるし、山程の参考文献が列挙されている。しかしこれだけの“勉強”をしても尚、この文章には温度がない。今この場面でこの人物達は、暑いのか、それとも寒いのか? そんなことすら伝わらない。そして、彼等の会話にも違和感がある。五十数年前、日本軍内部での会話とはどうしても思えない。
そもそも、この小説は一体何なのだろう。軍隊オタクや戦争マニアの為のものでもあるまい。大西巨人や梅崎春生の作品とは、そもそも比べること自体が間違いだし、それは勿論判ってはいるのですが……。
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パレード
【平凡社】
川上弘美
本体 952円
2002/5
ISBN-4582829961 |
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評価:A
小さい。薄い。そのくせハードカバー。アイボリーのカバーの文字と絵。全てが、昔の本、を思わせる造り。子供の頃、親の本棚にあった古い本、学校の図書館の片隅にあった本のような。坪田譲治とかね。中を開くと頁もアイボリー、そこにゆったりと余白多く並んだ文字は精興社活字の字体。ページ数を稼いでる? とんでもない、読んでみれば判ります。梅雨明けの土曜日、昼下がり。薬味たっぷりのそうめんをちゃぶ台で食べて、せみの声を聞きながら昼寝して。「昔の話をしてください」そう促されて思い出す。子供の頃、突然自分の部屋に現れた天狗。そして、仲間外れにされていたゆう子ちゃん……まさしく中味も坪田譲治を思わせる世界です。判型も字体も装丁も、これでなくてはしっくりこない。電子ブックとかいうものがあるそうですが、ビジネス本の類だけにしておいてよね。
え、でも『センセイの鞄』をまだ読んでない? 大丈夫、単独で読めるからご安心を。 |
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ベリィ・タルト
【文藝春秋】
ヒキタクニオ
本体 1,524円
2002/5
ISBN-4163209107 |
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評価:E
うーん、またか、この作者は。『鳶がクルリと』の時にも思ったけど、何だってこう喋らせ過ぎるかな。取材して得た知識を十なら十、百なら百、ぜーんぶ開陳しなけりゃ気がすまない訳? 不必要な饒舌さは不自然なだけだ。
人物造形も不自然の極み。特にヒロインの母親だ。「卑小で浅薄な一般世間」の代表としてのみ設定され、作者の愛情は微塵も感じられない。徹頭徹尾“敵役”だから、読者は自動的にヒロインに感情移入して芸能界入りを応援してしまうという仕組み。でもね、こんな怪しい芸能事務所、別に抑圧的な親じゃなくたって、信じろと言う方が無理と違う?
小市民を愚かと断じ、そこから外れた者でありさえすればヤクザでも無条件に肯定する。全体にそんな空気で貫かれているが、それって逆差別、逆エリート意識じゃないか? どんな凡人でも無能者でも、誰だって生きてていいんだよ。物語の最後に起こる事件には、どうしても承服できません。 |
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空のオルゴール
【新潮社】
中島らも
本体 1,500円
2002/4
ISBN-4104531014 |
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評価:B
え、えーと。何じゃこりゃ?
いやはや、これはまた何ともミョーてけれんな小説だ。帯に書いてあることは、取り敢えず全部無視していいです。いやそりゃ、確かに始まりはその通りですよ。しかしその後の展開は、帯を読んであなたが予想したであろうものとは必ずや違っていますから。起承転結も序破急もない。整合性? そんなの知るか。これは作者と登場人物たちのジャムセッションだ。脱線しようがやり過ぎだろうが、ノッてるんだからいいのである。ノリはどんどん高まって、残り僅か数十ページ、おいおい、これでどうやって落ちをつけるんだ? と思ったらこりゃまた何と力技。延々と続くかに見えたセッションも、ドラムスの一発で強引に幕だ。唖然呆然、大爆笑。いやあ、問答無用とはこのことです。
と、私は楽しませて頂きましたが、万人にお薦めは致しません。何しろ特徴のある味だからね。 |
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非道、行ずべからず
【マガジンハウス】
松井今朝子
本体 1,900円
2002/4
ISBN-4838713673 |
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評価:AA
元旦早々、火事に見舞われた芝居町。中村座の焼けた楽屋で見つかった死体は、明らかに殺人の被害者だった。犯人は小屋の人間なのか? そして、その動機は?
おお、これは時代物というよりも、堂々たる演劇ミステリだ。物語の舞台は劇場周辺に限られ、登場人物は町方同心2人の他は芝居の世界の人間のみ。新作狂言が書かれ、稽古され、舞台にかかって観客を熱狂させるまでの、役者の魅力や我儘が、作者の苦心が、裏方の汗が、余すところなく描かれる。そしてその全てが殺人事件と結びついている。戸板康二の中村雅楽シリーズ、それから日本のものではないけれど『オフィーリアは死んだ』などの演劇ミステリ。それらがお好きな方、強力にお薦めいたします。
但し、気になるところが2つほど。ラスト、作者は沢蔵の年齢を勘違いしていないか? それから、いくら地の文でも、江戸時代の話に「牛耳る」はやっぱりまずいでしょう。 |
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坊っちゃん列車かまたき青春記
【毎日新聞社】
敷村良子
本体 1,600円
2002/4
ISBN-4620106577 |
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評価:B
伊予鉄道の組合新聞に連載された機関助士の思い出を、姪である作者が小説化した作品。ということは、作中のエピソードの大半は実話に基づいていると思われる。闇焼酎の度を強くするためネコイラズを入れていたとか、仲の悪い駅員には乗務中に悪戯をしかけたりとか、現在なら考えられない話ばかりだが、ほんとなんですね。たかだか五十数年で、いやあ、世の中変わるものである。
はきはきした文体と方言の会話が小気味良い。機関車の整備やかまたきの様子も、目の前で見ているように浮かんでくる。ただ、物語の殆どが機関庫の周辺に終始しているのがちょっと寂しいな。主人公ケンボの家族の姿とか、戦後の社会風俗とか、そういうものをもっと書き込んでもよかった気がする。機関庫の面々のどたばたな日常が楽しくおかしくいとおしく活写されているだけに、ないものねだりをしたくなってしまうのですよ。もっと長くてもよかったなあ、この小説は。 |
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石のハート
【新潮社】
レナーテ・ドレスタイン
本体 1,800円
2002/4
ISBN-4105900307 |
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評価:AA
絵のように円満で幸福な家庭だった訳ではないが、特に不幸で問題があった訳でもない。思春期に入った姉と兄は気難しく、12歳のエレンにもそろそろそうなる兆しがある。3歳の弟は火傷をしてしまった。生まれたばかりの妹は体が弱かった。母は神経質になり、父はそれをどうにも出来ない。だけど、ただそれだけのことだ。どうして、この家族が失われなければならなかったのだろう? エレン一人を残して。
事件から25年後、エレンは昔の家に戻ってくる。現在の生活と交互に語られる、悲劇への予兆をはらんだ一家の最後の1年間。それは濃密な愛情に満ちている。衝突も不安も悲しみも、愛情があるからこそなのだ。しかし愛情は、それ自体が幸福と生を約束してくれるものではない。
この小説の着想は、実際に起きた事件だそうだ。他人が覗くことのできない家の中。そこではどんなことも起こり得る。「信じられない!」と叫ぶのは無神経でしかないのだ。
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ミルクから逃げろ!
【青山出版社】
マーティン・ミラー
本体 1,600円
2002/4
ISBN-4899980353 |
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評価:B
コミックブックの大収集家(つまりオタクだ)にしてドラッグの売人(但し小物)のアルビーはいつも体調が悪い。牛乳アレルギーと判って問題解決かと思いきや、気が付いたら牛乳撲滅運動の扇動者ってことにされていた。大打撃を被った牛乳会社が殺し屋を雇ったからさあ大変! という、早い話がハチャメチャです。まー一応、上記が話の本筋ってえことになるのでしょうが、その他にもゲームセンターで毎夜対決する2人とか、地中深く埋まっている昔の王冠を掘りたい教授とか、ミョーな連中が目白押し。取り敢えず何も考えてはいけません。考えるだけバカみるよ。
過去の経緯と現在の状況が、どちらも現在時制で語られます。なのに何故か読んでて混乱することがないのは上手さだね。 |
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