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北山 玲子の<<書評>>
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暗いところで待ち合わせ
暗いところで待ち合わせ
【幻冬舎文庫】
乙一
本体 495円
2002/4
ISBN-4344402146
評価:A
 耳を澄ます。視力を失ったミチルは自分しかいないはずの家に人の気配を感じる。ミチルに気づかれないようにひっそりと同居しているアキヒロは殺人犯として追われる身。2人の物語は微妙な距離感を保ったまま静かに、切なく進んでいく。傷つくのがいやでなかなか他人を受け入れることが出来ない、でも他人と係わっていたい気持ちもないわけでもない…。そんな複雑な心情を描くのが相変わらずうまい。ホラー作家というイメージの強い乙一だけれど、実は恋愛ものも結構イケルと実感したのは『きみにしか聞こえない〜CALLING YOU〜』という短編集の表題作を読んだ時。それは孤独な少女が自分の頭の中で想像した携帯電話を使って同じような気持ちを抱える少年と会話をするようになるという話だった。少女と少年のそこはかとない恋心をこういう形で読ませる著者のセンスに、いい年をして角川スニーカー文庫手にして涙してしまったのを覚えている。

チグリスとユーフラテス
チグリスとユーフラテス
【集英社文庫】
新井素子
(上)本体 686円
(下)本体 571円
2002/5
ISBN-4087474402
ISBN-4087474410
評価:D
 えっと、高校の時初めて読んだ『あたしの中の…』から20年近く経つんですけど、久しぶりに読んだら相変わらず同じような文体なので微かに驚愕。実はものすごーくニガテなのです、この新井素子文体が。でも読んじゃったので評価させていただきます。SFのコーティングを施した女性読本的な小説でした。小説?なのかな。なんだか著者がまるまる出てしまったみたいな内容だったけど。つまり、著者の言いたかったこと(女性としての生き方、仕事、妊娠など)を登場する女性達に語らせているといった感じ。まあ、そういうのもありだとは思うけど、逆年代史という設定をもっと生かした物語ならよかったのに。それにSF音痴なので間違った受け止め方をしているかもしれないけど、このテーマってもうそろそろ手垢が付き過ぎているんじゃないでしょうか。10代で読んでいたらまた違った印象を受けるのたのかなぁ。ごめん、この年でこの小説は読むのはちょっとキツかった。

咆哮は消えた
咆哮は消えた
【徳間文庫】
西村寿行
本体 522円
2002/5
ISBN-4198917094
評価:A
 今まで西村寿行=エロ。という方式が自分の中では常識だった。ご本人(見てるわけないけど)及び関係者の皆様、誠に申し訳ございませんでした!いやいや、冗談でなく本気で反省した。吉村昭の『羆嵐』が大好きな自分にはまさにうってつけの動物もの短編ばかり。滅びていく日本狼の雄雄しさ、それに立ち向かっていく男たちの凄まじさ、自然の中で生きるものの残酷で過酷な世界。動物たちの存在に畏怖と敬意を抱き、まるで何かにとりつかれた様にそれに向かっていく爺さんたちの姿がとにかくかっこいいのだ。そして、それにも増してすごいのが動物の存在感だ。もちろん彼らにはセリフなどないが、不思議と表情や言葉がこちらに伝わってくる。著者の筆力の凄さを実感した。中でも、『海の修羅王』の石鯛<歯っ欠け>との死闘は迫力があり、心を鷲掴みされた。著者に対して私と同じような印象を抱いている人にはぜひ、一読することをお勧めしたい。

聖の青春
聖の青春
【講談社文庫】
大崎善生
本体 648円
2002/5
ISBN-4062734249
評価:A
 将棋の世界は外から見ているととても静かで温度が低そうに見えた。そんな思い込みを覆したのが『月下の棋士』という漫画にハマッた時だった。そこに登場する棋士たちの将棋に臨む姿勢が熱くてとにかく凄まじいのだ。しかし心のどこかではやっぱり漫画の世界だからと思っていたのも事実。ところが本書を読んで、あのしーんとした対局の向こう側にはとてつもなく凄まじい世界が実際にあることを知った。将棋だけを見つめている村山聖の生涯を描いた本書は、やり切れなさと悔しさで胸がいっぱいになる。村山と親しかった著者の視線は優しくて暖かい。しかし、のめり込む寸前の気持ちで描かれているので一人よがりになりそうなところをなんとか踏み止まっている。死の間際までひたすらに将棋のことを考えていた彼の人生を感動なんて言葉で表すにはなんだか弱く、薄っぺらくて、どんな言葉も嘘っぽく聞こえる。だから、とにかく読むしかないぞ。

うまひゃひゃさぬきうどん
うまひゃひゃさぬきうどん
【光文社知恵の森文庫】
さとなお
本体 533円
2002/5
ISBN-4334781616
評価:E
 W杯の実況アナウンサーがエキサイトすればするほど見ているこちらは引いてしまう。それと同じことをこの本を読んでいて感じた。感じた、というより引きっぱなしだった。さぬきうどんは確かにおいしいけど、少なくともこの本を読んで食べたい!という気はあまり起きなかった。もともとホームページのワンコーナーを本にしたものだから仕方ないのかもしれないけど、必要以上に文字が大きくなるのはどうなの?これってネット上では効果的かもしれないけれど活字として捉えるとあまり効果はないんじゃないかな。テンションの高いのは著者だけで、読んでる方はどんどん冷静になっていく。もうこれはさぬきうどんが好きで好きでたまらないという人にはいいかもしれないけれど、私はそれ以外のうどんも大好きなのでいまいちピンときませんでした。

嘲笑う闇夜
嘲笑う闇夜
【文春文庫】
ビル・プロンジーニ
ハリー・N・マルツバーグ
本体 733円
2002/5
ISBN-4167661047
評価:B
 なるべくわき見もせず集中して一気に読み込む。ラストを迎えた瞬間、リングの上で真っ白に固まっている自分の姿を見たような気がしましたよ、ほんとに。久々にB級の匂い充満するストーリーを堪能できた喜びで胸いっぱいだ。こういうタイプの物語に理屈とかいらないから、多視点で描かれるスピード感に身を任せただただひたすらブラッドストーンの住人のなりきることが大切。登場人物が皆怪しげでどいつが犯人でもおかしくない。というより、もう、誰が犯人でもいいやと思ってしまう程埋没したくなる1冊だ。こんなぶっ飛んだ話が70年代に書かれていたなんて驚き。ラストのどんでん返しは映画『ユージュアル・サスペクツ』ばりの展開を見せ、最後まで気が抜けない。

最も危険な場所
最も危険な場所
【扶桑社ミステリー】
スティーヴン・ハンター
本体 各848円
2002/5
ISBN-459403571X
ISBN-4594035728
評価:A
 言わずと知れたスワガーシリーズの第7作目。前作に続いてアールが主役の本書は彼と6人のガンマンたちが大活躍するスティーブン・ハンター版『荒野の7人』といったところ。うまいなあと思ったのは、鬱屈する上巻とスカットする下巻のバランスの妙。上巻では有色人種の刑務農場に潜入したアール・スワガーが、これでもかこれでもかと痛めつけられるエピソードが続く。読んでいる自分もアールと同じような気分に陥りどよーんとなる。しかし、下巻になると一転,逆襲,逆襲、また逆襲。今までのやり場のないストレスが一気に爆発していつものような、ガンアクションが炸裂。これほど楽しく一気に読ませるなんてさすが、スティーブン・ハンターだ。登場するガンマンたちがまったく協調性のなさそうなところがいい。しかしそれ以上に、じじいキャラ好きの私としては、フィッシュ、エド・マグリフィンの老人2大巨匠のカッコよさにググっときた。

検事長ゲイツの犯罪
検事長ゲイツの犯罪
【講談社文庫】
シェルドン・シーゲル
本体 1038円
2002/5
ISBN-4062734451
評価:C
 元妻とその兄、元恋人、主人公の弟など。ドリームチームってどんなものなんだろうと思っていたら、サンダーバードみたいに身内で固めたわけね。正直最初はなんだこれと思ったけど、マイケル・Z・リューインの『探偵家族』を読んだ時に感じたちょうどいい温度のぬくぬくした感じが魅力なのかもしれない。ただ、長いわりにストーリーが単調でドキドキ感が足りないのが、ちょっと…。話の中心である謎に魅力を感じないし、登場人物たちにパンチ力がなくていまいちだった。主人公と彼を取り巻く人々との関係、検事長ゲイツとのやりとり、そして法廷シーンとどれかに比重を置いたほうがよかったのでは?ただ救いだったのは、もう飽きたよという所で登場した87歳の探偵"ニック・ザ・ディック"の存在。このいい味出しまくりのじいさん探偵の為だけに読み進めたといっても過言ではない。

ミスターX
ミスターX
【創元推理文庫】
ピーター・ストラウブ
(上)本体 960円
(下)本体 940円
2002/5
ISBN-4488593011
ISBN-448859302X
評価:C
 自分探しの旅。ってこうして今その言葉を書いているだけでジンマシンが出そうになるくらい大嫌いな言葉だけど、結局、この物語はそういう話です。でも、ピーター・ストラウブの語る自分探しの旅は、仕掛けと謎が入り組んで一筋縄ではいかないぞ。母の危篤で帰郷したネッドの前に現れた自分そっくりのロバートという男、誕生日ごとに見る悪夢に現れる謎の男・ミスターX。自分の出生の秘密を探るネッドの周りにはびこる怪しげな影。先へ進むほどに謎が増えて、迷い込んでしまう。要チェックはダンスタン家の3人の叔母さんたち。キュートで怪しくて俗っぽいところがいい。で、話はラブクラフトの作品世界がベースにある物語だからちょっと自分にはとっつきにくかった。ラブクラフトといったら諸星大二郎描くクトゥルーちゃんとかその程度の知識だもの(←どんな知識だよ)。それにしても登場人物表に40人って圧巻だな。くれぐれもそれだけでうんざりしないように。

死を啼く鳥
死を啼く鳥
【ハルキ文庫】
モー・ヘイダー
本体 980円
2002/4
ISBN-4894569620
評価:C
 例えば料理。レシピどおりに作るとだいたいはそれらしいものになる。それと同じで、連続猟奇殺人もののレシピ通りに書いたらそれらしくできちゃったというのが本書を読み終えての正直な感想。この手のものにもう今更新鮮味は感じられない。殺されるのは娼婦、意味有り気に装飾される死体、主人公の暗い過去、主人公に対抗する一見出来そうでまったく使えない同僚。ああこんなにもパターンで攻められるとむしろ気持ちよくなるぞ!そして、著者もどこで話を終わらせたらいいのか迷っているような二転三転するラストのしつこさ。いったいどこに落ち着くのかと思えばいかにも次回をお楽しみに的な決着の付け方はどうなのかな。話自体は正直Dでもいいのだが、『BIRD MAN』というストレート過ぎる原題に”死を啼く鳥”とつけた訳者のタイトルセンスに敬意を表してCにさせていただきました。

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