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北山 玲子の<<書評>>
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亡国のイージス
亡国のイージス
【講談社文庫】
福井晴敏
本体 上・下各695円
2002/7
(上)ISBN-4062734931
(下)ISBN-406273494X
評価:A
 家庭でも先任伍長でしかないと妻に離婚を突然言い渡される仙石は、映画や漫画に出てくるやたら正義感に満ち溢れた軍人ではなく、普通のおっちゃんだ。しかし、このおっちゃんが上巻のラスト辺りで俄然カッコよくなる。仙石の自分をもう一度取り戻す決意みたいなものが冒険小説を読んでいる時の一番の醍醐味だ。
また、もう一人の主人公・如月行は何故か有島武郎の『生まれいづる悩み』の木本と重なった。時代も境遇もまったく異なるのだが、どちらも不器用で無骨な中に純粋な心を持っているところが似ているのかもしれない。
イージス搭載の護衛艦というリアルな軍事システムをベースに展開する架空の物語は、未来に起こり得てもおかしくはないと思わせるリアリティがある。それは現実の軍事事情をただの資料の羅列で終わらせずに、著者がそれを噛み砕き自分のものとしているからではないだろうか。

暴れ影法師
暴れ影法師
【集英社文庫】
花家圭太郎
本体 705円
2002/7
ISBN-4087474720
評価:B
 最初はまったく期待していなかった。どちらかというと口の達者な男には興味ないし、やっぱり時代物にはチャンバラがないとね、というタイプなので。しかし、秋田佐竹藩を救うために時間をかけながらも淡々と、サクサクと計画を実行する小十郎のホラ話にとうとう最後までつき合ってしまった。なんといってもこの物語の魅力はあっけらかんと能天気なところ。ふつうは中盤で主人公に危機が訪れてもいいものだが、完全無欠なヒーロー・小十郎の辞書には危機なんて言葉はないのだ。そこのところがたぶん好き嫌いの分かれ目かもしれない。小十郎はまるで黒澤映画の『用心棒』に登場する桑畑三十郎を彷彿とさせるキャラクターだ。小十郎のことが大好きなひわと、まったく理解できないという多希。この対照的な2人の女性の存在が面白い。時代物はちょっと…。という人にもたぶん、楽しめる作品だと思う。

わたしのからだ
わたしのからだ
【祥伝社文庫】
桐生典子
本体 543円
2002/8
ISBN-439633060X
評価:B
 不気味で美しいラストが印象的な『カルシウム クッキー』、手首から流れる血を見ることで現実を受け入れようとする女性の姿が痛々しい『赤色リアリティ』など、収められている短編はどれも感情に埋もれることなく冷静に、あくまでも客観的に<からだ>と<こころ>のややこしくも不思議なつながりを浮き彫りにする。骨、血液、心臓、目、毛髪など…をテーマに綴られる物語は今までに触れたことのない硬質でひんやりとした感触を持つ。密接に結びついているはずのこころとからだ。しかし、自分では計り知れないことが体内で起きているかもしれないとふと考えた時、血液も心臓の鼓動も自分のものなのに別の生き物のように思えて少し不気味だ。そのなんともいえない感覚を言葉にして紡いでいる。個人的には『排泄狂騒曲』のうんこ臭い洋館に住む家族の、排泄にまつわる話が妙に気に入った。

かっぽん屋
かっぽん屋
【角川文庫】
重松清
本体 571円
2002/6
ISBN-4043646011
評価:C
 少年の性に対するマヌケだけれどマジメな悩みを描いた表題作や、男の悲哀を描いた『大里さんの本音』『デンチュウさんの傘』。バラエティに富んだ作品が収められている短編集は重松清の創り上げる世界のベースともいえる作品で構成されており、おまけに著者インタビューまで収録されたファンには嬉しい1冊だろう。正直、自分は著者の作品はどうも肌に合わないのだが、唯一『失われた文字を求めて』は傑作だった。1日中読書をして内容を要約するという本好きにはたまらなくおいしい読書士という仕事に就いた大島さん。最初はプロの読書士として「やってやる!」と気合十分だったが、実際取り掛かると1日のノルマはあるし、書店にみだりに出入りしてはいけないと制限されたり、だんだんと彼にとってはキツイ仕事になっていく。読めば読むほど空しくなっていく大島さんはついに!
…と、本好きにはなんだか妙に胸に染み入る話でした…。

帝都異聞
帝都異聞
【小学館文庫】
草薙渉
本体 619円
2002/8
ISBN-409410013X
評価:D
 大久保利通暗殺計画取材のため帝都に上京した新聞記者・雨森。ああ、しかし漱石の『三四郎』の小川三四郎のように彼もまた都会の女に振り回され、おまけに殺人容疑をかけられてしまうのであった。大志を抱いて上京したはずがいきなり散々な目にあってしまうお間抜けな主人公。少年漫画のように颯爽と登場しておきながら、それでいいのか雨森君!華々しく登場したわりにはだんだんと主人公としての精彩を欠いていくのがちょっと気になった。しかも熱血素直青年のようでいて、兵役を免れるための画策をあれこれと考えたり、意外と狡賢い所もあるよくわからん性格だったりするのだ。
同じ時代を描いた山田風太郎『警視庁草紙』の大ファンとしては、どうも納得のいかないところがあって、いまいちピンとこなかった。

よみがえる鳥の歌
よみがえる鳥の歌
【扶桑社セレクト】
セバスティアン・フォークス
本体 上・下各848円
2002/6
(上)ISBN-4594036163
(下)ISBN-4594036171
評価:C
 フランスの紡績工場、第一次世界大戦、70年代のイギリス。3つのシーンから成る本書は特に戦場シーンがじっくりと読ませて印象深い。人生に対してたいした希望も持てずにいた青年・スティーブンが戦争体験を通して生きることの喜びを噛み締める、いい話だ。第一次大戦時の気の滅入る戦地でたくさんの死を目の当りにすることで生きるということの意味を見つけ出す。地雷工兵隊大尉・ウィア、地雷工兵・ジャックらの魅力のある男たちとの係わることで、どちらかというとひ弱なスティーブンが少しずつ変化し成長していく姿は素直に感動できる。ただ、脇役に味のある分、スティーブンがちょっとぼやけてしまったかなという感じは否めない。また、戦争前のフランスの紡績工場経営者妻・イザベルとの恋愛話は正直、なくてもよかったかなという気がしないでもない。もちろん、このことが後々彼の人生に係わってくるという意味では必要なのだが…。

煙で描いた肖像画
煙で描いた肖像画
【創元推理文庫】
ビル・S・バリンジャー
本体 680円
2002/7
ISBN-4488163033
評価:B
 昔心惹かれた女性・クラッシーの消息を辿るダニー。なかなか探し出すことの出来ない彼の心の中は彼女への想いで徐々に支配されていく。過去の想いに向かって一途に進んでいくダニーと、常に高い所を目指して先へ先へと進んでいくクラッシーの物語は、男性の純情と女性のしたたかさを如実に描く。ありがちな話ではあるけれどどうにも煮え切らない、ままならない物悲しい読後感がいい。それにしても、自分に品も能力もないとわかっていてそれを補うために努力しているクラッシーは向上心の塊みたい。方向性は間違っているけれど、コツコツと努力家で悪女と言い切れないところがあるなぁ。
 先月の『闇に消えた女』同様女性に振り回される男の哀しくもしみじみとしたいい(?)お話でした。

首切り
首切り
【ハヤカワ・ミステリ文庫】
ミシェル・クレスピ
本体 880円
2002/7
ISBN-4151734511
評価:A
 夫婦仲はうまくいっているし2人の娘も順調に成長している。傷ひとつないクリーンな人生。リストラはされたものの生活そのものは概ね幸せ。だからこそ必ず再就職をしてこの幸せを続行させたい。ジェロームのそんな当たり前の希望が少しずつ軌道を外していく。再就職へのチャンスを手に入れるために孤島にむかった彼はそこで同じような境遇の人々と共に試験を受けることになるのだが、事態は思いも寄らぬ結末を迎えることに…。話が進むに連れ状況はどんどんばかばかしく大袈裟になっていく。何が何でも仕事を手に入れたいという焦燥感とライバルに対する疑心暗鬼な気持ちは読み手にいやというほどひしひしと伝わり胃には悪いかもしれない。少しだけずれたジェロームの人生はやがてものすごいスピードであらぬ方向へ飛んでいくことになる。説教も感動もなくベースはあくまでもブラックだけれど、犯人捜しありサバイバルありと様々な味付けの施されている盛りだくさんな内容だ。

誰も死なない世界
誰も死なない世界
【角川文庫】
ジェイムズ・L・ハルペリン
本体 952円
2002/7
ISBN-4042788025
評価:D
 誰も死なない世界か。ふぅ…、ホントにそうなったら今に人口過密状態で大変なことになるよ。とSFを楽しく読み解く遺伝子の組み込まれていない私にはただただぶ厚い教科書を読まされる苦行に満ちた1冊だった。それでも最初は結構面白かった。冷凍保存を解凍しようとするテロリストの登場シーンには心躍らされたし。けど、未来に進めば進むほど話に流れがなくなり、箇条書きみたいな説明口調になっていくように感じた。物語性が希薄になって、冷凍保存ってこんなに素晴らしいのだ!という著者のご高説をだらだらと聞かされる羽目に。ここまで様々なことを調べて書き上げたことはスゴイことだとは思う。思うけど、なんだか方向性が徐々に怪しくなっていくのが、どうも…。
 あとどうでもいいことだけどどうしても言っておきたいことが。'ヤマツオ'なんて訳の分からない妙な名前の日本人を出さないように!

ウィーツィ・バット
ウィーツィ・バット
【創元コンテンポラリ】
フランチェスカ・リア・ブロック
本体 480円
2002/7
ISBN-4488802036
評価:C
 『ビバリーヒルズ青春白書』の映像がちらっちらっと頭をよぎり、何故かBGMは『カリフォルニアの青いバカ』だった。なんていうか、由緒正しきLAのヤングアダルト小説だな。主人公・ウィーツィは一見、不思議ちゃんだけど実は、理想の恋人を探しているごくフツウの女の子だったりする。彼女の家庭はもうとっくに崩壊していて、それでもそのことでグジグジ悩んだりせずに自分の道を切り開いていこうとする姿は好感が持てた。突然、ランプの精が出てきて願い事をかなえてくれたり、理想の恋人「マイ・シークレット・エージェント・ラヴァー・マン」(長いよ!)が登場したり、女の子が好きそうな要素が散りばめられているので10代の子には受けそう。…10代の子にはねぇ…。
 シリーズ第1作の本書にはCをつけたけど、今後このシリーズがどんな風に展開していくのか気にはなるのでとりあえず第2作目もぜひ目を通してみたい。

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