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今井 義男の<<書評>>
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グッドラックららばい
グッドラックららばい
【講談社】
平安寿子
本体2,500円
2002/7
ISBN-4062113228
評価:AAA
 親子間、男女間で発生する悲劇のおおかたは、互いに理解し合えているという根拠のない思い込みから始まる。片岡家はそんな轍を踏まない。各々のライフスタイルに相手の理解を必要としないから悲劇になりようがない。ただ、その代わりといってはなんだが喜劇じみたことは多少起きる。事の発端は家族を置き去りにして出奔する母。あろうことかそれを唯々諾々と受け入れる父。どんなときでもマイペースを崩さない長女。自己愛と逆境が上昇のエネルギーとなる次女。これら傑出したミーイズムが日本的もたれ合いベタつき構造の呪縛から四人を完全に解放しているのだ。まさに奇跡の一家といえよう。私の理想とする家庭の真の姿がここにある。家族という括りに甘い幻想を抱いている人には、徹底して不愉快な作品であってほしい。そしてすでに諦めの境地に達している人には、さらなる幻滅を。

滅びのモノクローム
滅びのモノクローム
【講談社】
三浦明博
本体 1,600円
2002/8
ISBN-4062114585
評価:B
 幕開けは昭和二十年八月の長崎。そして場面は回り舞台さながら一足飛びに平成の時代、北国のひなびた骨董市へ。左遷寸前の広告制作者・日下は商売気のない女から古い釣り竿と錆びたスチール缶を買う。缶の中の16ミリフィルムには一見何の変哲もない釣りの風景が。それは時が封印した悪夢の断片だった。眠りから覚めた映像は、闇にひそむ何者かを呼び寄せ、人知れずフィルムにつきまとう死臭は一歩また一歩と距離を詰めてくる。ヒロイン・花のすっきりした性格とは対照的に事件は底なしの陰鬱さをみせる。上手い。淀みない語り口に導入部からぐんぐん引き込まれる。後半、迫り来る影の正体が明らかになるにつれ脅威が半減してしまうのが唯一の弱点。花や日下に無力感を生じせしめるには少し駒が足りなかった。だが、全編に横溢する不気味さはそれらを補って余りある。

飛行少女
飛行少女
【角川書店】
伊島りすと
本体 (各)1,600円
2002/8
ISBN-404873380X
ISBN-4048733818
評価:B
 肉体や精神を蝕む病理は生半可な怪物よりよほど説得力がある。誰でも死にたくない。だから原因不明の病は理屈抜きに恐い。ところがそれが過去に起きた国家レベルの災厄にからむとなると矛先に無理が目立つ。荷が勝ちすぎるというか、圧倒的物量の死を前にして<個の思念>はいかにもひ弱で矮小である。ホラーの原則はゴシック様式、つまり閉鎖空間における個対個が望ましい。容積は家屋単位、広げてもせいぜい集落単位が限度である。どうでもよさそうなことだがこのスケールが実に重要なのだ。単なる怨念話が人類全般に波及した途端に破綻した例もある。医療サスペンス風の展開と消えた少女の探索には結構ドキドキさせられたのだが。

MOMENT
MOMENT
【集英社】
本多孝好
本体 1,600円
2002/8
ISBN-4087746046
評価:AAA
 死を目前にした患者の願い事をひとつだけかなえてくれるというまことしやかな仕事人伝説。病院のアルバイト清掃員・神田はなにかを清算しようとする人々の近くに偶然居合わせることで、その代替品のような役割を果たしている。積極的とまではいかないが、頼まれればなんの得にもならないのに誠心誠意で応える。死に行く者がほんとうに望むこととは。帰ってきた<本物>の仕事人のかなえる願いとは。人は持ち時間をなくして初めて生と向き合う。例外なくいずれ巡ってくるであろう審判の場に我々は答えを用意できるだろうか。重いテーマの幕間にさり気なく差し挟まれる神田と葬儀屋・森田との触れ合いに私はつつましく美しい生の形を垣間見る。物静かな筆致がしんしんと胸に染み入る佳作。

パーク・ライフ
パーク・ライフ
【文藝春秋】
吉田修一
本体 1,238円
2002/8
ISBN-4163211802
評価:A
 二年前ならこのような本は絶対に読まなかった。たとえ無理やり押し付けられたとしても適当にやり過ごしていた。人間いくつなっても発見と学習の毎日である。とにかく読んでみる。そうすることでまったく違った世界に出会える。ウイークディの午後、公園でわずかな時間を共有する男女。たったそれだけの話だ。平凡な日常の素描を世に問う意味、またそれを読む意味がどこにあるのか。長年分からないまま生きてきた。いまも分かったとは思えない。が、これだけははっきりといえる。人間を書くことが、すなわち小説である。面白い人間を書くことなのではなく、人間を書けば面白いのである。本書に収められた二編はそのことをいともたやすく証明している。

ツール&ストール
ツール&ストール
【双葉社】
大倉崇裕
本体 1,800円
2002/8
ISBN-457523446X
評価:A
 冷たいものばかり飲んで疲れた胃にやさしい軽さだ。素人探偵の手に余る事例もあるが、大体は日常的なサイズで事件は起こり、就職難民・白戸修は巻き込まれ続ける。頼みもしないのに向こうからやってくる悪意の数々を鋭い嗅覚で嗅ぎ分け、さらりと捌く手際が軽やかである。この小舞台では血生臭さや、やりきれない結末にうんざりすることもなく、記号化した人間も出てこない。ここは東方の果ての果て、なんだかんだいっても最後はやっぱり人間味がものをいう。主人公の人のよさがそのままこの連作集の魅力である。ディテールもよく書き込まれていて物語の骨組みは印象以上に太い。欧米のクールな短篇も捨て難いが、たまにはこんなゴーヤ茶みたいなミステリもいい。たとえにもなにもなっていないが。

黒頭巾旋風録
黒頭巾旋風録
【新潮社】
佐々木譲
本体 1,700円
2002/8
ISBN-4104555010
評価:AA
 弱きを助け強きを挫く子供だましみたいなドラマがいまだに作りつづけられている。ヒーローが登場するにはそれなりの背景が前提になるのだが、その辺はまったくおざなりである。もちろん佐々木譲はそんな能天気なものは書かない。表題は立川文庫のノリでも中身はいたってシリアスだ。黒頭巾は不死身ではないし、超人的能力もない。虐げられる人々全てを救えないことも知っている。堤防が蟻の一穴ごときで崩れないこともだ。それでも巻き起こす一陣の風がいつか抵抗への呼び水になり、大地を揺るがすうねりとなるかもしれない。束の間そんな夢を見た。とうに決済の下りた歴史に詮ない期待をするのはバカである。そう、バカでよかったと私は本気で思う。 《ヒーローのいない国家は不幸である。だが、ヒーローを必要とする国家はもっと不幸である》寺山修司は正鵠を射ていた。

マーティン・ドレスラーの夢
マーティン・ドレスラーの夢
【白水社】
スティーヴン・ミルハウザー
本体 2,000円
2002/7
ISBN-4560047480
評価:D
 自社製品や社内の飲料水に<波動>を照射したり、会議中急に床に這いつくばって地震を鎮めたりする経営者が実際にいる。なにもおかしくはない。彼らにはそうする権利がある。自ら興した会社で人から指図されるいわれはないのだ。この退屈極まりない出世話の末尾に突如出現した毒花グランド・コズモ。乱歩のパノラマ島も顔負けの怪奇趣味まるだしビルジングが発散する異様な熱気。おお、マーティンもやるときはやるもんだ、と思って喜んだのも束の間あららもう終わりだ。ここがいちばん面白そうなのに。なんか凋落の象徴みたいな扱いだし。この閉じまくった部分を掘り起こしてこそ《マーティン・ドレスラーの夢》が総括できたものを。今からでも遅くない。グランド・コズモ復元がアメリカの急務だ!

夜明けの挽歌
夜明けの挽歌
【発行アーティストハウス・発売角川書店】
レナード・チャン
本体 1,900円
2002/7
ISBN-4048980890
評価:A
 よもやアメリカ在住コリアン主演のハードボイルドを読む日がこようとは。マイノリティが山の賑わいに過ぎなかった時代を思い返せば隔世の感がある。わが国とは異なり、世界では人種・民族が混じり合うのが普通だから驚かなくてもいいが、それにしてもこの違和感のなさ。話のテンポもすこぶる快調、よそ見している暇はない。殉職した相棒の周辺を探ろうとすれば邪魔が入る。それを無視すると死ななくてもいい者が死ぬ。めげずに食い下がると今度は職を失い、司法に追われ、てな具合に事態はどんどん悪くなる。トラブルに次ぐトラブル、一難去る間もなくまた一難の特注ハードタイムノベル。もうアジアン・ノアールとわざわざ断ることはない。コーカソイドの牙城なんてとっくの昔に炎上しているのだから。

洞窟
洞窟
【発行アーティストハウス・発売角川書店】
ティム・クラベ
本体 1,000円
2002/8
ISBN-4048973258
評価:C
 この構成には首をかしげた。大人になったエイホンのつまらないことといったらない。これはギャップなんていうレベルではなく、まるで別人の人生を読んでいるような気さえした。幼なじみの悪ガキがギャングのボスになることもありうるし、エイホンが世渡りに長けていないことも不自然ではない。そもそも勝ち逃げできる星のもとに生まれていたら、地質学に固執しないでもっと気の利いた商売をやっていたはずだ。結末とプロセスの辻褄は合っているのである。ただそれがいきいきとした少年時代といっこうにリンクしない。パッとしない中年男のさえない犯罪を書くのにあの子供はほんとうに必要だったのか。それとも私の脳がよっぽど鈍感にできているのだろうか。

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