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阪本 直子の<<書評>> |
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グッドラックららばい
【講談社】
平安寿子
本体2,500円
2002/7
ISBN-4062113228 |
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評価:A
うわははは。また何ちゅう小説じゃ、これは。この題名で家族小説で、しかも作者の「わたしのすべて」が詰まった渾身の作品だなどと言われれば、こりゃどうしたってある種の先入観を持ってしまうではないか。それが何でこれなんだ! って、いや文句言ってるんじゃないんですけども。
主人公片岡一家のみならず、脇役も端役も出てくる奴全部、まあ見事に自分勝手。こうも勝手な奴ばかり揃うと、勝手さにも松竹梅並の違いが生じてくる。片岡一家はさすが主役の貫禄だが並以下の奴も結構いて、こういう手合いが多いと読んでて不愉快になりがちなもんだが、文章の力が効いている。ゲラゲラ笑いっ放しで読めるのだ。
と、私は非常に楽しめたんですが、いざお薦めしようとしてふと覚えた一抹の懸念。男性の方にお尋ねします。あなたはもしや、女はその本然として男を愛し慈しみ包容し、見守ってくれるとお思いですか? あ、それなら読まない方が絶対にいいです。 |
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滅びのモノクローム
【講談社】
三浦明博
本体 1,600円
2002/8
ISBN-4062114585 |
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評価:A
完璧に構築された論理の美を楽しむ本格推理ではない。生身の血肉を感じさせてくれる人間達が、ふとした偶然からぽっかり現在に浮かび上がってきた過去の秘密を巡って必死に走る。それは太平洋戦争中のある事件だ。所謂“民主主義文学”系以外では結構珍しいと思うのだけれど、ここ数年で次々国会を通過して行った現実の法律への懸念がはっきりと語られもする。最近やけに声の大きい、よく見ろ日本人これが戦争だあ、の世界とは正反対の危機意識をもって。なんて言うと、あっもう判った、じゃ読まなくてもいいよとか言われそうだなあ。何か辛気臭くて情緒的で悲憤慷慨型のアレでしょ、語り継ごう過ちを繰り返すな的な感動の力作ね、はいはい。と思ったそこのあなた! これは何たって乱歩賞受賞作なんですから。ディック・フランシスを思わせる謎と冒険です。危険なフィルムは、何故釣りのリールと同じ柳行李に入っていたのか? さあお立ち会い! |
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飛行少女
【角川書店】
伊島りすと
本体 (各)1,600円
2002/8
ISBN-404873380X
ISBN-4048733818 |
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評価:C
2003年。静岡県、但し架空の市。実際とは少し違う現代史。という設定からして既に曰く言い難い怖さをそそる。夜の救急センターに運ばれてきた瀕死の少女は自殺を図ったと思われたが……。この冒頭部分の段階では、思いっきり期待したんですが。うーむ。
ヒロインの亡夫が感じていた不安、義弟が言う「新たな死」など、思わせぶりなネタを散々ふっておきながら、全く無関係にこういう落ちに持っていかれるとなあ。何か御都合主義のアニメみたい。騙されたようで釈然としません。現実の大事件を使いつつ真っ当な娯楽作として成功させた例として、清水玲子のマンガ『月の子』がある。例えばあの傑作などと比べるといかにも底が浅いのだ。悲惨な現実を上っ面だけ無断借用して、そのイメージが喚起する「感動」に寄りかかっている。こんなの却って不謹慎だよ。
文章が時々ぞんざい。三人称の地の文なのに、喋り言葉みたいな時があります。
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MOMENT
【集英社】
本多孝好
本体 1,600円
2002/8
ISBN-4087746046 |
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評価:B
主人公は病院で清掃のアルバイトをしている大学生。彼にはもう一つの顔がある。死にゆく患者達にしか見せないその顔とは……と始まり、パターンを確立したと見えたところで変奏曲になる。手塚治虫のある種の作品群を思い出しました。『ブラック・ジャック』、『七色いんこ』、『ミッドナイト』とかね。帯にある通りミステリと本当に呼べるのかどうか、それは何とも言えない小説だが、主人公の立ち位置は確かに“探偵”のそれだ。半ばは成り行き、しかし半ばははっきりと自分の意思で、彼は患者達と関わってゆく。けれど、死にゆく者の孤独には結局どうしても立ち入ることは出来ない。“事件”の現場にいながらも決して当事者ではない、外部の存在でしかない“探偵”なのだ。4つの物語はどれもきちんと収まったように見えてどこか坐りが悪い。気持ちよく泣いて終われる人情話とは違い、引っ掻かれたような感触が後を引く。この余韻も確かにミステリのものだ。 |
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パーク・ライフ
【文藝春秋】
吉田修一
本体 1,238円
2002/8
ISBN-4163211802 |
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評価:D
この点をつけるのは、或いは間違いかもしれない。これは“純文学”に属する小説な訳だが、私はこのジャンルに普段全く御縁がない。従って多分、私の中にある尺度で計るのは見当違いなのだろう。表題作で重要な日比谷公園もスターバックスも私は全く知らないから、これらに絡めて人生や世の中を語られても困ってしまう。例えば都筑道夫の小説には昔を語る老人やウンチク野郎を登場させて読者に知識を与える工夫があり、少しくどいと思ってたけど、比べると俄然その丁寧さに感じ入るなあ……というのもきっと見当外れだよな。そもそも最初から判る人しか想定してない書き方だもの。私のような東京門外漢がこれを読むこと自体が多分間違いなのだ。
表題作に比べると、「flowers」は登場人物が高級マンションに住んだり趣味嗜好が小綺麗だったりしない分まだ少しは取っ付き易いが、こういう鬱陶しい日常を、わざわざ書き、わざわざ読むのは何の為なのだろう。 |
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ツール&ストール
【双葉社】
大倉崇裕
本体 1,800円
2002/8
ISBN-457523446X |
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評価:B
おお、これは最近珍しい。この主人公、現代東京に生きる23歳の男でありながら、暗い過去も人に言えない秘密も意外な特技も持ってない。金にも女にも縁がない。只の卒業と就職を間近に控えた大学生で、バカがつくほどのお人好し。この性格と運の悪さが災いして数々の事件に巻き込まれる。銀行へ行けば強盗に出くわし、デパートへ行けば万引き容疑をかけられるのだ。個々の話で細かい展開の仕方は勿論違うが、基本的には全編ワンパターンを守っている。5つも続けば飽きそうなものだが、これが楽しく読めるのだ。主人公の人柄に見合っているというのかな。利用され騙され巻き込まれて振り回され、その度にお人好しだと呆れられながら、しかし彼はいつも接した相手にちょっぴり影響を与えている。本人は全然気がつかないままに。全く無自覚に爽やかなのだ。戸梶圭太もいいけど、こんな奴だってやっぱりいなくちゃね。
これ、ドラマ化したらきっと面白いです。 |
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黒頭巾旋風録
【新潮社】
佐々木譲
本体 1,700円
2002/8
ISBN-4104555010 |
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評価:B
新聞連載中に愛読していた我が母親が、単行本の広告を見て言った。「これ、佐々木譲さんだったんだねえ……気がつかなかった!」つまりそういう小説なんである。作家の芸術や自己表現がどうだとか、そんな小難しい話は一切無用。舞台は天保の蝦夷地松前藩(つまり北海道ね)、和人の圧政に虐げられるアイヌの悲惨……って、ほら見ろ真面目な話じゃないかって? いや、真面目は真面目なんですよ。娯楽冒険活劇として真面目なんです。無法と非道の蔓延る所、きっと現れる正義の味方。黒装束に黒覆面、黒マント(!)を翻し、跨る駿馬は西洋の馬具を置いた西洋馬だ! ね、リボンの騎士に紅はこべ、それこそ怪傑黒頭巾、愉快痛快娯楽冒険王道ヒーロー活劇の世界でしょ。今に至るまでの現実の北海道史についてはこの際言いっこなし。本読んでる間くらい、すかっと溜飲を下げましょう。あとは連載時の挿絵が入っててくれれば、もう言うことなかったんだけどねえ。 |
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マーティン・ドレスラーの夢
【白水社】
スティーヴン・ミルハウザー
本体 2,000円
2002/7
ISBN-4560047480 |
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評価:A
19世紀末、アメリカはニューヨークにおける立身出世物語。としか見えないのだ、最初は。何せ原題にはアメリカン・ドリーマーなんて言葉も入ってるし。主人公は14歳でホテルのベルボーイになったのを皮切りに、徒手空拳の若者でも己の才覚一つでどうにでもなる商売の世界へ水を得た魚のように飛び込んで行く。成功に継ぐ成功、発展に継ぐ発展、だけど勿論このままの筈ないよねえ、そもそもそれじゃ退屈過ぎるし。最後は破産とかするんだろうなー、貧困のうちに死ぬのかしら。などと思ってたんである。ところがどっこい。そんなつまらん因果応報人生は邯鄲の夢的物語なんかとは一味違いましたね。この主人公はビジネスマンではなかった。そこに山があるから登らずにはいられない冒険家、表現することをやめられない芸術家だったのだ。
全然違うけど『ガープの世界』や『ホテル・ニューハンプシャー』を連想しました。普通に語られる、特別な人の物語ということで。 |
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夜明けの挽歌
【発行アーティストハウス・発売角川書店】
レナード・チャン
本体 1,900円
2002/7
ISBN-4048980890 |
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評価:A
こらー、何がアジアン・ノワールだ、いくら作者と主人公が韓国系だからって。全編アメリカで展開する物語じゃないか。しかもこれが「ノワール」ですか? 主人公アレンの仕事はボディガード。会社重役の警護中に銃で襲われ、同僚のポールが死んだ。狙われたのはクライアントではなくポール自身ではないかと言う新聞記者。半信半疑で調べ始めるうち、思わぬ敵が見えてくる。窮地に陥ったアレンが必死に戦いつつ、思いがけない自分の家族の秘密を知っていく、巻き込まれ・冒険・過去の秘密ミステリ。しかも極めて前向きです。昨今売る為に何でもかんでもノワール呼ばわりする傾向がありますが、これはいくら何でも嘘っぱちだよ。帯を信用して馳星周的世界を期待したら思いっきり裏切られるので要注意。これは普通のアメリカン・ミステリです。映画化されるそうですが、この設定のまんまでやって貰いたいなあ。ちゃんとアジア系の役者を起用しろよハリウッド。
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洞窟
【発行アーティストハウス・発売角川書店】
ティム・クラベ
本体 1,000円
2002/8
ISBN-4048973258 |
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評価:C
多分こういうのもノワールっていうんだろうな。柄にもなく麻薬の運び屋をすることになってしまった男。それも麻薬所持20グラムで死刑になる国でだ。まともな地質学者がこんな羽目に陥ったのも、元はといえば全て14歳のサマーキャンプでの出会いから始まったのだ……という、救いのなさと切なさが同居する物語。何となく映画『ペパーミント・キャンディー』を連想しました。あれみたいにまっすぐ過去へ遡る訳ではなく、もうちょっと行きつ戻りつしますけれども。あの映画同様、取り返しのつかない人生というものが、残酷にそして美しく描かれている。
と、非常に完成度の高い小説だと思いながらも、私は高い点をつけることが出来ないのだ。問題は作中の「ラタナキリ国」。架空のアジアの国だがしかし、はっきりとカンボジアである。作者自身そう言っているという。別に意識してアジアを見下している訳ではないのだろうが、悪気がないのが尚悪いのだ。 |
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